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並行世界で何やってんだ、俺  作者: s_stein
第五章 救出編
23/61

合言葉は平方根

 町を出たあたりで一端休憩になった。

 ここからは行き先が分からないように幌が完全に閉じられ、外の景色が見えなくなった。

 実は、誰も向かっている場所がどこかを聞かされていない。

 遠ざかる景色を見ている方がまだ安心だが、こうも暗くなると不安が募る。

 それからガソリンの補給のような小休止はあったが、休憩らしい休憩もなくトラックはひた走りに走った。

 長椅子の上で前後左右に揺れながら、辛抱強く到着を待った。


 2時間くらい立つと急にトラックが停止した。

 運転席のドアが開いてバタンと音がした。エンジンは掛かったままだ。

 靴音が遠ざかる。

 しばらくして、靴音が近づいてきて運転席のドアが開き、バタンと音がした。

 トラックの前方から、ギイーッと金属の軋む音が聞こえてきて右から左にゆっくりと移動する。

 全く外が見えないので何が起きているのか音だけで判断するしかないのだが、何処に連れて行かれるのか分からない。

 トラックのエンジンが吹かされて、ゆっくり発進した。

 右に左にまた右にとクネクネ進んでいる。ブレーキが掛かった。

 エンジンが切られた。

 トラックの横から、「おい、降りろ!」と女の声がして、幌がポンポンと叩かれる。


 荷台のあおりを倒し、幌を開けて覗いて見ると、学校の校庭に似た敷地だった。

 目の前には背が低い女兵士が二人立っていた。一人はサングラスをかけている。

 サングラスをかけた方が口を開いた。

「何をしている! サッサと降りないか!」

 俺達は荷台から飛び降りて二人の後ろをついて行った。

 女兵士達の行き先は、3階建ての学校の校舎のような施設だった。

 サングラスの女兵士は「ここで半日訓練だ」と言う。

 外壁は薄汚く、窓ガラスはあちこち割れている。おそらく廃校ではなかろうか。


 この施設の中で後方支援部隊の役割や仕事の内容を教わった。

 サングラスをかけた女兵士は教官だった。

 彼女が「校庭に出て実地訓練をする」と言うので何をやるのかと思っていたら、行進の練習、腹筋、鉄棒、ランニング、匍匐前進の練習、荷物の積み卸しの練習だった。

 また屋内に戻って拳銃の使い方、軍事用語等いろいろ教わった。

 ごった煮みたいなメニューをこなした。

(なんか、訓練とか言って、やってることが滅茶苦茶だ……カリキュラムは思いつきとしか思えん)

 訓練が終わる頃になると、ミル達三人は疲れて口もきけない様子だった。互いに寄り添うように助け合うようにノロノロと歩いている。

 食堂らしいところに連れて行かれ、丸パン1個と具の少ない野菜スープとバナナ1本が載ったトレイを渡された。

 後で分かるのだが、これは贅沢な食事だった。

 他に数人の女兵士が食事をしながら談笑している。

 俺達四人は端っこの席に固まって黙々と食べた。口をきく元気がなかったのである。


 夜になった。

 ここには風呂などない。

 教官は訓練生の寝る部屋を案内してくれた。ガランとした元教室みたいな部屋だった。もちろん、部屋は男女別々だ。

 そこには布団もなく、貸し出された臭い寝袋に包まり、床に転がって寝た。

 臭くても眠さの方が勝った。

 何かの本で泥のように眠るという言葉を見たことがあるが、きっとこういうことなのだろうと思っているうちに意識が遠のいた。


 翌朝、ごま塩だけで味付けされた握り飯を3個渡された。漬け物のような副菜はない。

 後で食べた時に気づいたのだが、握り飯は中身もなかった。朝と昼をこれで凌げという。

 8時頃トラックに乗せられ、小休止を何回か挟んだが12時を過ぎてもトラックは止まらない。握り飯で昼も凌げと言われた理由が分かった。

 それにしても、いつまで走るのだろう。何処へ行くのだろう。

 学校の窓から煙が見えていたので、見える範囲、精々30~40キロくらいの場所に赴任するのだろうと考えていたのが大甘だった。

(志願しなければ良かった。たった半日の訓練でこんなにキツいとは思わなかった。……でもイヨを助けるためだ。ここは我慢するしかない)

