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並行世界で何やってんだ、俺  作者: s_stein
第八章 ルイ編
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消えた生徒会長

 ミキの唐突な予言に耳を疑った。

 彼女が小声なので全神経を耳に集めていたのだが、聞き取れたその恐ろしい言葉に耳の中までジンとしてきた。

 今まで彼女が断言するほどの根拠となる事象も兆候も見出さなかったし、見過ごしたつもりもない。

 だが、なぜ彼女はそれが分かるのだろう?

「必ず誰かが死ぬ、って誰が?」

「それは……」

「どうしてそれが分かった?」

「……」

 彼女は言い淀んだ。


(まさか、イヨのことじゃないだろうな?)

 つい先ほどまでお互い喧嘩していたから、カッとなって彼女がイヨを、ということも確率論的にゼロではないだろう。

 だが、そうやって疑いだしたら切りがない。

「そこまで断言できるなら、誰のことか教えて欲しい。女の勘とかは無しで」

 彼女は目が泳ぎ、項垂(うなだ)れた。

 一言も発しない。

 なんて言おうかと迷いに迷っているように見えた。

「また救いたいんだ」

「……」

(それとも、心身ともに疲れたから有りもしない妄想にとりつかれたか?)

 すっかり黙り込んだ彼女をこれ以上追求するのは、拷問を行っているように思えてきた。

「ゴメン。攻めてるわけじゃない。……うん、疲れているみたいだな。ゆっくり休んだ方がいい」

 彼女の耳元でそう(ささや)いて、左肩をポンポンと叩いてやった。


 とその時、彼女のすぐ後ろでボゥッと黒い影が現れた。

 それは半透明で、それより後ろに位置するベッドやテーブルは、影と重なっている部分だけ黒い煙が混ざり合ったように見える。

 こちらも心身ともに疲れて、ついに幻影まで見るようになったのかと思った。

 恐らく、端から見ると俺はポカンと口を開けて一点を凝視していたに違いない。

 そうこうしているうちに、影はユラユラしながら人間の形になって行く。

(……幽霊!!)

 眼前に心霊写真の一カットが出現したようだ。あの手の写真に写り込む影としては、宙に浮遊する人魂や(おぞ)ましい昆虫や異様な獣より何より、人間の形ほど怖い物はない。

 頭も四肢までもがサーッと音を立てて血の気が引く。

「うわああああぁ!」

「きゃっ!」

 俺の叫び声に驚いた彼女は、後ろで何が起こっているのか知る由もないので、反射的に後退(あとずさ)りする。

 ちょうど人影がユラユラしているところへ彼女がぶつかりに行く形になった。

 咄嗟(とっさ)に右手を伸ばして彼女の左肩を掴もうとするも、すんでのところで間に合わなかった。

 ドスッ!

「痛っ!」

「あたたたっ!」

 彼女と彼女以外の声が同時に聞こえた。

 なんと人影が叫んだのである。


 状況が掴めない彼女は、背中にぶつかった何かを確認するため、後ろを振り返る。

「キャーーーーーー!」

 半透明の黒い人影は彼女を驚かしながら、なおもユラユラすると、透明度が低くなりスーッと実体を現した。

 それは、彼女よりやや背が低く恰幅の良い全身黒タイツの紳士だった。

 キョロっとした目。ややつり上がった眉。額と目の周りに深い皺。ちょび髭。分厚い唇。

 体型は社長だが、テレビのサスペンスドラマか何かに出てくるベテランの老探偵にも見えた。

 額の辺りにロマンスグレーの髪の毛先が、クエスチョンマークを逆にしたみたいな、釣り針みたいな形になってプランプランしているのが滑稽だ。


 突如現れた黒い紳士は、驚く彼女を見て目を糸のように細め、キューッと口角を上げて笑う。

「失敬失敬。これはこれは驚かせてしまいましたな、マドモアゼル」

(窓もハゼる? 何のことだ?)

 彼は目の前に御令嬢でもおわすかのように片膝をついて頭を深く下げ、優しい声で彼女に詫びを入れた。

 彼は挨拶が済むと立ち上がり、辺りをキョロキョロと見渡す。

「さて……と、座標計算を間違えましたかな? いやいや、ここでいいはず……だ……が」

 今度は自分の体をグルリと回転させて一周する。

「よしよし。合っていますな」

 納得したらしく、ウンウンと(うなず)きながらこちらを向き、両肩を(すく)める。

「まさか、出現ポイントのすぐそばにマドモアゼルがいらっしゃるとは思いもよりませんでしたぞ」


 俺は警戒心をMAXにして、声を絞り出すように尋ねる。

「だ、誰?」

 彼は深々とお辞儀をする。

「お初にお目にかかります、ムッシュ。わたくしはトマスと申します。どうぞ、お見知り置きを」

(どこかで聞いたぞ)「トマス?」

「ムッシュはさぞ驚かれると思いますが、わたくしは200年後の未来から参りました」

(あ、ルイが言っていた知り合いの未来人だ)「ああ、あなたでしたか」

 彼女は呆気にとられた顔をこちらに向ける。

 確かに、このことは俺とルイとの秘密だから、分からなくて当然だ。

「なんと! わたくしが未来から来たと申しても、ムッシュは驚かれないと?」

「登場の仕方は十分驚いたが」

「でも、200年後の未来からですぞ?」

「生徒会長から聞いているし」

「おお。ルイさんのお知り合いでしたか。失礼ですが、お名前をお聞かせ願いますかな?」

鬼棘(おにとげ)マモル」

「ムッシュ・オニトゲ??」

「……いや、本当は君農茂(きみのも)マモル」

「ムッシュ・キミノモ!? ……ほほう、あなたでしたか。これはこれは好都合ですな。手間が省けましたぞ」

(無臭キミノモ? さっきから無臭って変なことを言う奴だ)「よく分からない。手間って何が?」

「ルイさんはどちらに?」

(はぐらかされた……)

「まだ応接室にいると思うわ」

「おお、メルシー」

 彼女は俺が初対面の未来人に安心しきっているので警戒を解いたのか、同じく初対面のはずなのに普通に彼と話をする。

(俺達、こんなに信用していいんだろうか?)


