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並行世界で何やってんだ、俺  作者: s_stein
第七章 泥沼編
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ミキの言い分

 イヨの部屋を出てミキが待っているはずの脱衣所に足を向けると、3メートルくらい先に人影が見えた。

 誰もいないと思っていただけに、廊下で幽霊に遭遇したかのような恐怖を覚えて、思わず足を止めた。

 体重を前に移動しているのに下半身が止まったので、上半身が前のめりになり蹌踉(よろ)けた。

 幽霊の正体はルイだった。

 彼女は客人の狼狽(ろうばい)ぶりを見てクスッと笑う。

「ミキさんがこちらのお部屋でお待ちよ」

(立ち聞きされたか?)

 彼女ならやりかねない。


 案内された部屋は、イヨの部屋から見て部屋一つ挟んだ先にあった。

 脱衣所に向かっていたら、この屋敷で迷子になっていただろう。

「何故ミキに会うことが分かった?」

 彼女はニヤッとする。

「何となく」

「また何でもお見通しか?」

「家の中でゲストの皆様が言い争っていらっしゃるのは、ホストとしても気を揉みますし」

「やっぱり、聞いていたな?」

「他の方々が待っていらっしゃるので、手短にお願いしますわ」

(はぐらかされた)「……分かっている」


 ドアをノックする。

 中から走り寄る足音がして、すぐにドアが開いた。

 ミキが少し緊張した顔をしている。

「中に入って」

 促されて部屋の中に入ると、後ろでドアが閉まり、彼女が俺の前に回り込んできた。

 彼女の肩越しに部屋の中をよく見ると、イヨの部屋と同じ家具が同じ位置に置かれている。

 違うのは丸いテーブルに花がないこと、机の上に原稿用紙がないことくらいである。

 視界に入ってきた彼女の顔から熱い視線が向けられている。目から表情を読み取ろうとしていることは明白だ。こちらも視線を合わせた。

「カノジョと決着着いたの?」

 視線を逸らさずに答える。

「ああ」

 彼女は俺の胸に頭を押しつける。

 額を通じて息遣いや鼓動まで感じ取っているようだ。

「なんて言ったの?」

「タイプだけど<好き>までは行かない、と」

「タイプなんだ。あの眼鏡ブスが」

「嘘は言えない」

「正直ね」

 彼女は両腕を俺の脇から背中に向かって回す。そのまま体を密着させる。

「私は?」

「……好きさ」

 彼女が顔を上げて悪戯っぽく笑う。

「あ、今ちょっと考えたぁ」

 俺も両腕で彼女に同じことをした。

「いや、ちょっと勿体(もったい)ぶってみただけ」

「二度目なんだから勿体(もったい)ぶらないで」

「え? 二度目だっけ?」

「あ、忘れてるぅ。お仕置きしちゃうぞぉ」

 そう言って彼女は背伸びをし、キスをした。俺も彼女を抱きしめた。


 とその時、突然ドアがノックされたのでギョッとした。

 ミキもビクッとしたようで、体に振動が伝わる。

「そろそろよろしいかしら? 皆様がお待ちかねですの」

 ドア越しにルイの声が聞こえる。

「早すぎないか?」

「お二人の結論はすでに出ていらっしゃいますでしょう?」

 彼女は本当に勘が鋭い。

「10秒も経っていないぞ」

「30秒は過ぎていますわ。さ、応接室までご案内いたします」

 ミキが俺の左肩越しに小声で言う。

「ケチ」


 ミキが俺の手を引いて、ベッドの方へ向かう。

 引かれるままについて行くと、意図が分かった気がしたので、押し倒されるのかと身構えた。

 しかし、彼女の足は止まった。

 単にルイには聞こえないようにドアから遠ざかっただけのようだ。考えすぎた俺が情けない。

 彼女は小声で言う。

「今言っておきたいことがあるの」

「何を?」

「実は、小学一年生の時に病気で入院したことがあって。

 その時、見舞いに来てくれた同級生の私野(わたしの)マモルって男の子から花束を渡されて、

 『大きくなったら僕と結婚する約束をしてください』と言われたの。

 私、『うん』て答えたらしいのだけど、それからすっかり忘れていて。

 前にタケシという男とその仲間に絡まれて怪我した時、マモルさんに助けてもらって。それだけじゃなくて、後で入院先までお見舞いに来てくれたの。花束を持って。

 そうしたら、小学生の時に同じシチュエーションで男の子に花束をもらったこと、さらに結婚の約束をしたことを思い出したの。

 マモルさんは、鬼棘(おにとげ)の前の姓が私野(わたしの)だと教えてくれて、『ああ、あの時の男の子だ』と分かって。

 そして昔の話をしたら、マモルさん、そのことを覚えていてくれて。

 凄く嬉しかったの

 ……」

(昔から、偽の俺は二股だったのか……)

「ああ、スッキリした。今までなかなか言い出せなくてモヤモヤしていたの」

「悪い。今は覚えていない」

「記憶喪失だから、でしょう?」

「ああ」


 彼女が余韻に浸っている一方で、俺には気がかりなことが一つあった。

「ちょっと聞いていい?」

「何?」

「スッキリしたところに悪いんだけど、もしかすると気分悪くなるようなことかも知れないけど-」

「イヤ」

「ゴメン。どうしても確認したいことがあるんだ」

「……仕方ないわ」

「昔、タケシって奴が絡んで怪我させた時に、もしかして『お前は平和主義者だろ』とか何とか言ってなかった?」

「え? もしかして……記憶が戻って思い出したの?」

(やっぱりそうか。これで繋がった)「いや、もしかしたらそう言っていたのかな、と」

「当たりよ。あいつ、それで強請(ゆす)ってきたの。『それをばらしてやる』って。それがどういう意味かというと-」

 とその時、またドアがノックされた。

「2分過ぎましたわよ」

 ミキがドアに向かって叫ぶ

「走れば挽回できる時間よ!」

「廊下は走らない、ですわ」

 彼女は小声で苦々しく言う。

「ホント、あの縦ロール頭-」

「『いけ好かない』って? それ、みんな口揃えて言う」


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