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この世界には7人の主人公がいるらしい  作者: 藤峰男
1人目の主人公は戦闘狂らしい
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 予兆だったり、前触れだったり、フラグだったりは一切感じなかった。いや、感じる術を持っていなかったというべきか。とにかくそれは唐突に、暗殺者のように音を立てずして俺に背後に忍び寄り、言ったのだ。


「この世界には7人の主人公がいます」


 世界が静止したかに思われた。普段騒々しい電車が妙に沈黙しているような気がしたが、すぐに喧しさを取り戻したことから、あまりに突拍子のない発言に脳内が混乱を起こし発生した一種の錯覚現象だと考えられる。人の五感の内一つを奪った犯人は、その嫌にハンサムな笑顔を向けたままで続けた。


「そしてあなたはその1人、『観測者』に選ばれました」


 小説やら漫画であればこれは所謂メタ発言と呼ばれるものだが、ノンフィクションであるこの世界で言ってしまえばただ頭のおかしな奴だと思われても仕方がない。現に俺はこう感じている。


 なんだ、こいつは。


 例えば不可思議な現象が起こる怪しげな祠の中で。

 例えば非現実的な能力を扱う人物との出会い際で。

 例えばある日突然異世界へと飛ばされた時に。

 例えば不特定多数の異性から不自然なぐらい好意を寄せられている状況で、このような言葉を掛けられたのなら、あるいは話を聞いていたかもしれないが、如何せん近所に曰く付きの場所も無く、異世界要素は微塵もない。クラスメイトや親戚に宇宙人や未来人や異世界人や超能力者はおらず、俺自身ごくごく普通の人間だ。

 加えて、同世代の異性とはせいぜい校内で当たり障りのない会話をする程度にとどまっている。ハーレムなんて夢のまた夢だ。


 ハンサムの言葉に、俺は返答を返さない。返したら負けだと思っている。それに人の目も気になる。

 この時間帯、この電車は通勤中のサラリーマンと通学中の学生でごった返しており、こうして座席に座れたことが奇跡だとさえ感じていたが、無性にその席を、目の前で吊革に力なくぶら下がるやつれた中年男性に譲りたくなってきた。なんせ隣には不審者がいるのだから。


 俺は改めて不審者の方を見た。

 嫉妬するぐらいのハンサム顔で気が付かなかったが、彼は全身真っ白で、フワッとした衣服を身にまとっている。これは形容しがたい。『天使 服装』で画像検索を行うと一番上に出てきそうな格好だ。

 とにかくそれは、電車という人工物の中では何ともミスマッチで、独特な存在感を放つと同時に不審者の不審者たる要因の一つにもなっていた。

 ここが森の奥深くに佇む遺跡であれば、ひょっとすると彼を神聖な何かだと崇め称えたかもしれないが。


 ハンサム不審者は俺が聞く耳を持たないことを察したのか、腕を組み顔を伏せる俺の顔を下から覗きこんだ。視界一杯にそのハンサム顔が映り、俺は間の抜けた悲鳴を上げる。まるで不審者を見るような周囲の視線に、小さくため息を吐いた。


「驚かせてしまって申し訳ありません。わたしが見えていないのかと不安になりまして……。わたしの名はリエル、神の代行を務める天使で、今回主人公に選ばれたあなたのサポートをさせていただきます」


「ちょっと待って」


 リエル、と名乗った男は一度立ち上がると、深々と頭を下げた。そしてまた席に座り、そのデフォルトハンサム笑顔を装備する。


 あー、なるほどなるほど。


 取り合えずこの身元不明の男の名を『リエル』だと仮定して(どうせ偽名だろ?)話を進めよう。なんと哀しいことか。リエルは自分のことを神に支える天使だと思っているらしい。

 ならば羽でも出してみろ、と。お馴染み頭の上に丸い蛍光灯でも出してみろ、と。

 この症状には心当たりがある。思春期の少年少女が患うそれは、学校にテロリストが侵入してきた時のシミュレーションをしてみたり、右腕に眠る何かを封印してみたり、悪化すると交遊関係にまで影響を及ぼす厄介な病だ。しかしリエルは見たところ、もういい年齢までいっているはず。おそらく俺よりも歳は上だろう。


 と、いうことは、だ。


 リエルは思春期に発症したそれが癒えぬままでここまで成長してきた、もしくは思春期を過ぎたあたりで突発的に発症したのだと考えられる。


 取り合えず俺は出来る限り生暖かい笑みをリエルに向けた。


「えっと、あなたが何を考えているのかわたしには分かるのですが……。話を進めるためにもまずはわたしがあなた方人間と異なる、天使という特異な存在であるということを証明した方がよさそうですね」


 言ってろ。まるで超能力者のような発言をするリエルを嘲笑うように、俺は目を逸らした。


 電車はいつものように騒がしく乗客の体を揺らし、窓の外では景色が電車の速度に合わせて通り過ぎて行く。

 今日は始業式だ。始業式ということをイベントがあるにも関わらず、通常通りの授業を組んだ我が校に恨みを募らせながら、俺の体は無抵抗に目的地へと運ばれて行く。


 これは、日常に非日常が音も立てずに迫り、いつの間にか成り代わるストーリー。思えばこの時すでに、俺の中の平和な日常は非日常が化けて成り代わった姿だったのかもしれない。

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