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並行世界で何やってんだ、俺  作者: s_stein
第六章 妹&リク編
31/61

未来人の失敗

 電車に乗って十三反田(じゅうさんたんだ)公園前駅に着いた。

 実に懐かしい。

 北口を出て時計を見ると、17時10分前である。

 待ち合わせには少し早い。

 時間もあるのでお土産を買うことにした。


 歩道まで出てチラッと待ち合わせ場所の方を見ると、妹らしい女の子が立っている。

 さらに、その位置から見て右斜め前の反対車線に、最近見かけない黒塗りの高級車が止まっているのが見えた。

 車が気にはなったが無視して、妹に見つからないように反対方向に歩く。


 すると、10メートルほど向こうのシャッターが閉まった店先で、紺の風呂敷を広げてアクセサリーを売っている女が胡座(あぐら)()いている。

 近づいていくと、手頃な値段のアクセサリーがあったので、妹とミキ用に1つずつ買った。

 支払いに軍票を出したが、手数料がいるという。

 値切ってもらって支払った。

「じゃ、これ」

「毎度あり」


 アクセサリーを1つずつ入れた袋を2つもらうと、突然ポケットの中の携帯電話が鳴った。

(妹か?)

 俺は携帯電話の画面を見た。

 発信者はイヨと表示されている。妹が設定したのだ。

 俺は電話に出ようとボタンに指をかけた。

 と突然、遠い記憶が蘇った。


(この状況、一度経験している気がする……そうだ、イヨの電話に出てはいけない……絶対に出てはいけない)


 確かに今ここで電話に出れば、遅くなるだけだ。

 俺は悪いと思いながら電話を無視して、妹が待っている場所へ向かった。

 その途中で電話が切れた。

(ゴメン。今は出たくないんだ)


 妹は俺の濃い緑色の服を見て不思議そうだったが、元気な兄貴の顔を久しぶりに見て、「お兄ちゃん!!」と泣きそうなくらい喜んでくれた。

「さっきレストランを見たら満席だって」

「そうか、残念だな」

 妹は左斜め前の方向を指さす。

「あっちの洋食屋さんに行かない? 私あそこのケチャップたっぷりのオムライスが好きなの」

「じゃ、そこにしよう」


 横断歩道を渡った。

 右側に見える黒塗りの高級車が気になるが、妹が手を引くので、黙ってついて行った。

 妹に手を引かれる兄貴も情けない話である。

 すると突然、妹が「アッ!」と短く叫んで手を離した。

 何かにつまずいたのか、前方にドサッと倒れた。

「大丈夫か?」

「……大丈夫じゃないかも」

 妹を起こすと、両膝に血がにじんでいる。服も所々すり切れている。両方の手の平も擦り傷があった。

 俺は手に持っていたバッグの中に救急用具が残っていないか調べたが、見当たらない。

「こういうときに限って救急用具がないんだよな」


 すると、「あら大変。大丈夫?」とアニメに出てくるような可愛い女の子の声が聞こえた。

 声の方を見ると、すぐ近くに小学生くらいの背丈の女生徒が大きな人形を抱えて立っていた。うちの学校の制服を着ている。

(おや? 壮行会で生徒代表の挨拶をした<小学生>だ)

 今日はちょっと雰囲気が違う。

 彼女の両側に、黒いスーツを来てサングラスをかけた長身の女が一人ずつ立っているのだ。

 二人とも面長で髪はオールバックだ。白い肌に濃い赤の口紅が印象的だった。

(ついに生身の人間まで従えたようだ)


「どれ、よく見せて?」

 彼女は妹の傷口を見ると「可愛そう」と慰めて言葉を続ける。

「私の車の所に擦り傷に効く特効薬があるの。一緒に来てくれる? 歩ける?」

 妹は少々自信がなさそうだったが「歩けます」と言った。

 しかし、オールバックの女の一人が、妹をお姫様だっこで抱きかかえる。

 その素早さに妹がさらわれるかと思った。

「いや、俺がおぶります」

 女は丁寧に、しかし無表情で言う。

「お任せください」

「お兄ちゃん。私歩けるから、大丈夫。後で洋食屋さんへ行くね。席取っておいて」

 うちの学校の女生徒なので大丈夫と思い、洋食屋に足を向けるが、妹を抱えた女がどうしても気になる。

 洋食屋に向かって歩きつつ、振り向いては妹達の様子をうかがった。


 女は妹を黒塗りの高級車の横に降ろした。

 妹は女に一礼している。

(あの車が女生徒の車? いやいや、それはないだろう)

