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赤坂と津川の他に『リベレート』の姿はない。どう考えたって、4体もの魔族を相手にするには脳筋キャラとサポート治療キャラ、そして圧倒的な力で魔族を翻弄する『主人公』こと戦闘狂が必要だ。それにしてもまさかこうして本当に、4体も纏めてくるとは……。主人公側複数に対し、悪役は1体ずつというセオリーは通用しないようだ。
さて、どうしたものかと身を屈めて、窓から校庭の様子を伺っていた。魔族たちは練習したんじゃないか? てぐらい互いに息の取れた攻防で、赤坂と津川を追い込んでいく。対して、人間の未来をその身に背負っているはずの赤坂と津川は、もう見ていられない。一見してペースのずれた攻撃だが、時間差で魔族に襲い掛かる――、何てこともなく、剣撃はかわされ、ハンマーは振りかぶった瞬間吹き飛ばされ……、せっせと拾いに行く津川の表情は暗い。
戦況は圧倒的に魔族軍が優勢だ。
では俺があの戦いに参加したらどうだろうか、考えるまでもない。『マスターキー』を持つ俺ならきっと全員纏めて赤子の手を捻るように消し飛ばすことが出来る。なんならこの場所から『デス○ーム』で順々に魔族を撃ち抜いてやってもいい。
しかし俺はそれを躊躇っていた。別にあの2人がここで命を落としてもいい、という冷徹な判断からではない。
本来俺は『四次元半』に入ることの出来ない存在なのだ。つまり、俺が『観測者』として選ばれなければ、この空間には正真正銘、赤坂と津川と魔族4体しか存在していないことになる。そしておそらく、このまま魔族にいいように嬲られて、2人はあえなく命を落とす。
そういう運命だった。
蜘蛛の巣にかかった蝶を逃がすことが果たして正義なのか、この状況にあてはまるいい例だ。
俺は『マスターキー』という有能だが恐ろしい能力を使用して、そもそもの運命を大きく変えてしまうことに抵抗があった。指を動かすだけで、蜘蛛の巣にかかった蝶を救い、蜘蛛を1匹残らず滅ぼすことの出来る力に恐怖を抱いていた。だからずっと戦場を見つめていた。加勢する気がないなら現実世界へ帰るという選択肢もあったが、なぜだか目が離せなかった。
どうするどうするどうする……。
濁流のように流れるワードが一瞬の静けさを見せた。その瞬間を狙い打つかのように、その声は俺の耳に飛び込んだ。
「な、何……、ここ……? なに? あの悪魔みたいな……」
おそらく恐ろしい形相をしていたのだろう、俺の顔を見たその人物は「ひっ」と短い悲鳴を上げ、その栗色の瞳に涙を溜めた。
「な、何でここにいるんだよ!?」
声が『四次元半』の廊下にこだまする。早沢夕は体を小刻みに震わせながら、第一印象に見合わない弱々しい声で言った。
「あ、あんたが部室棟を歩いているのを見かけたから、文句でも言ってやろうと思って……。そしたら急に走り出して、追いかけてたら急にみんないなくなって……、なんか変なのいるし……」
俺は『四次元半』に移動するまでの行動を思い返し、頭を抱えた。
そうだ、俺が『四次元半』への移動に用いた扉、あの扉を俺はちゃんと閉めてきただろうか……。いや、赤坂と津川の後を追うことばかりに必死になって、現実世界と『四次元半』を繋いだままで放置していたに違いない。早沢は部室棟側から件の扉を通って本校舎に移動したことで、本人の意識しない内にこの『四次元半』に来てしまったのだ。
誰のせいかって? 俺。
その直後、男の悲鳴が耳に飛び込んできた。慌てて校庭に目をやると、津川がその腹に魔族の長い爪を立てられ、貫かれているではないか。何をやってんだあいつは! ワンパターンにも程があるだろ!
