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並行世界で何やってんだ、俺  作者: s_stein
第九章 決戦・完結編
53/61

リク鮫作戦発動

「おい、起きろ! サッサと降りないか!」

 小声ながらもドスがきいた声がする。目を開けて声の方を向くと、幌を開けてこちらを覗き込む女兵士が見えた。

 顔の輪郭から、おそらく、出発の時に見た運転手だ。


 トラックはいつの間にか停車していた。

 寝ぼけ(まなこ)のままトラックから降りると、煌々(こうこう)と満月の明かりが映し出しているのは、どこかの田舎の風景。

 月が明るすぎて満天の星が十分拝めない。

 辺り一面を見渡すと、そこは草地らしかった。


「最前線だ! 心してかかれ!」

 最前線という言葉が冷や水を被った気分にさせる。

 おかげでブルッと震えて、すっかり目が覚めた。

 さっきから激が小声なのは、周囲を警戒してのことだろう。

 時計を見ると、午前2時。

 一緒に出発した15台のトラックが辺りに勢揃いかと思ったが、月明かりの中、目をこらしても、うちの1台しか見えない。

 他は何処へ行ったのか。散開したのか。

 何も聞いていないだけに不安になった。

 ここは最前線なのだ。


 運転手が「武器を支給する」と言うので期待して行くと、拳銃と弾薬の包みを渡された。

 鉄の塊は重量感があるが、包みの大きさから類推するに、弾はそんなにたくさんあるとは思えなかった。

(マジで? これで戦争しろと?)

 装備も防具はヘルメットだけ。防弾チョッキなどない。

 前にカワカミが自動小銃を持っていたが、運転手は持っていない。

(ついに物資が不足してここまでになったのか。最後は竹槍かも……)

 こんな装備では、今敵に襲撃されたら2分で全滅であろう。

(マユリ……。兄ちゃん、お前の煮物、食べてあげられそうにない)

 情けないことだが、暗闇で敵を前にして貧弱な装備で事を構えるとなると、すっかり自信がなくなった。

 訓練の時だって、1発も的に当たらなかった。こんな腑抜けが相手なら、敵は素手で突撃して勝利しかねないだろう。

 しばらく待機となった。俺達六人は草むらにしゃがみ、自然と寄り添うように集まり、先ほどの安眠の続きを(むさぼ)った。


 近くで枝が折れるような音がしたので目が覚めた。

 時計を見ると午前3時。夜明けはまだまだである。

 音の方向を見ると、ミカミがタブレット持って、何やら操作しながら円を描いて歩いている。音の主は彼女だろう。

 タブレットの明かりが彼女の珍しく真剣そうな顔を映し出している。

 そのうち、何を思ったのか、スタスタと遠くへ歩いて行く。


 彼女が何をそんなに真剣に見ていたのか気になるので、後を追った。

 俺の足音に気づいた彼女は、立ち止まってこちらを振り向いた。

「班長。それ、何ですか?」

「ああ、これ? 便利になったわよねぇ。これで戦争するんだから」

「タブレットで戦争!? まさか、今ゲーム中じゃないですよね?」

「これゲームじゃないわよ」

「何をしているんですか?」

「じゃあ、行くわよ。攻撃開始!」

「ちょ、ちょっとちょっと」

「えーい、ポチッとな…………あらぁ??」

「フーッ、……やめてくださいよ。心臓止まりますって。まだ命令出ていないし。どこに敵がいるんですか?」

「ここよ~」

「え?」


 彼女が見せるタブレットの画面には背景が黒地、文字は白色の地図が表示されていて、赤い凸のマークが転々と10個ほど配置されている。

「この緑の●マークが、私達が現在いる位置。赤い凸マークが敵の皆さんがいる位置なんですって」

「凸マークの規模ってどれくらいですか?」

「さあ」

「ガクッ……」

「小隊規模かしらね。私達の小隊が●マーク一つだから」

「となると、敵は中隊規模ですね。これじゃ敵の数も位置までも丸見えだ」

「なんでも、システムがこうやって敵の位置を割り出して、自動で作戦を立てるんですって」

(ついにリクのシステムが起動したか)