 女生徒は人形を抱えながらもう一人の女と一緒に高級車に近づき、女は運転席に、彼女は後部座席に乗り込んだ。

(え? やっぱりあいつの車だったのか。まさか、妹を誘拐しないよな)

 俺は立ち止まって車の様子を伺っていた。


 すると、俺の後ろからぶつかって来た奴がいる。

 振り向くと、髪の毛が爆発したようにボサボサで、薄汚れた服を着た老女だった。

 長いこと手を洗っていないと思えるくらい汚い手で俺の右肩を横方向に押して、『どけ』というような仕草をする。

(なんだ? こいつ)

 老女は俺の肩越しに何かを見ているようだ。


 とその時、車の方角から大音響の爆発音が轟いた。

 音の方を振り向くと、車は黒煙に包まれて火を噴いた。

 車の横に立っていた女と妹は、煙の中に飲み込まれて姿が見えない。

 続いて、右斜め前の方向でドカンと重く響く音がして、バリバリとガラスの割れる音が聞こえる。

「キャーー!!!」

 複数の女性の叫び声がした。

「マユリ!!」

 俺は黒煙の立ちこめる場所に走った。

 何処に消えたのか、吹き飛ばされたのか、人影が見えない。

「危ない! 近寄るな!」

 近くにいた女兵士に二人がかりで制止された。

 暴れると羽交い締めにされ、動けなくなった。

 俺はマユリの名前を叫び続けた。


 女兵士達に連れられて病院へ行った。

 妹は緊急治療室に運ばれたが、程なく医師が出てきた。

「お気の毒です……」

 俺は泣き崩れた。

 女兵士が現場の状況を教えてくれた。

 高級車が爆発し、中にいた二人と外に立っていた二人、つまり彼女と女達と妹が爆発に巻き込まれた。

 妹含め4人とも全員死亡したという。

 おそらく、最近増えてきたテロらしい。

(なぜこんなことに……なぜ……どうして)

 俺は運命を呪った。


 一度家に戻った。

 ところが妹は家に鍵をしていて、妹に鍵を預けていたため家の中には入れない。

 仕方なく、玄関の前に膝を抱えて座り込んだ。

 すっかり暗くなっている。

 何もする気がなくなった。ここで一夜を明かすつもりでいた。


 しばらくすると、突然、左手中指の指輪がブルブルと震えだした。

 未来人と交信する電話が鳴ったのである。

 指輪に口を近づけた。

「もしもし」

 泣き疲れたので、小声しか出なかった。

「あら、また元気ないわネ~? 今度はどうしたノ?」

 未来人は優しく声をかけてきた。

 俺は指輪の電話を通して妹の顛末をかいつまんで説明した。


 未来人はしばらく黙っていた。

「もしもし。聞いてる?」

 少し間を置いて彼が話し始めた。

「おかしいわネ……。あんたがアクセの店で携帯電話に出なければ、妹さんが救われるはずだったのに」

「え? 救われるはずって、何の話?」

「妹さんは前に一度、事故で死んでいるの。パン屋の店先で」

「え!?」

「覚えていないノ? ……あ、そっか。時間を戻したからネ」

「時間を戻した?」

「あら、それも記憶から消えたのネ。なんて不便な話」

 意味が分からなくなって、不快になった。

「よく分からない」

「あのネ。妹さんが死んだからってあんたに相談されて、じゃあ携帯電話に出なくてサッサと店に行けば事故に遭わない、と思って時間を戻したノ。でも、今の感じじゃ、それでも駄目だったようネ」

