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並行世界で何やってんだ、俺  作者: s_stein
第八章 ルイ編
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女怪盗

 時計が午前0時を回った。

 トマスが言うところのルイが大怪我をする日になったのだ。

 気が気ではなかったので、部屋の中をグルグル回ったり、ベッドの上で胡座(あぐら)()いて考え事をしながら体を前後に揺らしていた。

 明かりを消すと眠ってしまいそうなので、付けっぱなしにした。


 1時。2時。3時。


 途中、何度か意識を失った。

 なぜだか分からないが、睡魔とは違う。

(この、意識がなくなる感覚……何だろう?)

 この感覚に襲われてからどのくらい時間が経過したのか分からないが、いつの間にか意識が戻る。

 その時、困ったことに、その直前に何をしていたのか全く記憶がない。

(ベッドの上に居た後、何かをしてまたここに戻ってくる? その間の記憶がないから分からない……)

 覚えている記憶だけつなぐと、ずっとベッドの上でこうしているような気がするのだ。


 そのうち、ベッドの上で瞼が重くなり頭が重くなり、体が倒れまいとガクンガクンと揺れて体勢を立て直す。

 睡魔だ。

 しかし、さきほどの意識がなくなるのとはちょっと違う感覚だ。


 とその時、窓の外からゴゴゴという音がする。門が開かれる音だ。

 これで一気に睡魔から解放されて、窓の外に目を向けた。

 ここは2階。

 車の音が近づいて来る。

 音に引き寄せられて、窓辺に立つ。眼下を見た。

 外は月明かりのみなので、黒塗りの高級車はボンヤリとしか見えない。


 音は建物の前で止まった。

 車のドアが開く音がして、車の中のライトが搭乗者を映し出す。

(あ! やっぱり、ルイだ!)

 中から降りてきたのは、青色のドレス姿ではなく黒装束のルイであった。

 それは、月明かりも手伝って僅かな光に映し出される縦ロールの髪型と顔の輪郭で分かった。

 彼女はドアを静かに閉めて、足早に建物の裏手へ回った。

 まるで忍者のようだ。

(おそらく、指輪をイヨの家から持ってきて、彼女の部屋へ行くはずだ)

 そこで、イヨの部屋の前で待ち構えることにした。


 廊下は照明が抑えられて薄暗いが、歩いたり部屋を探したりするのに支障はない。

 彼女の部屋の前まで行くと、ドアの方を向いて右横の位置の壁際に立った。

 ここなら、中からドアが開いてもドアの陰に隠れることが出来るのだ。


 少しすると、廊下の向こうからコツコツと足音が近づいて来る。

 遠くて姿ははっきりと見えないが、今の状況を考えると間違いなくルイだろう。

 本当にこの建物は横に長いのである。


 足音が止まった。こちらの存在に気づいたようだ。

 こちらを確認しているのだろう。

 少し間があったが、またコツコツと足音が近づいてくる。


 黒装束の姿がよく見えるようになった。

 この黒装束は先ほどのトマスの全身黒タイツを連想させるが、女盗賊にも見える。

 そんな彼女が2メートルほどの距離まで近づいて来て、辺りを(はばか)るように小声で言う。

「あら、眠れませんでしたの?」

 こちらも小声で返す。

「ああ、心配したぞ」


 彼女はまたコツコツと音を立てて、さらに距離を半分に詰めた。

「ゴメン遊ばせ」

「こんな夜中に野暮用とは思えんが?」

「ちょっと」

「何をしに?」

「忘れ物を届けに」

「俺の指輪、だろ?」

 彼女は一瞬ビックリするような仕草を見せたが、すぐに平静さを取り戻してニコッと笑う。

「ご明察。……何でもお見通しのお株を奪われたのかしら?」

「奪っちゃいないさ。それより……」

「……どうなさいました?」

「真夜中に鼠小僧の真似でも?」

「ホホホ。それまた古風な例えですこと」

「じゃ、女盗賊か」

「滅相もありませんわ。わたくしはいつでも正義の味方ですから」

「正義の味方が賊の格好で窓から侵入か」

「いいえ。玄関から普通に鍵を開けて」

「嘘つけ」

 俺は、イヨの家を取り囲んでギラギラした目を持つ暴徒を頭の中に描いていた。

 そんな連中を前にして、大手を振って玄関から鍵を開けて入る訳がない。


「バレバレですわね」

「連中と渡り合っただろ?」

「え?」

「顔に書いてある」

 彼女は右手で両方の頬を一撫でして、指先を見る。

「何も付いていませんわ」

「鏡見ろ」

 彼女はポケットからコンパクトのような物を取り出してそれをカチッと開くと、(のぞ)き込む顔を左右に降る。

「あら、これ、私の血じゃありませんわ。イヨさんから鍵を預かるのを忘れてしまいまして、窓ガラスに小細工をして開けた時に指先をちょっと怪我しましたが、こんなに飛び散ることは……」

「返り血か」

「さあ……」

「指輪をご所望のお姫様と会う前に顔を拭いておいた方がいいぞ。心配掛けるから」

「お気遣い、痛み入りますわ」


 彼女は両頬をゴシゴシと袖で拭いてから、(おもむろ)にドアをノックする。

 返事がない。もう一度ノックする。

 これも返事がない。もう一度ノックする。

 今度は足音が聞こえる。

 ドアがスッと開いた。すかさずドアの陰に隠れ、壁にピッタリ背中を押しつける。

「はい。お約束通り、取り戻してきましたわ」

「アッ!」

「万年筆の次に大切なんでしょう?」

「……は、はい」

 イヨは泣いている様子だった。

「大切になさい。では」

「本当に……本当にありがとう」

 イヨはドアを閉めた。

 ルイはこちらを見てニコッと笑い、その場から立ち去った。

 俺はソッと自分の部屋へ戻った。


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