「で、もうその作戦がタブレットにダウン……ダウン……ダウンジャケット? 何だったかしら?」

「ダウンロード」

「そうそう、作戦がダウンロードされて、今はタブレットのボタンを押すだけの状態なの」

「だからって、勝手に押しちゃ駄目ですよ」

「え? もう『攻撃開始』って書いてあるのよ」

「マジですか!?」


 その時、後ろの方から誰かがこちらに向かって走って来るような音がする。振り返ると小柄な人影が見え、何やら小声で叫んでいる。

「伝令です! 普通小隊ひとひと班! 何しているの! サッサと攻撃しなさい!」

「すみませ~ん、操作が分からなくて」

「基地で習ってないの!?」

「えーいえーい! こうかしら?」

「班長、それフリップ」

「フリップ? 違うの? じゃ、これかしら」

「それピンチアウト」

「あ! 大ピンチよ! 画面が大きくなったわ」

「逆にすると戻るはず」

「ホントだー」

「それがピンチイン」

「小ピンチ?」

「違いますって」

「大ピンチ小ピンチの方が覚えやすいじゃない」

「ピンチオープン、ピンチクローズの方が覚えやすい」

「もー! 二人とも何やっているの! 『攻撃開始』ボタンを5秒長押ししてください!」

「ボタンの長押しだって。5秒間の」

「そうなんだぁ。てへ」

「てへじゃない」

「てへぺろぺろ」

「何か多い」

「もー!! 早くううううう!!!」

「じゃ、行くわよ~。えーい。ギューッと押ましたよ~。いーち、にーい、さ-」


 と突然、50メートルくらい離れた一帯から、閃光と耳をつんざくような発射音を残して数え切れないほどのミサイルが飛び出した。それらは一方向ではなく、複数方向に分散して、闇の中に光の放物線を描きながら消えていく。

