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正義令嬢VS悪役令嬢シリーズ

正義令嬢VS悪役令嬢~乙女ゲーム次元からの挑戦者編~

作者: 白銀天城

 悪あるところに正義あり。光あるところ必ず闇がある。正義と悪は表裏一体。どちらも絶えることはない。それは、悪役令嬢と正義令嬢の戦いもまた、絶えることはないという悲しき宿命を意味していた。


「ごきげんよう! ごきげんよう!」


 正義令嬢の若きエースであるマリアベル。美しく輝く金髪。青空よりも澄んだ青い瞳。誰もが振り向く美貌。その気高き魂は、令嬢としての王道を往く令嬢オブ令嬢である。

 彼女は今日も自分の屋敷にあるトレーニングルームで鍛錬に励んでいた。

 全ての設備は最新式かつ最高級だ。令嬢たるもの、金を惜しんで鍛錬を怠るなどあってはならない。


「ごきげんよう! ごきげんよう!! くっ……身体が……やはりごきげんようの回数を急激に増やすのは、身体を痛めるだけですわね」


 悪役令嬢との戦いは熾烈を極める。いつまでも昨日の自分と同じでは、日々強くなる悪役令嬢との戦いに勝ち続けることは不可能。そう考えたマリアベルは自己鍛錬の強化と新令嬢奥義の開発を続けていた。


