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並行世界で何やってんだ、俺  作者: s_stein
第九章 決戦・完結編
49/61

伸るか反るか

 玄関を出ると、目の前に黒塗りの高級車が止まっているのが見えた。

 そう言えば、最初に玄関を出て忘れ物に気づいた時も同じような車が家の前で止まっていた。

 自分の家の真ん前で駐車されるのは気分が良くないから覚えていたのだ。

(こんなところで高級車を見かけるのは珍しい。道に迷ったか?)

 と思った途端、車はスーッと発車して去って行った。

 気にはなるが、急いでいるのでこれ以上詮索しなかった。


 ここから十三反田(じゅうさんたんだ)公園前駅までは住宅街と商店街を駆け抜ける必要がある。

 住宅街は妹が言っていた通りで、外出を控えた人が多いためか、途中で出会うのは巡回中の女兵士くらいだった。

 何故巡回しているのかというと、不審者を捜しているからである。

 不審者とは敵のスパイ等のことである。たまに市民の格好をして紛れている東洋人がいるらしい。検挙騒ぎも聞いた。


 俺が後方支援部隊関係者の服である濃い緑の服を着ていたからだと思うが、伝令か何かと勘違いされているらしく、走っていても不審に思われて呼び止められることはなかった。

 ただ、この格好をしている男が少ないので、振り向かれたり二度見されたりすることはしょっちゅうだった。

 こちらの並行世界に来て、女性ばかりに囲まれていたからもう慣れたつもりでいたが、こうも視線が注がれると顔がくすぐったい。


 住宅街を抜けて商店街に入る。

 ここの道路は車道と歩道の境目を示す白線みたいなものがない。そのため、ついつい車道を走ってしまう。

 客足が途絶えてガランとした商店街は、シャッターを閉めた店がかなり多い。

 たまに開いている店に客がいるなと思ったら、全員が女兵士である。買い物袋を持っていないので、当然、巡回しているのだろう。

(もうすぐ駅前へ通じる道に出られる)

 そう思った時、後ろからクラクションを鳴らされた。

 車道と歩道の明確な区別がない住宅街を走っていた流れで、いつの間にか商店街の車道、それも道の真ん中を走っていたことに気づく。


 速力は落とさず、後ろを見ないで左側に避け、車に道を空けた。

『どうぞ、お先に』のつもりだったが、車は俺を追い越さず、速度を落として横にピッタリ付けて走っている。

 おかしいと思って右を見ると、車は黒塗りの高級車。

 その後部座席の窓を開けてこちらに手を振っている女の子がいる。

 それまで等速運動のように走っていたランナーは、伴走車の乗員に驚き、石もないのに(つまず)いて蹌踉(よろ)けた。

(リクだ!)

 とその時、トマス達の言っていたことが頭の中で呪文のように木霊(こだま)する。


『彼女は今日、全自動戦闘システムを完成する。

 俺が大怪我をすると、そのシステムがフル稼働して最終戦争が引き起こされる。

 彼女と俺が結婚して生まれる子供は救世主になる。

 リゼが新たに創造する世界で神として君臨する』


 車もランナーを気遣い、急ブレーキがかかった。

 彼女は窓から少し身を乗り出してニコッと笑いながら、アニメに出てくる小さな女の子によくある可愛い声で言う。

「マモルさん、また会えたね」

「ああ」

 半分の笑顔を返すが、残り半分は引き()っていた。


 挨拶がてら窓越しに車内を一瞥すると、乗っているのは運転手とリクを含めて四人であることが分かった。

 助手席の女だけよく見えた。こちらを向いていたからだ。

 オールバックでサングラスを掛けている。

 白い肌で濃い赤の口紅が印象的だ。

 肩の辺りが黒いので、黒いスーツ姿なのだろう。

 これは、前に見たボディーガードと同じ格好だ。

 ボディーガードなら、残りの二人もおそらく上から下まで同じ格好だろうと想像できる。


「何急いでいるの?」

「知り合いと待ち合わせ。遅刻するから急いでる」

「ちょっと待って。乗っていいか聞いてみるね」

 彼女はそう言いながら後ろを振り向き、ボディーガード達と何やら小声で話をしている。


(彼女はもう、全自動戦闘システムを完成したのだろうか。

 完成したシステムを制御するため、これから司令室の椅子に座るのだろうか。

 いずれにしても、ここで彼女を止めないといけない。

 そうしないと、最悪は最終戦争が引き起こされる)