 巨大なロケット花火の発射なんて、優雅なことを言っていられない。鼓膜が破れていそうで耳の中が痛いのだ。

「あらあら。5まで数えていないわよ。なんで~?」

「班長の数え方が遅いんです」

 まだ耳に残響が渦巻くが、その数秒後、遠くで火柱が高く何本も上がり、続けて大音響の爆発が連続して聞こえてきた。

 タブレットを見ると、最初赤い凸のマークが10個あったが、バタバタと消えて地図上から完全になくなった。

「あらあら、簡単ね」

「はい! これで敵の前哨ミサイル部隊を殲滅! ご苦労様!」

 伝令はそう言うと、「疲れた」と言い残して一目散に去って行った。

 他のトラックに乗った別の班の女兵士だろう。

 やはり、他のトラックは散開していたのだ。


 俺の両耳はまだジンジンする。

 本当は『攻撃開始』の言葉からミサイル発射を予想して耳を塞ぐべきだったが、班長との漫才に気を取られ、ボタンを押すと何が起こるかまで気が回らなかったのは失敗だ。

「終わったんですって」

「耳鳴りは終わりません」


 ミキを含めて班の全員が突然の大音響に驚いて、班長と俺の所に駆け寄ってきた。

 ミキが俺の右腕にギュッと抱きついて、体を押しつける。

 腕から伝わる小刻みな振動。彼女は震えているようだ。

「何があったの?」

「ミサイルを発射した」

「敵は?」

「殲滅したそうだ」

「本当?」

「ああ。リクのシステムが起動した」

「そうなんだ。……ついに、始まっちゃたんだ」

 左腕も抱きつかれた。

「こ、怖い……」

 ミイだった。

 後ろの方でミカが震える声で言う。

「私も怖い……」

「大丈夫。いざという時は、俺がみんなを守るから」

 ルイがすぐ後ろから声を掛けてきた。

「こんな装備で、いざという時は大丈夫かしら」

「何とかしてみせる。絶対にみんなで無事に帰ろう」

 ミルも後ろから声を掛けてきた。

「ええ。私達もマモルさん一人にお任せしないで、力を合わせて頑張りますから」

 俺達は互いの顔を見て無言で(うなづ)いた。

 月明かりが照らす皆の顔は、決意に燃えていた。


   ◆◆


 陸軍の司令室は地下7階にある。

 広さは百人が椅子に足を伸ばして座ったとしても余裕のある広さ、高さは一般家屋の2階建てがスッポリ入る高さだ。

 仮に真上の地上でミサイルが落とされても、ここまで到達することはないと試算して設計された。壁の厚さは約5メートルあるので、貫通も難しいはずと言われている。


 リクのシステムが稼働し、最初の攻撃が成功するや、集まった五十名以上の軍人や政治家から歓声が上がり、鳴り止まぬ拍手が司令室を埋め尽くした。ここにいる軍人も政治家も全員女性である。

 今回の作戦名は『リク鮫作戦』。

 彼女は部屋の中央で、多数の制御機器や自分専用のノートパソコンを前に座っていて、その賞賛を一身に浴びていた。


 彼女の椅子は特別に作らせた三人掛けの椅子で、彼女は真ん中に座り、右にはクマの人形、左にはサメの人形を従えていた。実は、彼女の後ろに後4体の人形が控えている。

 さらに椅子の両横には、長身でサングラスを掛けたオールバックの女が一人ずつ立っていた。白い肌に濃い赤の口紅が印象的である。


「最前線の敵のミサイル部隊は全滅ですね。おめでとうございます」

「ありがとう。カシマ元帥」

「これがあれば我が国も一気に形勢が逆転できますわ。ありがとうございます」

「敵の降伏が早まりますわ。ミノベ中将」

「取りあえず、前哨部隊殲滅おめでとうございますとでも申し上げておきましょう」

「ありがとう。キリシマ少将」

 賛辞を述べる関係者は、次々と彼女に握手を求める。

 全員がこの小さな英雄に近づこうと、順番待ちの行列が出来た。


 彼女の正面中央にある140インチモニターに映し出された地図は、その地図上に展開している部隊の指揮官達が持っているタブレットの画面と同期している。

 戦地は複数あるので、注目している地域だけが選択されて正面に映し出されるが、それ以外は左側に4✕4の16、右も4✕4の16、合計32台のモニターに各地の戦況として映し出されている。