 応接室と聞いた彼は右手を肩の高さに上げると、人差し指をピッと立てて「伝えないといけません」と言い、ドアに向かってズンズンと歩き出した。そのスピードたるや若々しく、実は見た目より若いのかも知れない。

 しかし、何を思ったのか急に立ち止まり、その静止した姿勢を保ちつつ両足の(かかと)を軸にしてクルリと回転し、こちらへ向き直った。ロボットのような器用な回転の仕方である。逆に回転すると確実に足がもつれるのだが。

「はて、応接室はどちらですかな?」

(おいおい、もしかして、おっちょこちょい?)

 彼女が彼に近づいて言う。

「私が案内します」

「おお、これはこれはご親切に、マドモアゼル」

「ちょっと待って。生徒会長がどうかしたのか? 教えてくれ」

「おお、そうでしたな。……実はですな、これから大変なことが起こるのですぞ」

「何が?」

「ルイさんはそのぉ、……今の運命のままでは、明日大怪我をすることになっておりましてな」

「何だって!?」

「それを回避する方法を見つけましたので、それをお伝えしようとこの世界へ来たのです」

「それは急がないと!」

「こっちよ!」


 皆で応接室へ駆け足で向かう。

 ルイが近くにいたら、『廊下は走らない』と怒られそうだ。

「大怪我で済むんだよな? 死なないよな?」

 ミキが『必ず誰かが死ぬ』と言っていたので、ルイではないことを彼に確認したかった。

「ええ、ムッシュ・キミノモ。亡くなることはありませんので、どうかご安心を」

「その無臭キミノモは止めてくれ。マモルでいい」

「無臭とは言っておりませんぞ」


 応接室の前に辿り着いた。不躾(ぶしつけ)とは思ったが、事は急ぐのでドアを勢いよく開ける。

 一気に黄金色の光が目に飛び込む。

 照明は付けっぱなしのようだ。

 見渡した限り、誰もいない。

 中に入ってグルリと見渡すも、番人すらいなかった。

 ミキが不思議がる。

「おかしいなぁ。……少し前まで私とここで話をしていたのに」

「執事なら知っているかも知れない。居なければメイドでも」

 今度は執事とメイドを探すことにしたが、そもそも彼らの部屋が何処にあるのか知らないし、廊下を歩いても誰にも会わない。

「呼んでみるか?」

「そうね」

「では、そうしますかな」

 俺達はルイの名前を呼びながら、廊下をあちこち歩いた。

 ルイは呼びかけに答えない。執事もメイドも現れない。


 急にドアが二つ開く。

 俺達の期待がそちらに集中したが、現れたのはミイとミルだった。

「こ、こんな遅くに、ど、どうしたの?」

「何の騒ぎ?」

「ルイを探しているのだが、執事もメイドもいない。そうだよな?」

 俺は彼に同意を求めるため後ろを振り返ったが、彼はいつの間にか煙のように消えていた。


 三つ目のドアが開く。

 イヨだった。

 彼女はミキを見たからだろう、不快極まりないという顔をする。

「生徒会長を知らないか?」

「少し前にここでお話ししていたけど」

「何だって!?」

「出て行ったから、自分の部屋に行ったんじゃない?」

「何の話をしていた?」

「別に」

「明日どこかに行くとか言ってなかったか?」

「何も」

 イヨは俺にも不機嫌そうに言うが、原因は隣にくっつくように立っているミキであることは分かっている。

 そこで、イヨの側へ近づいて小声で言う。

「ゴメン、ちょっと生徒会長に大事な話がある。もう一度聞く。明日どこかに行くとか言ってなかったか?」

「関係ないじゃない」

 彼女は、そう言って(うつむ)いた。

「教えてくれ。生徒会長が明日、何か事件に巻き込まれて大怪我をする可能性が高いんだ」

 彼女はギョッとして顔を上げる。何か思い当たることでもあるらしい。

「ウソッ……」

「本当に、明日どこに行くか知らないか?」

「……聞いていない」

 白を切っているのは、今目を逸らしたから明白だ。

「いや、聞いているな。……じゃ、何の話をしていた? ヒントになるかも知れない」

 彼女はしばらく考えていた。

「……マモルさんの……昔話」

「昔話? 幼稚園時代とか?」

「そう」

「じゃ、指輪の話も」

「……」

「指輪の話をしたんだな?」

「……そうよ」

「その指輪は何処にある?」

「……家」


 合点がいった。

 ルイは指輪を探しにイヨの家へ向かったに違いない。

「ありがとう」

 俺はミキがいるところへ戻った。

「彼は?」

 ミキは不思議そうに言う。

「知らない。ドアが開く前まではここにいたんだけど」

 おそらく、彼にとって初対面の彼女らが部屋から出てきたので、咄嗟(とっさ)に姿を隠したのだろう。

 忍者顔負けの術である。


 それから二人で、いろいろな部屋を開けようとしたが、割り当てられた部屋と脱衣所とトイレ以外のどの部屋も鍵が閉まっていた。

 それどころか、窓も玄関も開けることが出来ない。

 どうやら、俺達はこの建物に囚われてしまったのかも知れないのだ。

 諦めて各自の部屋に戻った。


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