 しかし、ここでトマスの言葉を思い出した。

『未来を知ったあなたは、きっと自己判断で変えようとする。それはわたくしが分岐させた世界に、あなたが干渉することになるのですぞ』

 ということは、思いつきの判断で勝手な行動するのは危険だ。

 ならば、しばらくこの運命の流れに身を委ねるしかない。


 割と長い話が終わって、彼女がこちらへ向き直る。

「乗っていいって」

「四人乗りの車じゃ、狭いだろ」

「ゆったりしているから大丈夫」

十三反田(じゅうさんたんだ)公園前駅から3つ目の駅だけど」

「3つ目って、どっち方向?」

「下り」

「あ、それなら同じ方向へ行くから、一緒に乗って」

「助かる」


 誘われるままにドアをくぐる。そして、後部座席へ体を全部押し込めてから分かった。

 当たり前の話だが、ゆったりしていたのは彼女が小柄だったからだ。

 いくら彼女の体型が小さいからといっても、俺の乗車のせいでギュウギュウ詰めになった。

 そもそも、彼女の膝の上にデカいクマの人形があるから定員オーバーのはずである。


 彼女が時計を見る。俺も時計を見た。

 11時45分だった。

「ここからだと、たぶん12時ジャストか、ちょい過ぎには着けるはずよ」

 ここで鎌を掛けてみる。

「ありがとう。……ところで、元々どこへ行く予定だった?」

「ゴメンなさい。それは秘密なの」

 彼女は乗ってこなかった。


 彼女は左ポケットの中に手を入れて何やらゴソゴソ探している。

 やっと取り出したのは、金色の鎖が付いた水色のお守り袋のような物だった。

「前にあげたお守り、まだ身につけている?」

「ああ」

 首からぶら下げているお守りを服の中から引っ張り出して、彼女の顔の前でチラチラさせる。

「あ、まだ肌身離さず持ち歩いてくれてるんだ。ありがとう。とっても嬉しい!」

「お守りだからさ」

「今度グレードアップしたお守りをあげるね」

「それのこと?」

「そう。受け取って」

「ああ」


 俺は右の手の平でお椀のような形を作って彼女の方に差し出す。ジャンケンのパーの形では物欲しそうな仕草に思えたからだ。

 彼女は手の平のお椀の真ん中にお守りを入れて両手で包み込むように握る。握られた手の平はお守りを具にしたオニギリになった。

 小さな手で温かかった。

「ありがとう。こっちのお守りは?」

 さっき引っ張り出したお守りを、左手でちらつかせる。

「返さなくていいの。持っていて。これで御利益(ごりやく)二倍よ」

「ああ」


 早速、水色のお守り袋を首に掛け、服の中に押し込んだ。

「前のより厚みがある」

「中は見ないでね。御利益(ごりやく)がなくなるから」

「分かった。前のも見ていないから」

御利益(ごりやく)あったでしょう?」

「ああ、無事に帰って来れたし」


 とその時、彼女は、クマの人形を右隣の女に預けると、いきなり俺の首に左腕を回して抱きついてきた。

 この展開は全く予想しておらず、正直言って、彼女に襲われたと思った。

 逃げ場がなく動揺する俺を彼女はガシッと捕まえて、口を耳元に近づけ息を吹きかけるように(ささや)く。

「お願い。また無事に帰ってきて」

「あ、……ああ。お、お守りがあるから大丈夫」

 彼女は抱きついたまま、俺の右腕に小柄な体の正面をグイグイ押しつけてくる。

 これを動揺せずに我慢していられようか。否である。

 とその時、右腕にチクッと何かが刺さった気がしたが、体重を乗せられているのでそちらに気を取られ、忘れてしまった。


 そのうち右腕も首に回してさらに強く体を押しつけ、耳元に息を吹きかけてくる。

 彼女の大胆な姿勢から想像される彼女の生身の体に加えて、頭の中は<結婚>と<子供>の言葉が渦巻き、一気に顔が逆上(のぼ)せてきた。

 顔の穴という穴から煙が出そうなほど熱くなる。

 首から下の全身も火照(ほて)ってくる。


 ここで急にトマスの部下が話してくれたリゼの手口を思い出した。

『あなたとリクが結婚して生まれる子供が世界を救う、とリクに吹き込むのです』

 つまり、今こちらに体を押しつける彼女の背後にはリゼがいる。

(これって、リゼの洗脳だよな。……本心じゃないよな)

 そう考えると全てがまやかしに見えてくる。

 おかげで急に熱が下がり、冷静になってきた。


 だいたい、長く付き合っているわけでもないのにこれほどベタベタくっついてくるのはおかしい。

 さっきから、右頬に二、三回キスをしてくるのだが、ここまで親しくなった覚えはない。


 そこで洗脳の度合いを試すため、彼女の方に顔を向けた。

 案の定、彼女は目をつぶって唇を重ねてきた。

 その温かくて柔らかくてちょっと甘い香りのする唇を重ねたまま動かない。

 彼女はなおも体を押しつけてくるので、鼓動まで伝わってくる。

(抵抗するとリゼが干渉して来るかも知れないから、ここは彼女にされるがままにしておくか)

