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並行世界で何やってんだ、俺  作者: s_stein
第七章 泥沼編
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彼女とカノジョで修羅場になる

 ミキはもうこの屋敷の中を把握しているのか、たくさんの部屋の前を迷わず通り過ぎ、曲がりくねっている廊下も速力を緩めない。前にも来たことがあるかのようだ。

 彼女は、廊下の行き止まりの位置にあるドアを開けた。

 一緒に中に入ると、少し湯気というか湿気がこもった部屋だった。

 棚や籐の籠があるので、脱衣所らしい。

「髪乾かして」

 彼女は、おねだりするような声を出してドライヤーを渡す。

 鏡のそばにコンセントがあるので、そこにドライヤーのコンセントを差し込んだ。


 それは良いのだが、女性の髪を乾かすにはどうやっていいのか分からなかった。

 温風の出るドライヤーを左手に持って彼女の頭に(かざ)しながら右手の指でクシャクシャと()でたり、髪を()いたりした。

(たぶん、これでいいんだよな?)


 旋毛(つむじ)とか分け目が間近に見える。

 こんなに彼女に近づいたことがないし、長く触ったこともないので、長時間ドライヤーの熱に当たったかのように顔が逆上(のぼ)せてきた。

 彼女は温風で目が乾かないように目を閉じていた。

 ある程度乾いたところでドライヤーのスイッチを切った。


「これでいいか?」

 彼女は目を開けた。

「ありがとう」

 そう言うと、彼女はいきなり俺に飛びかかった。いや、急に抱きついてきたのがそう見えたのだ。

 これにはすっかり気が動転し、手がドライヤーを離してしまった。

 体当たりになる勢いだったので少し後ろに下がったが、彼女にあっけなく捕まると、目を閉じた彼女が背伸びをして唇を重ねて来た。

 恐る恐るではなく、ストレートに。


 初めてだった。

 とても温かく、

 柔らかかった。

 石鹸の良いにおいがした。


 この機会(チャンス)を待っていたのだろう。

 倉庫でサイトウ軍曹に邪魔された時以来である。

 あれから人目が怖くて、お互いが手を触れることですら偶然を装うしかなかったのだ。


 生と死が背中合わせの場所で、長いこと待たされた。


 少し大げさかも知れないが、お互いが新しい人生に向かって踏み出したような気がする。


 彼女は俺を強く抱きしめる。俺も応えた。


(そう……俺は彼女を守ってきたのだ……彼女は『好きだ』と言った……俺も-)


 とその時、ドアがギーッと不吉な音を立てて開いた。

 ギョッとして音の方を振り向くと、目を見開いたイヨがタオルを持って立っている。

 風呂に入りに来たのだろう。

 彼女は相当驚いたようで、震える声で言う。

「ま、マモルさん! これは一体……」

 ミキは俺に密着するほど抱きついたままイヨを睨み付ける。

「あなたは?」

 イヨもミキを睨み付ける。

「名前を聞くなら、そちらから名乗るのが礼儀じゃない?」

「私は品華野(しなはなの)ミキ」

身賀西(みがにし)イヨよ」

「で、マモルさんに何か用?」

「逆にこちらが聞きたいくらい。マモルさんに何抱きついているの?」

「私たち、付き合っているの」

「私、マモルさんのカノジョなんだけど」

「何それ? 聞いたことない」

「あなたこそ何? マモルさんから、他に付き合っている人がいるなんて聞いたことないけど」

「私だって聞いていないわ」

「マモルさんは、私のことをカノジョって言ってくれたのよ」

「何よ、あなた。口から出任せみたいなことを言って。泥棒猫の因縁?」

「失礼ね。あなたこそ泥棒猫じゃない」

 イヨは脱衣所の中に入ってきて、バタンとドアを閉めた。

 その大きな音には、彼女の怒りの感情が籠もっていたようだ。


 ミキは鼻でフンと笑った。

「私はもうキスまで行っているわ。あなたは?」

「……まだ」

「じゃ、あなたの負けね」

(さっきが初めてじゃないか……)


 これを聞いたイヨが俺に突進してきて、ミキを払いのける。

 それに成功すると、アッという間にギューッと抱きついて唇を重ねてきた。

「なっ! 私のマモルさんに何するのよ!」

 イヨは俺に抱きついたまま、ミキに向かって誇らしげに言う。

「これで一緒よ。同じスタートラインに立ったわ」

 ミキはイヨを払いのけて俺に抱きつく。

「マモルさん。これから風呂に入る汗臭い女なんか放っておいて、あっちの部屋に行きましょう」

 彼女は一端離れて、俺の左腕を掴む。

 イヨはそれに対抗して俺の右腕を掴む。

 両方からグイグイ引っ張られた。

「まあ、待ってくれ!」

 俺の言葉に耳を貸さず二人が力一杯引っ張るので、両方の腕に力を入れ、二人を引き寄せた。

「待ってくれと言っている!」

 二人が興奮して息が荒いようなので、少し収まるまで待ってやった。

「ちょっと一人ずつ話をさせてくれ。まずはイヨから」

 イヨは自分が寝泊まりしていたという部屋へ案内してくれた。


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