「タジマ。スペードのエースの状況は?」

 リクの右方向に2メートルくらい離れた所に大きめの制御装置があり、その装置を操作している女が『タジマ』と呼ばれてリクの方を見る。

「心拍数、呼吸とも問題なしです。位置を映し出しますか?」

「常時映して」

「かしこまりました。中央のモニターをご覧ください。黄色のスペードのマークがそれです」

「ああ、あれね」

「左様でございます」

「黄色はないわね。スペードは黒よ。黒に出来ない?」

「お嬢様。黒ですと、地図のベースの色と被って見えなくなりますが」

「地図のベースを黒から緑に変更して」

「緑にすると、味方の位置の●マークの緑と被ります」

「適当でいいわよ!」

「かしこまりました」


 地図のベースは緑、スペードのマークは黒、味方の●マークは水色に変更された。

「あのスペードのマークは、指揮官のタブレットに映っていないわよね?」

「もちろんでございます、お嬢様。あれだけはヒドゥンモードです」

 スペードのマークが少しずつ移動しているのを見て、彼女は呟く。

「必ず生きて帰ってきてね……」

 その声は震えていた。

 何故なら、スペードのエースが最前線にいることはリクの想定外だったのだ。


 今の位置では敵に近すぎて危険なのに、ここを決めたのはシステム側。

 システムは小隊を含めたすべての部隊の配置を自動で決めるので、修正は出来ない。

 仮に出来たとして、自分の都合がいいように変更することは、軍関係者に何らかの疑念を植え付けることになる。

 全てはシステムが決めている、ということを彼らの前に見せないといけない。

 だから不安で動揺していても、それを心の中に封じ込めて平静を装いながら、彼女は周囲に笑顔を振りまいていた。


   ◆◆


「あらあら。黒い地図がいきなり緑になっちゃったわよ」

 ミカミがタブレットを(のぞ)き込んで不思議そうに言うので、確認してみた。

「本当だ。班長、どこか変なところ触りました?」

「何もしていないわよ。あ、●マークが水色になった」

「ほら、変なことしたからあちこちおかしくなるんです」

「……あ、また赤い凸のマークの皆さんが上からワラワラと出てきましたよ~」

「それって、増援部隊ですよ! 呑気なこと言ってていいんですか!?」

「あ、ダウンローンが始まった」

「ダウンロード。いい加減、覚えてください」

「は~い。あ、終わった」

「どれどれ」

「何もしなくていいみたいよ」

「何故分かるんですか?」


 彼女がタブレットの一番下を指し示す。

 画面の一番下にバーがあって、『自動攻撃中。ミサイルから離れたし』と表示されている。

 指示はこのバーの上に書かれるので、ミカミはそれを見たようだ。

 システムが作戦を立てるから、何もすることがない。

 そのためだと思うが、『攻撃開始』ボタンはグレイになっている。


「おい、こっちに貸せ」

 ヤマヤがいつの間にかやって来て、ミカミからタブレットを奪い取る。

「このボタン押せばいいんだろ? それ! 攻撃だ、攻撃! 行け行け~!」

 そう言いながら、画面を連打している。

 当然、グレイのボタンを押しても無反応なのであるのだが。

 すると、タイミング良く、またミサイルが閃光と耳をつんざくような発射音を残して多数飛んでいく。

 今度は事前に耳を塞いでいたので助かった。

「お! GO! ごーごーごー!」

 ヤマヤは本人の操作で動いたと勘違いしたらしく、叫び声を上げて右腕を振り上げる。数秒後に、再び遠くで火柱が高く何本も上がり、続けて大音響の爆発が連続して聞こえてくる。

「くぅー! 何か記号が消えていくぞ! いいねいいねぇ! よし、全部消えた! 勝利勝利! うう~ん、快感!!」

 彼女はタブレットを持ったまま、ガッツポーズを取る。


 思えば恐ろしくお気楽な戦争が始まった。

 人はタブレットが指示する場所へトラックでミサイルを運ぶ。何故なら、さすがにシステムがトラックを自動運転させてミサイルを運べないからだ。

 運んだら、人はタブレットの指示通りにミサイルを配置する。

 呑気な母さんがボタンを長押しする。

 後は全自動洗濯機よろしく何もしない。

 単にタブレットを眺めて戦況を確認するだけで良い。

 機械がドンドン攻撃を実行するからだ。

 ミサイルがなくなれば人がトラックで運んでくる。

 それの繰り返し。


 その時、また後ろの方からこちらに向かって誰かが走ってくる音がする。

「伝令です! 普通小隊ひとひと班! 端末の指示に従って移動し、増援部隊と合流!」

 俺達がタブレットを活用していないことがバレているようだ。

 だから気になって、いちいちこちらに言って来るのだろう。

 ヤマヤが伝令に向かって敬礼する。

「へーい」

 伝令は、また「疲れた」と言い残して一目散に去って行くと、ヤマヤはこちらに顔を向けて、「端末の指示って、何処見りゃいいか分かんない。お前にパス」とタブレットを放り投げる。

 暗闇なので、タブレット画面のライトを頼りにキャッチする。

 単に一番下のバーを読むだけなのだが、それが分からないとは理解に苦しむ。

「『全小隊北上し、到達した川のそばで待機せよ』と書いてあります」

「お~い、呑気な母さん、北上だと」

「あ~い」

 再びトラックに乗り、俺達は移動を開始した。


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