「私は、本当に強くなっているのでしょうか? 強さとは、令嬢とはなんなのでしょう?」


 トレーニングを積めば身体は鍛えられる。しかし、それは本当の強さなのだろうか? 真の令嬢と、胸を張って言えるほどの強さであろうか? マリアベルの疑問は尽きない。


『フフフフフ……正義令嬢マリアベル様。ようやく見つけましたわ』


 トレーニングルームに設置された大型モニターから声がする。


「電源は切っているはず。どちら様ですの?」


『お初にお目にかかりますわ。ごきげんよう。わたくしは悪役令嬢ミレイユ。以後お見知りおきを』


 まっすぐ伸びた銀髪。宝石よりも美しい蒼い瞳。大人びた印象のある、美少女よりは美女という表現の似合う令嬢である。


「ごきげんよう。正義令嬢マリアベルですわ」


 このような状況でも決して挨拶と優雅な一礼を忘れない。なぜなら彼女は名家のご令嬢なのだから。


『正義令嬢マリアベル様。貴女に令嬢ファイトを申し込みますわ!』


 令嬢ファイト。それは、太古の昔より世界の覇権を賭けて行われる、正義令嬢と悪役令嬢の果てしない戦い。令嬢として生まれたからには避けては通れない茨の道である。


「お受けいたしますわ。いかなる時でも悪役令嬢に背中を見せるなど正義令嬢の恥」


『フフフフ。では、招待いたしますわ。わたくしの世界へと!!』


「なっ!? これはっ吸い込まれる!?」


 見えない力でモニターへと引き寄せられるマリアベル。周囲を観察すれば、自分以外の物はピクリとも動いていない。


『…………さあ、わたくしを……あの方々を……最高の結末へ導いて下さいまし……』


 完全に吸い込まれ、意識が途絶える前に、マリアベルは確かにその呟きを耳にした。



「ん……ここは……? 私は確か」


 マリアベルが目覚めたのは天蓋つきのベッドの上であった。服を確認するも乱れはない。


「お目覚めですか?」


 反射的に声のした方に振り向き、距離を取る。

 よどみなく行われるその行為は、日頃の鍛錬の賜物であった。


「オリヴィアと申します。マリアベル様のお世話を言い付かっております」


 赤色のロングヘアーと穏やかな物腰。赤く輝く瞳。

 そして全身から滲み出る令嬢としてのオーラ。半端な令嬢ではオーラに触れただけで死線を彷徨うであろう。相当の手練れであることが伺える。


「正義令嬢マリアベルですわ。聞きたいことは山ほどございますが、ここは……?」


 マリアベルが周囲を確認するも、清潔で、調度品のセンスも高い一流の部屋ということしかわからない。

 窓の外を確認すれば、太陽が沈みかけている。


「ここは悪役令嬢ミレイユ様のお屋敷です。お食事の準備が整いましたので、食堂までご案内致します」


 警戒はしたが、拒んだところで手がかりなどない現状。マリアベルは誘いを受けることにした。

 食堂までの道のりには、人の気配が無い。大きな屋敷とわかるのに、誰ともすれ違わないのだ。


「このお屋敷……なんだか……」


「寂しいでしょう?」


「……失礼致しましたわ」


 ふと漏らしてしまった呟きに、バツが悪そうなマリアベル。

 対照的にオリヴィアは微笑を絶やさない。その微笑みはこの屋敷のようにどこか寂しげである。


「いえいえ、そう思うのも無理はございません。このお屋敷には私とミレイユ様だけですわ」


「だけ……? メイドも執事もなしに生活を?」


「ええ、ミレイユ様はどなたともお会いにはなりません。会ってはならないのです」


 そこで言葉が途切れた。なんとなく気まずくなったマリアベルは、外の景色を眺める。

 遠くには、雲まで届くのではないかと錯覚する高い壁。そして大きな塔。

 それだけである。民家の類が存在しない、見るものに不思議な違和感を植えつける光景であった。


「あれは……塔?」


「はい。あそこに攻略対象の王族貴族の殿方が集められております」


「攻略……そう、つまりここは乙女ゲーム次元ですのね」


「はい。ナンバー010M。古参の乙女ゲーム次元でございます」


 乙女ゲーム次元。令嬢はゲームの世界にも存在する。ゲーム世界を救うため、優れた資質を持った令嬢専用に、現実世界と乙女ゲーム次元を繋ぐ令嬢ゲートが作り出された。

 令嬢はゲートを通って自由に行き来できる。名家のご令嬢ならではのハイテク装置だ。


「私のトレーニングルームのモニターをゲート代わりにして繋げたのですね」


「はい、失礼かと思いましたが……」


「本当に失礼な話ですわ……それにしても010M……聞いた事のない次元ですわね」


「それはそうでしょう。この世界は止まってしまった次元ですもの」


「どういうことですの?」


「さ、着きましたわ。中でミレイユ様がお待ちです」


 マリアベルの質問には答えずに、部屋の扉を開けて中へ促すオリヴィア。

 入るべきか迷っていたマリアベルに、部屋の中から声がかけられた。


「どうぞお入りくださいまし、マリアベル様。罠などございませんわよ」


 どこまでも豪華な食堂の長いテーブルの先に悪役令嬢ミレイユが座っている。

 画面越しに見た髪と目。服は黒。ロングコートが赤。自宅のモニターで見たままの容姿である。