とりあえず、すぐ近くで糸の切れた人形のように、力なくへたり込む早沢をどうにかしないといけない。はっきり言って、足手まといだ。どこか適当な扉を開いて、後で適当に納得してくれそうな言い訳を考えるしかないな。
「立てるか?」
俺は早沢に手を差し伸べた。早沢は両手で俺の袖を掴み、フルフルと首を振る。
「む、無理……。力が入んない……」
ああ、もう! 俺はしゃがみこむと、早沢に背中を向けた。早沢の両手が俺の首の前で組み合ったことを確認して、ゆっくりと立ち上がる。一息の間をおいて、早沢の両腿を掬うように持ち上げ、彼女の体を背中に乗せた。
「お、重い!」
『マスターキー』に筋力増強効果はない。現実世界に戻ったら、是非このような事態に備えて体を動かすことを習慣づけようと心に決めた。
困ったことに、手には張りのある太もも、首筋をなでる栗色の髪、背中に当たる胸の感触。体が触れ合う面は、痺れるぐらいの熱をもつ。ちらりと見た早沢の頬は見る見る朱に染まっていき、耳にかかる弱い吐息に俺は気が狂いそうだった。
「くそっ、くそっ! 何で現実世界で、『普通』の俺にこんなイベントが起きないんだ!」
勝手に叫ぶと、煩悩と一緒に大きく息を吐いた。
さて、早沢の移動はこれで何とかなるとして、どこの扉を使おうか。現実世界で人目につく扉は使いたくない。女子生徒を背負った男子生徒が突然現れたら、目撃者を失禁させてしまう恐れがある。無難に部室棟まで戻るか、とその一歩を踏み出した瞬間、部室棟に至る廊下の壁が、轟音と共に崩れ落ちた。
「な、何だ!?」
もくもくと立ち込める砂煙、どうやら校舎の外から、何かが凄い勢いでぶつかったようだ。視界が晴れると、目の前には廊下を塞ぐ瓦礫の山。その一片が持ち上がると、今にも死にそうなほどの深手を負った、津川千尋が顔を出した。
大丈夫か? と駆け寄りそうになり、寸でのところで踏みとどまった。
ここで出て行っては、『四次元半』に出入り出来る謎の生徒として、津川の脳にインプットされるだろう。するとどうなる? もし無事にこの空間から脱出できたとして、その先に待っているのはイレギュラーな存在である俺に対する疑惑の目。彼らに『マスターキー』など説明できるはずもない。更には、会長に対して身分を詐称したという前科もある。俺はここで素顔を晒すわけにはいかない。
だが果たして見捨てることなど出来るのだろうか。
俺はポケットの中に何かごわついたものが入っているのを確認した。取り出すと、今朝星倉から「早沢の誕生日パーティーに」と半ば無理やり渡された仮面だった。額から鼻までを覆うことで正体を隠し切ることが出来るかは運任せだが、瀕死の状態である津川なら、どこか誤魔化せる自信がある。
早沢を背負ったままで、器用に仮面を着けた。割れたガラスに映るその姿は、この戦場には合わない、なんとも間抜けな印象を受ける。
そのまま、ぐったりとした津川のもとへと足を進める。なるほど、治癒能力が高いと自負するだけのことはある。腹部に開いていたはずの大穴は、既に黒ずんだ瘡蓋へと姿を変えていた。意識を取り戻したのか、津川は俺を見て消え入りそうな声で呟く。
「あ、あなたは……?」
さて、仮面を着けて近づいたいいが、その後のことはちっとも考えていなかった。名前か……、名前、名前。
「大倉井重近……、と言えば分かるか?」
きっと自暴自棄になっていたのだろう。あろうことか『リベレート日本支部会長』である老人の名を騙るとは。それにしても、この妙な既視感は何だろうか……。
しかし津川の反応は思っていたより、困惑したものだった。
「な、大倉井会長!? お初にお目にかかります!」
腕を使って無理やり起き上がろうとする津川を制すと、俺は密かに胸を撫で下ろした。
津川が入ってきた場所、廊下の壁に空いた穴からは、4体の魔族に囲まれた赤坂の姿が見える。津川は呻き声を上げながら、とうとう立ち上がった。
「た、助けないと……」
しかし一歩踏み出した瞬間、ひざから崩れ落ちる。拳で床を殴った。うっすらと血が滲む。
どうしたものか。俺は悩んだ。おそらく気を失っているであろう早沢を津川に任せて、4体の魔族を相手取る、という手もある。むしろこの危機的状況を打破するためには、それしかないだろう。
しかし早沢は、俺という生徒がこの空間にいたことを知っている。彼女の目が覚めたとき、事の説明を真っ先に行うのは俺であるべきだ。その権利を『リベレート』に取られてしまうと非常に面倒になる。
だがだがだが……。
願わくば戻ってくるまで目覚めないでくれ! と背中で眠る早沢へ祈ると、俺はその体をゆっくりと床に降ろし――。
「どうすればいいですか……?」
駆け出そうとしたところで、津川に呼び止められた。
「どうすれば、赤坂を助けることが出来ますか……?!」
津川はゆっくりと立ち上がった。
「教えてくださいっ! 大倉井会長……っ!」
どうやら、覚醒イベントが始まったらしい。