「時間を戻してやり直したってこと?」

「そうヨ。違う行動でやり直してもらったノ」

「と言うことは、時間を戻しても何をやっても妹は今日必ず死ぬ、ってこと?」

「その並行世界ではそういう運命の人もいるかも知れないけど-」


 俺はまた泣きそうになった。

「じゃ、諦めろと?」

「う~ん、……そうじゃないケースもあるから調べてみるワ。……あ、そうそう、黒塗りの高級車に乗った女の子の名前は?」

「知らない」

「特徴は?」

「背が小学生くらいで、いつも体の半分の大きさの人形を手放さない。アニメ声」

「アニメ声って何ヨ?」

「いや、思ったこと言っただけ」

「気になるじゃない」

「別にいいじゃん」

「冷たいわネ。……じゃ、しばらくこのまま待ってて」

 本当に、長い沈黙が続いた。することがないので、ずっと星を眺めていた。


「もしも~し」

 未来人の声がする。電話がつながっていたことをすっかり忘れていた。

「分かったわヨ、その子」

「誰?」

梨獲華(なしえか)リクって言う子ヨ」

「ナシエカ リク? 聞いたことない」

 本当は、壮行会の時に名前を聞き損ねたことを思い出していた。

「この子、政府が情報管理していたから記録が乏しいノ。つまりトップシークレットなのヨ」

「なんか嬉しそうだけど」

「当時のトップシークレットって軍関係者ヨ。凄いじゃない、そんな子とお知り合いなんて」

「喜んでるところ悪いんだけど、それ間違ってない? そんな女の子がうちの学校にいるわけない。しかも知り合いじゃないし。たまたま通りかかって妹の怪我を見てくれただけ」

「間違ってないわヨ」

「何故分かる?」

「その子の記録を見ると、何度も命狙われているノ。最初に狙われたのは花道丘高校にいた時-」

「今、なんて言った?」

「命狙われた」

「その後」

「花道丘高校」

「え? そこで命狙われたって?」

「そう、その子を校舎ごと吹き飛ばすため、敵の空軍から猛烈に爆撃されているノ」

(黒焦げの校舎は、彼女が原因だったのか)

「でも助かったので、それから今の十三反田(じゅうさんたんだ)高校に編入されて。その後も何度か命狙われたみたい」


 敵国のやり方を思うと不安になってきた。

「まさか、俺が赴任している間に校舎が爆撃されてないよな?」

「それは記録にないわヨ」

「記録って?」

「今あんたがいる並行世界の記録。そこに駅前の事件のことがあって、その事件で死んだ子ということで調べたら、リクちゃんを割り出せたノ」

「じゃ、今の運命だと、必ず巻き込まれる?」

「いいえ、変えられるわヨ。あのネ、詳しく調べたら、ここには別の運命があるノ。別の分岐というか。そこを辿るとリクちゃんが救えるノ」

 どうしても腑に落ちない。

「でも、記録によれば駅前の事件は必ず起こるんじゃないのか?」

「そのまま辿らず、あんたが別のことをして別の運命に分岐すると、そっちの運命を辿る世界では記録が違うノ。つまり、リクちゃんが今後も生きている記録があるノ。妹さんはゴメンネ。有名人じゃないから記録がないけど、別の運命を辿ると今日リクちゃんが死なないから妹さんも大丈夫なはずヨ」

「また時間を戻して違う行動をすれば、運命が変わって違う道を辿るってこと?」

「そうヨ」

「じゃ、時間を戻してもらったとして、どうやって運命を変えればいい?」

「それはネ……」

 彼は急に黙った。


 よく聞こうと、指輪をさらに耳元へ近づけた。耳も大きくなった気がする。

 それから彼は勿体(もったい)ぶって言う。

「ちょっとあんたには悪いけど、ずーっとずーっと前まで時間を遡ってもらうワ。そこでリクちゃんと知り合いになってもらうノ。そうすると、今日の運命が変わるワ」

「マジで!?」

「そう。リクちゃんと知り合いになってからは、ミイちゃん達4人を救うこともやって、妹さんを待ちあわせた時にリクちゃんと出会うところまで繰り返すことになるけど、我慢してネ」

 俺は天を仰いだ。

「何、今までやって来たこと全部やり直せって?」

「そうヨ」

「冗談だろ?……RPGをセーブし忘れて頭からやり直す気分だぜ」

「リクちゃんがあそこで死なないルートは今のところ一つしかないの」

「マジで勘弁」

「じゃ、このままにしておくノ?」

「……」

「もう一度聞くけど、このままにしておくのネ?」

「それもイヤだ」

()(まま)ネ」

「じゃ、……時間を戻してリクと知り合いになれば、もう妹は死なないんだな」

「お婆さんになる時までは保証しないわヨ」

「……分かった。やってみる」


 未来人は俺の決心を確認すると「じゃ、時間を戻すわヨ」と言う。

 俺は、リクと知り合いになること、と頭の中で繰り返した。

 そうしているうちに、フッと意識が遠のいた。


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