 向かいに座る彼女達を見ると、心ここにあらずという状態だった。それはこちらも同じだった。

 途中から乗り物酔いが始まったので長椅子の上に横になった。

 彼女達も真似をしたが三人が横になるには狭すぎる。

 そこで、こちらの長椅子を彼女達用に明け渡し、俺は床に転がった。


 やっとトラックが停止し、エンジンが切られた。

 朝出発してから6時間経っている。

 時速50~60キロだとして、あの施設から300~360キロ離れたところに来たことになる。

 学校からだとプラス2時間だったと思うので、400~480キロと言ったところか。

(一体ここはどこなのだろう? 遠い国に連れて行かれた気分だ……)

 幌がチラッと開いて「降りろ」と命令が下った。

 俺は背伸びをして関節をボキボキいわせ、やおら荷物を持った。

 荷台のあおりを倒し、滑り落ちるように地面へ降りた。倒れそうになった。

 ずっと同じ姿勢だったので、腰が痛いし膝がガクガクする。

 視界に飛び込んだのはキャンプ場を思わせるような森の中の空き地だった。

 やっと揺れない地面に立てたが、長く座っていたので、久しぶりに歩くと足下が覚束(おぼつか)ない。

 彼女達三人もヨロヨロ歩いている。

 他にも次から次へとトラックが集まってきて、何人かずつ降りてくるが、結構蹌踉(よろ)めいている。


 俺達は空き地の中央に集められた。

 数人の女兵士が互いに適当な間隔を開けて、自動小銃を肩にかけ足を少し広げて立っている。

 そこで30分くらい待たされた。

 一人の女兵士が「あれで最後だ」と顎で遠くを指す。

 振り返ると、最後のトラックが到着し、中から数人が降りてきてフラフラとこちらに近づいてきた。倒れ込む者もいる。

 中央に集まった連中をざっと見ると、やはりここでも男が少ない。


 点呼が終わると、八人ずつ4チームに分けられた。

 俺達四人はBチームに入った。

 一緒になる残り四人は男四人組だった。

 周りから「男子率高~い」と(うらや)ましがられた。

 見た感じ20~30代の成人男性だが、正直、一癖ありそうな大人というのが第一印象である。

 顔に傷がある者が二人いる。

 一人は肩幅があり筋肉質で相当腕っ節が強そうだ。事を構えたら俺一人では太刀打ちできないだろう。

 もう一人は痩せていて目つきが悪く、ずる賢そうだ。

 残り二人だが、一人は割と小柄でボディビルをやっているのか筋肉がムキムキ、もう一人は痩せていて病的な雰囲気がある。

 四人とも知り合いらしく、ヒソヒソと耳打ちしている。チラチラと女子の方を見る。

 こちらの彼女達を見てニヤニヤしている時はさすがにムッとした。

(よりによってこんな奴らと2ヶ月もチームを組むとは、超最悪だ……)

 サイトウ軍曹が、何かやらかしたかと聞いてきた理由がやっと分かった。


 集合した新入りを前に、連隊長が訓示を垂れた。

 連隊長は60代の女性に見えた。声が太く、力強い。

 敵が徐々に前進してこちらまで迫って来ている、諸君の補給が前線の生命線であり重要だ、勝手な行動はチーム全員を命の危険にさらす、という話までは聞いていたが、長いので集中できなかった。

 途中からまともに聞いていなかったが、それはBチームの男四人組も同じだった。

 そいつらは、なんとなく女性の尻ばかり見ているような気がする。

 連中と一緒にされたくなかった。


 長い訓示が終わると、全員の荷物が回収された。

 一端全部回収して、没収されない物だけ返すから後で酒保まで取りに来るようにとのことだ。取りに来ると配給があると言う。

(酒保って、この並行世界はなんかずれてるなぁ……PXじゃなかったっけ?)