「どうぞ」


 オリヴィアが椅子を引き、マリアベルのグラスに水を注ぐ。

 一つ一つの所作に令嬢としての気品が感じられた。


「ありがとう存じます。正義令嬢マリアベルですわ」


「悪役令嬢ミレイユでございます。空腹では満足に戦うこともできません。最高級の食材をオリヴィアが調理いたしましたわ」


 テーブルに並ぶフルコースは、一流レストランと比べても遜色ない出来である。 


「これは……なんという美味。素晴らしいですわ」


「ありがとう存じます」


「令嬢ファイトは明日の正午。わたくしとマリアベルさまの一対一で行いますわ」


「ふっ、望むところですわ。正々堂々の勝負ならば、別次元でも受けて立ちましょう」


 こうして乙女ゲーム次元での令嬢ファイトが開催されることとなった。



 時は流れて夜。あてがわれた客室のテラスで、煌く星々を眺めるマリアベル。


「眠れませんわね」


 客室は令嬢が泊まるのに相応しい豪華なものであった。

 にもかかわらず眠れないのはこの次元への疑問もあるだろう。

 そして枕が替わると中々寝付けないタイプでもある。


「あれは……オリヴィア様?」


 塔から屋敷へと歩くオリヴィアを見つける。

 令嬢ファイトの前に事情を聞いておこう。そう思ったマリアベルの行動は早い。

 三階のテラスから優雅にふわりと飛び降りると、音もなく着地した。


「ごきげんようオリヴィア様。こんな時間にどちらへ?」


「ごきげんようマリアベル様。庭のお花の手入れをしておりました。マリアベル様こそお休みになられたのでは?」


 三階から降りてきたことに疑問も持たず。心配もしない。

 一流の令嬢であれば当然のことであるからだ。


「どうにも寝付けなくて……」


「そうでしたか。ですが、お屋敷以外には庭園と塔しかございませんので、ご案内できる場所が限られております」


「あの塔は……確か攻略対象の殿方が暮らす場所でしたわね」


「ええ……最新式ハイテク設備を余すことなく使った塔です」


 塔にはサーチライトや監視カメラが取り付けられている。

 ミレイユ以外が出入りすることは禁じられているためだ。


「あなたは……なぜこんなことを……ミレイユ様の仲間ですの?」


「私は……この世界最後の正義令嬢ですわ」


「なん……ですって……?」


 夜風を避けるため、二人はマリアベルの部屋に移った。

 そしてオリヴィアは、この世界についてゆっくりと語り出す。


「この世界は平和そのものでした。豊かでのどかな国で、正義令嬢であるわたくしが、王族貴族の攻略対象である殿方との生活を通して愛を育む……そんな乙女ゲーム次元でした」


「そうでしたの。ではこの世界の悪役令嬢がミレイユ様?」


「いいえ、ある日突然ミレイユ様が現れて……当時の正義令嬢も悪役令嬢も倒してしまわれたのです」


「そんな……正義令嬢が負けた……?」


「最後まで抗ったわたくしは……とうとうミレイユ様に負けました。そして攻略対象の殿方はミレイユ様に奪われました」


 オリヴィアの声が暗く沈む。マリアベルは無理に聞き出そうとせず。オリヴィアの言葉を待った。


「奪われたといっても、心はいつまでもわたくしと繋がっています。誰一人として、ミレイユ様に愛を語ることはなく、それに逆上したミレイユ様はあの大きな塔を作り、中で豪華で贅沢な生活をさせているのです。自分に振り向くまで」


 苦い思い出を語るオリヴィアの目には、溢れんばかりの涙が溜まっている。

 オリヴィアの発言から深い悲しみと絶望、暗い気配を感じていた。


「そして邪魔者を排除するため、自分以外のものに心変わりすることのないように……誰の声も届かない高く硬い壁を作ったのです。その日から永遠の停滞、イベントの進まぬ世界。誰からも思い出してもらえずに忘れられた世界。それがこの世界ですわ」


「なんということを……」


「全てを奪われ、人質をとられたわたくしには、あの方々との楽しかった日々を思い出しながら生きるしか……もうわたくしは死んでいるも同じ。どうか……どうかマリアベル様!」


「ええ、よろしくってよ。正義令嬢の名にかけて、必ずや悪役令嬢を倒してご覧に入れますわ!!」


 マリアベルの心に迷いはなかった。正義令嬢として、このような行いは到底許せるものではない。

 改めて打倒ミレイユを誓ったのであった。



「正義令嬢マリアベル様! いざ尋常に勝負ですわ!」


 太陽が真上にかかる正午。攻略対象が集められた塔の真下に作られた最高級ゴージャスリングでは、悪役令嬢ミレイユが待ち構えていた。


「司会、解説も観衆もなしとは……貴重な体験ですわ」


「審判はオリヴィアに任せておりますわ。そして、観衆ならもう集っておりますわよ」


 塔の窓には確かに複数の人影がある。

 マリアベル達からは影になって顔は見えないが、確かに存在していた。


「まさか攻略対象の……」


「その通り。窓から顔を出すことも、声を出すことも禁じてあります。希望である正義令嬢が倒れるところを目の当たりにすれば、その絶望は計り知れないもの。これほどのショーも、それに見合う観客もおりませんわ」


