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弁当箱の中から卵焼きを摘まむと、四宮はそれを口に運んだ。数回も租借せずに異の中へ流し込み、にやりと笑う。
「で、誰を狙ってんだ?」
この男に相談した俺が馬鹿だったと酷く後悔しているが、あの教室を選んでしまったことに比べればほんの些細なことに思えた。
「俺はただ、どんな部活か気になっただけだ」
「またまたーっ」
箸を器用に動かしながらおちょくる四宮を俺は適当にあしらうと、適当なおかずを口に放り込んだ。
さて、これは今朝、幸か不幸か思いがけないタイミングで2つ目の物語と接触してしまうお話だ。
掃除用具入れを出た俺を出迎えたのは、女子生徒数名の悲鳴だった。といってもそれは直ぐに収まり、気がつけば尋問タイムへと移行していた。
Qなぜ掃除用具要れの中から? A黙秘
Qいつから掃除用具入れの中に? A黙秘
Qあなたは誰?名前は? A黙秘
およそ答えることの出来る質問は1つもなく、俺はただただ顔を伏せて、時間が解決してくれるのを待った。しかし女の子4人の無言の圧力にとうとう屈し、わずかに顔を上げ、思わず声を出した。
栗色のロングヘアーに、栗色の瞳をした女子生徒がそこにいた。
更に、顔を上げたことで残る三人をようやく確認することが出来たのだが、金色の髪をツインテールにした生徒、青い髪をポニーテールにした生徒……。残る黒髪ショートカットの生徒だけが、俺の目の保養となった。
気付くのに時間がかかったのは、2日もピンク色の髪を見ていたことにより、俺の中の『普通』と『異常』の基準がおかしくなったからだろうか。俺は『普通』だ、俺は『普通』だ、と頭の中で数回唱え、俺を指差す栗色ロングヘアーの女子生徒に視線を移した。
間違いない、昨日ぶつかった生徒だ。何の因果かは知らないが、俺が現実世界へと戻るために選んだ教室は、明らかに『登場人物』である女子生徒たちが使用中だったのだ。
俺は迷った。4人の生徒の訝かしむ目、怪しむ目を一身に受け、迷いに迷った俺が取った行動は、颯爽と教室を出ることだった。
早沢夕 2年○組 注:苗字の読み方はササワ
星倉七美 2年○組 陸上部と兼部
千々寺舞 2年○組 千々寺グループのご令嬢
猫井凛子 1年○組 唯一の下級生
どうか引かないでほしい。俺が手にしたメモには、例の女子生徒たちの氏名、学年からおおよその3サイズまでが詳細に書かれているのだ。個人情報もへったくれもないな。メモの記入主は目の前で鼻を鳴らす四宮だ。校内で人気のある女子生徒の情報はすべて揃えてあるらしい。何だ? お前は主人公の情報源ポジションなのか? ちなみに最低限プライバシーを保護するために必要ないと判断した情報はここに載せていないのであしからず。
四宮の説明とメモ用紙を照らし合わせて考えると、早沢(はやさわではない)が因縁の栗色ロングヘアー、星倉が青髪ポニーテール、千々寺が金髪ツインテール、唯一下級生の猫井が、唯一まともな黒髪ショートヘアーとなる。
まず間違いなく、彼女たちを中心に一つの物語が進行しているだろう。それも恐らく、異能やら異世界やらフィクション要素が存在しない、日常系ジャンルとみた。候補としては、『恋愛』と『コメディ』か。
中学来の友人だった早沢と星倉は、クラスメイトの千々寺、新入生の猫井に声をかけ、廃部状態だった文芸部に入部した、らしい。なるほど、俺があの部室を未使用だと思ったのも仕方がない。昨日今日出来た部活の活動事情など知る由もなかった。大方、朝から集まって部室の整理でもしていたのだろう。
しかしこの4人の内1人が主人公だ、と断定してしまうのはまだ早い。彼女たちには圧倒的に足りていないものがある。それは異性の存在だ。俺の経験上、女子生徒4人以上に対し男子生徒1人の部活という例は山ほどある。(あくまで個人の感想です)今のところ文芸部は4人だけだが、1ヶ月後には、どこにでもいそうな普通の男子生徒が両手両足に花状態のハーレムを築いているかもしれない。そうなれば主人公の特定もたやすいのだが、今は『観測者』らしく観測に回ることにしよう。
ホームルームが終わると俺はまた四宮を適当にあしらって教室を出た。今朝の一件で人払いの重要性を実感した俺は、誰も見ていないことを確認すると今度こそ個室トイレの扉を開け、『四次元半』へと移動した。
きっとこのときはまだ、『普通』に帰ることが出来るだろうと暢気なことを考えていたに違いない。