 荷物を没収された後、宿舎に案内された。

 簡易プレハブを思わせる平屋の宿舎である。

 小窓があるが、中は割と暗く、机も椅子もベッドもない8畳くらいの部屋だった。

 隅っこに座布団が積み上げられているが、ガランとした空間と呼ぶのが相応しい。

 宿舎はチームごとに割り当てられているとのことだったが、さすがに男女は別れていた。

 Bチームの男四人組は、やはり気になる。

 虫の知らせというか何というか、イヤな予感でゾワゾワする。

 宿舎見学の後、連中がサッサと酒保に向かったので、その隙に彼女達を探した。


 こちらの宿舎から40メートルくらい離れている宿舎の前に彼女達が見えた。

 まだ宿舎の扉を開けて中を覗いているようだった。

 近づいていくと彼女達は俺の不安げな顔にちょっと驚いた様子だった。

 確認のため聞いてみた。

「ここが宿舎?」

 ミキは「そう」と答えるが、怪訝(けげん)な顔をする。

「でも、何故聞くの?」

 俺は後ろを振り返った。連中がこちらを見ずに小走りに遠ざかって行くのを確認して向き直った。

「Bチームの男四人組はどう見ても胡散臭い。何か悪いことをやらかしてここに来た気がする。みんなをジロジロ見ているのも心配だ。俺と連中を区別できるようにするため、ここのドアを開けるときの合言葉を決めないか?」


 我ながら、心配のあまり突拍子もないことを言ったように思った。

 それはミキの驚いた表情でも明らかだった。

「合言葉?」

 ミイが「そ、そこまでしなくても」と言い、ミルが「気のせいよ」と加勢する。

 ミキは少しの間考えていたが、決心したように頷いて言う。

「マモルさんがそこまで言うのは、きっと男の勘なのよ。私信じる。合言葉決めましょう」

 ミルも頷いて言う。

「ミキが言うなら私も信じる。じゃ、合言葉は『山、川』は?」

「そ、それは安直。『マ、マモルさん、ミ、ミイさん』は?」

「却下」ミルとミキがハモった。

 ミルが少し考えてから言う。

「じゃあ、『富士山麓、オウム鳴く』」

 ミキが首を横に振る。

「平方根は高校生なら知ってる」

「なら、『人並みに、おごれや』」

「それも同じ」

 ミルの提案はあっさり却下されたが、その捨てがたいアイデアを聞いてふと面白いことを思いついた。

「じゃあ、それらをくっつけよう。『富士山麓、オウムはおごる、人並みに』」

「み、3つも?」三人がハモった。

「そう、念入りに。まず外からノックする人が『富士山麓』、それを受けて中にいる人が『オウムはおごる』、それを受けて外の人が『人並みに』と返す」

 ミキが敬礼の真似をする。

「ラジャー」

ミイもミルも真似をした。


 俺は自分の宿舎と彼女達の宿舎の近道を確認しながら、酒保に向かって歩いた。

 後ろから彼女達も付いてきた。

 酒保に行くと、俺達四人の荷物だけ残っていた。

 案の定、携帯電話は取り上げられていた。

 配給は小さな握り飯が2つ。遅い昼飯である。

 味付けは塩だけで中身がない。漬け物のような副菜もない。早い話、塩味の米である。


 食事が終わると、なぜかランニングをさせられた。

 施設の周辺を知っておくことと体力増強が目的だそうだ。

(意味が分からん……)

 ダラダラ走っていたが、Bチームの男四人組もダラダラ走っているのを見て、一緒にされたくないので途中からまじめに走った。

 夕方で暗くなり始めたが、薄暗い道をずっと走らされた。

 さすがの俺も疲れてきた。脱落者が出てもおかしくないだろう。


 ランニングのゴールである午後の集合場所に戻ると、みなヘトヘトになって倒れ込んだ。

 マラソンランナーが倒れ込む気持ちがよく分かった。

 誰も動けなくなった。

 日が暮れかかった頃、集合場所付近に照明がついた。

 配給が始まった。牛肉缶詰とコッペパン1個である。

 宿舎に戻ってこれで夕食にしろという。

 まだ少々息が荒いが、それを受け取ると銘々が宿舎へ戻った。

 俺はあの四人組と一緒かと思うと気が滅入った。


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