「悪趣味なことですわね。どんな状況であっても、負けは許されませんわ。とうっ!」


 正義令嬢の正装である純白のドレスを身に纏い、リングに立つマリアベル。

 その美しさは地上に舞い降りた天使のようである。


「よろしくお願いいたしますわ」


「こちらこそよろしくお願いいたします」


 お互い優雅に一礼してから中央で組み合う。

 名家のご令嬢であるため、優雅な一礼は欠かせないのだ。


「わたくしの妙技に酔いしれなさい。せいっ!」


 マリアベルの手を振り払い、強烈なドロップキックを繰り出すミレイユ。

 怯んで数歩後退したマリアベルに容赦なく令嬢チョップの雨をあびせ続ける。


「的確にガードをすり抜けるテクニック。態勢を整える猶予がないほどのパワー。相当の使い手ですわね。ミレイユ様」


「ありがとう存じます。ですが、お喋りしている余裕がいつまでもちますかしら」


「そろそろ反撃に移らせてもらいますわ!」


 ミレイユの腕を掴み豪快に捻り上げる。しかし、それを察知したミレイユは、体ごと回転することでそれを避けようとする。


「お返しですわよ!」


 だがマリアベルはそこまで読んでいた。ミレイユが回転のため飛び上がり、無防備になるところを狙って手を離し、お返しのドロップキックを放つ。


「しまった!?」


 ガードに回るも時既に遅し。直撃を貰ってロープに背を預けてしまう。


「ここで決めますわよ! 令嬢パワー全開!」


 ロープに弾かれ、足がもつれたミレイユを抱え上げ飛び上がる。


「正義令嬢奥義――――婚約破棄ハリケーン!!」


 婚約破棄ハリケーン。それはまるで嵐のように過ぎ去る愛と恋。友情と愛情。身分の差。望まぬ婚約。そんな令嬢必須の青春を力に変え、高速回転しながら相手をリングに突き刺す必殺技である。