 そこで、抱き枕状態を維持した。諦めたわけでもなく、受け入れたわけでもないのだが。


 しばらくすると、彼女は脱力したように唇を離し、首から両腕も離した。

 見ると、彼女の両方の頬を伝ってツツッと水が流れ落ちる。初めて見る彼女の涙だ。

「マモルさん。死なないで」

「大丈夫。後方支援部隊は戦闘にならないから」

 彼女にも嘘をついた。何度も死にかけている。

「お願い……」

「ああ、大丈夫だから、心配しないで」

 彼女の嘆願ぶりはどこまでが本心でどこからが洗脳なのか、サッパリ分からなかった。


 ふと左の窓の外へ視線を向けると、ちょうど目的地の駅前の風景が見えた。

 我に返った。

「あ、ここでいいです! 着きました!」

 しかし、車は速力を緩めないし、誰もが黙っている。車中で一人取り残された気分だ。

「あのぉ、通り過ぎましたが-」

「ちょっとだけ付き合って」

「え? ゴメン、あそこで人を待たせているから」

 と言って、右手の人差し指で車の後ろの方向を指さすと、彼女はその指を両手でギュッと握る。

「ちょっとだけ」

「それは困る」

「直ぐ終わるから」

「何が?」

「着いたら教えてあげる」

「いやいやいや……」

「大事なことなの」

「だから何が?」


 急に車が減速して左折し、歩道に乗り上げた。ガタガタ揺れた。

 外を見ると、車の向かう先はビジネスホテル前の駐車場のようだ。

 車のブレーキが掛かる。

「着いたわ」

 彼女の声がホワンと耳元で鳴った。

 急に体がだるくなった。右腕が(しび)れる。耳もジーンとしてくる。頭がクラッとする。

(しまった! こ、これは……薬……麻酔か)

 全身が火照(ほて)った時、血の巡りが麻酔の効きを早めたのかも知れない。

 そのために彼女は体を押しつけたのか。

「あら大変。フラフラしているみたい。ちょっとここで休みましょう」

(じょ、冗談じゃない……)

 ふらつきながらも力を出してドアを開け、転がるように外へ出た。

 助手席にいた女が、俺を追うように降りてきたのが視界に入った。


 ここで実にタイミング良く、右のポケットに入っていた携帯電話が鳴った。

(願ってもないチャンスだ!)

 女が俺の左腕を(つか)んだが、右腕はまだフリーの状態。

 咄嗟(とっさ)に右手で携帯電話を(つか)むと「連隊長からの電話だ!」と叫んだ。

 連隊長と聞いて女が(ひる)み、(つか)んでいた手を離した。

 画面を見ていないのに分かる訳がないのだが、階級の名称は某副将軍の印籠の如く効果絶大だった。


 もちろん、真っ赤な嘘だ。妹からである。

 フラフラするも、全身の力を振り絞って直立不動の姿勢で応答した。

「はい、鬼棘(おにとげ)マモルであります!」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

(空気読め、馬鹿!)

「はい、今集合場所の近くにおります!」

「ああそう。……あのね、さっき連隊の人から電話があって-」

「はい、何でありますか!」

「変にかしこまらないで、もう……。あのね、明日8時の集合を早めて、今日14時の集合にして欲しいって。これは命令だって-」

「命令でありますか!」

 妹は半泣きになった。

「……急すぎるよ。……酷すぎるよ」

「直ちに向かいます!」


 俺は電話を切って、側に立っている無表情の女に向かって嘘を言う。

「連隊長からの呼び出しで……今すぐさっきの駅前の場所に集合せよ、と……だから、悪いけど……ここから……歩かせてもらう」

 酔っ払いのように呂律(ろれつ)が怪しくなる。フラフラしているので、立っているのがやっとだった。

 リクが後部座席から降りてきて、溜息をつく。

「こっちは『完成した』と言っているのに、どうしても軍部は軍部で先に動くのね。必要もないのに」

 もちろん、彼女が何を言っているのかを知ってはいるが、知らぬ振りをする。

「完成? ……何が? ……軍部って?」

「こっちの話。でも、マモルさんはそのお守りがあるから絶対無事のはずよ。安心して」

「……分かった……お守り……大事にする」

 さすがに立っていられなくなったので、ヘナヘナと座り込んでしまった。

「あらあら、それでは集合時間に間に合わないわね」

「それは……困るから……何としても……行かないと」

「ちょっと、ここのホテルで休んで行って」


 後部座席からも同じ姿の女が降りてきて、先に降りていた女と二人がかりで俺を抱きかかえる。

 フラフラした病人を支えるのではなく、このビジネスホテルへ強引に連れ込もうとしているのはバレバレだ。

 そこで、両足を動かず全身をダラリと脱力させて抵抗を試みたが、女どもの力は半端なく、丸太よろしくズルズルと引きずられる。


 彼女が後ろから小声で言う。

「私達、これから(ささ)やかだけど結婚式を挙げるの。今しか出来ないし。……こんなことして、ゴメンなさい」

 俺の耳が聞き取る音はボワーンとした響きになってきたので、その言葉を聞き取るのがやっとだった。

 また頭の中で<結婚>と<子供>の言葉が渦巻いたが、その頭も(しび)れてきて、徐々に意識が遠のいた。


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