「正義令嬢の若きエース……なるほど。その技、実力で勝っている相手には通用いたしませんわよ」


「なんですって!?」


「令嬢パワー全開! 逆ハリケーン!!」


 一気に爆発させた令嬢パワーにより拘束から抜け出し、猛烈な逆回転を始めるミレイユ。

 その力はマリアベルが回転することにより巻き起こした竜巻を打ち消し、落下の勢いまでも消し去った。


「そんな……婚約破棄ハリケーンを初見で破るなんて!?」


「令嬢として戦ってきた経験が、わたくしを突き動かす。その時にできる最適解を体が自然と選ぶのですわ」


 優雅に着地する両者だが、着衣の乱れを直すミレイユとは対照的に、マリアベルから余裕が消えていた。


「経験に裏打ちされた力ということですか。これは難敵ですわ」


「奥義には奥義を……こちらも参りますわ! 令嬢奥義――――光輪縛鎖!!」


 マリアベルの背後に回り、令嬢パワーで作り出したいくつもの光の輪がマリアベルを拘束していく。


「動けない……これは高度に練り上げられた力の塊?」


「さあ、終わりですわマリアベル様!」


 光の輪が両手両足を拘束したまま空へと運ばれてしまうマリアベル。


「この光は貴女と敗北を繋ぐ究極の光。真・令嬢奥義――シャイニングエンゲージ!!」


「抜け出せない! このままでは……うああぁぁ!!」


 一筋の光となったマリアベルは、純金製の最高級リングへと叩きつけられた。


「終わった……全てが……」


「まだですわ。まだ終わっておりませんわよ」


 ドレスもボロボロになり、足取りもおぼつかない。そんな状態でも立ち上がるマリアベル。


「まだ動けるとは称賛に値しますわね。ですが苦しみが増すだけですわ」


「それはどうかしら。こちらも敬意を表して奥の手をお見せいたしますわ! 令嬢パワーよ……限界を超えて高まるのです!!」


 マリアベルのブロンドが輝き世界を染める。誰もがその美しさに見惚れるその僅かな時間。一秒にも満たない刹那に彼女のドレスはウエディングドレスへと変わる。

 そのあまりの美しさに世界すらも息を止め見入ってしまう。時は止まり、マリアベルだけの時間が流れた。


「さあ……ミレイユ様。全てを終わらせる時ですわ!」


「ドレスが変わったからといってどうだというのです! 光輪縛鎖!」


 光の輪が無数に飛来する。だが今のマリアベルは光り輝く美の化身。究極の令嬢。

 光輪はマリアベルが放つ光に飲み込まれ、彼女へ吸収される。


「そんなっ!?」


「いきますわよ、正義令嬢究極奥義!!」


 光をも超える速さでミレイユを抱え、どこまでも高く飛ぶ。

 繰り出される脱出不可能な究極奥義。令嬢の全てが詰まった業。


「ごきげんようバスター!!」


 落下の衝撃で純金のリングが、世界が揺れる。そして倒れ伏すミレイユ。

 今ここに激闘の幕が下りた。


「これでこの世界も救われる。既に塔の鍵も制御装置も壊しておきましたわ。攻略対象の方々も自由の身ですわよ」


 塔の中がざわめき始めた。時の止まっている間に破壊しておいたのである。


「おめでとうございます。マリアベル様。心から祝福いたしますわ」


 リングの外からオリヴィアが駆け寄ってくる。


「オリヴィア様。ありがとう存じます。これで全てが終わりましたわね」


「ええ、これで終わりですわ」


 塔の扉が勢いよく開き、イケメン達が駆け寄ってきた。


「ミレイユ!」


「無事かミレイユ!!」


「ミレイユ様!!」


 イケメン達はミレイユに駆け寄り、リングの外へと運び出した。

 その顔はどれも本気でミレイユを心配していることがわかる。


「これは……どういうことですの?」


「こういう……ことですわ!!」


 背後から忍び寄るオリヴィアに気付くのが遅れたマリアベルは、背中に暗黒令嬢パワーをくらってしまう。


「きゃああぁぁぁ!?」


「くっくくく……ふふふ……オーッホッホッホ!! 油断しましたわねマリアベル!」


「ぐっ……この暗く深いパワーは……? オリヴィア様……これは……」


「いい子ちゃんの正義令嬢だけあって、騙しやすいですわ」


 リングに上がったオリヴィアには、夜に話した時の面影などどこにもない。

 ただ残忍な笑みを浮かべてマリアベルを見下していた。


「悪役令嬢はわたくしですわ!」


「それでは昨日の話は」


「全て真逆。貴方が倒したのはお仲間の正義令嬢ですわ」


 悪役令嬢オリヴィア。彼女は攻略対象キャラを人質にとり、正義令嬢同士で潰しあうように仕向けたのである。

 ミレイユが勝てばよし。負けても疲弊した令嬢を自分が倒せばよし。


「さあ、令嬢ファイト最終ラウンドですわ!!」


 ミレイユの着ていた赤いコートがオリヴィアに戻ると、赤黒いオーラが周囲を埋め尽くす。


「かかってらっしゃいマリアベル。この手で引導を渡して差し上げますわ」


「やるしかないようですわね。正義令嬢マリアベル、参りますわ!」


「悪役令嬢オリヴィア。遊んで差し上げますわ」


 本来二人の力はマリアベルの方が上である。しかし、明らかに疲労の色が濃いマリアベルには、オリヴィアの攻撃をしのぐだけで精一杯であった。


「長引けば負ける! 全力でいきますわ! 令嬢パワー解放!!」


 ウェディングドレス姿のマリアベルは最後の力を振り絞る。

 自分にできる最大の奥義で決着をつけるつもりだ。


「ごきげんようバスター!!」


 天から舞い降りる二人。絶対に破れないはずの業であった。


「ふふふ。なんのためにミレイユを戦わせたと思っているのかしら? その技はもう見飽きましたわ!!」


「なんですって!?」


 オリヴィアのコートがマリアベルを包みこむ。

 強烈な悪役令嬢パワーを流し込まれ、指を離してしまう。


「なんですのこれは!?」


「このコートはわたくしの髪が編み込まれたコート。令嬢パワーを伝えるのに最適。そして全力で力を込めれば対象に簡単な指示を出せる。『指を離せ』程度なら問題ありませんわ」


「催眠術か洗脳のようなものですのね。どこまでも回りくどい手を」


「勝てばいい。勝てばいいのですわ! さあ、『自分一人で落ちなさい』マリアベル!!」


 リングへ激突寸前でマリアベルを救ったのは、倒れたはずのミレイユであった。

 オリヴィアを蹴り飛ばし、見事マリアベルの救出に成功した。


「ミレイユ様……」


「逃げて……逃げてくださいマリアベル様! どうか……彼らと共に元の世界へお逃げください」


「そんな、できませんわ!」


 自分の攻略対象と共に逃げろと懇願するミレイユ。

 だがそれを受け入れることなどできない。正義令嬢として、目の前の悪行を見逃すなど、許せることではなかった。


「わたくしは悪へと落ちた身です……ですが、わたくしの愛する方々だけはどうか! どうか平和に、幸せになって欲しい……どうか、わたくしの最後の願いを……」


「何を言うんだミレイユ!」


「私達はいつまでも君と共にある。ここが君の死に場所だというのなら、我々もここで散ろう!」


 イケメン達から声が上がる。誰一人逃げようとするものはいなかった。


「今のわたくしには、その愛は受けてはいけないものですわ。どうかお逃げください」


「ミレイユ様、貴女は二つ間違っていますわ。一つ、身を挺して逃がしても、逃げたものの心には……いつまでも後悔だけが残るのです。幸せになんてなれないのですわ」


「正義に背き、裏切り者となったわたくしに……悪役令嬢であるわたくしにはもう……」


「それが間違いの二つ目です。ミレイユ様、貴女は正義令嬢ですわ。令嬢ファイトの最中、決して卑怯手段は使わず、私と正面から戦った。悪のそしりを受けようとも、自分の戦い方は曲げなかった。最後まで自分以外の誰かのために、愛のために生きる。そんな貴女は正義令嬢そのものですわ!!」


「わたくしが……正義令嬢……」


「まだ正義の誇りが残っていますわね。ミレイユ様」


「う……うぅ……うわああぁぁぁ!!」


 マリアベルの胸で大粒の涙を流し、子供のように泣きじゃくるミレイユ。

 彼女が今まで抑え付けていたものが、溢れて止まらなくなった。


「ふんっ、茶番はそこまでですわ!」


 どす黒いオーラを撒き散らし、オリヴィアが二人の前に立ちはだかる。


「ミレイユ、忘れたのかしら? 貴女の服にはわたくしのコートと同じ素材が使われている。さあ、マリアベルをその手で始末するのよ!」


「そんなことはさせませんわ!」


「おおっと、動かないでくださいまし。動けば攻略対象の皆様を攻撃させますわよ」


 ミレイユをなんとか抑えるも、攻撃することができずに、こう着状態に陥ってしまう。


「どこまでも卑劣なっ!」


「ふっ、どうせそんなことだろうと思ったぜ!」


「なんですって?」


 イケメン達がミレイユに駆け寄りドレスを渡す。


「受け取ってくれミレイユ!!」


 イケメン達から渡されたのは純白のドレス。マリアベルのドレスに比べれば刺繍も少なく、どこか拙さを感じるもの。しかし、そのドレスからは他にはない暖かさが感じられる。


「これは……このドレスは?」


「作ったんだ! 俺達みんなで!」


「会うことはできなくても、僕達の心にはいつもミレイユがいた」


「いつか再開できた時……私達みんなでプレゼントしようと」


「こっそり夜なべして作ったのさ! 気に入ったかい?」


「お店で買えるものと比べたら、ちょっとかっこ悪いかもしれないけどさ」


「それが……オレ達全員の気持ちだ!!」


「いつまでも、君を愛しているよ。ミレイユ」


 ミレイユへの愛は薄れてなどいなかった。

 たとえ会うことができなくとも、その愛は不滅。絶えることなく燃え続けていた。


「本当に……本当にありがとう存じます……このドレスは……どんな宝石よりも美しい、最高の贈り物ですわ……」


 穢れのない涙とドレスの力により、オリヴィアに着せられたものから、贈られたドレスへとミレイユの衣装が変わる。


「これが……わたくし……?」


 真っ白なドレスと銀髪が日に照らされ、彼女自身が宝石のように輝いていた。

 その煌きは見るものの魂を浄化するほど神聖なものであった。


「綺麗だよ、ミレイユ」


「お綺麗ですわミレイユ様。この場にいる誰よりも」


 皆口々にミレイユを褒める。どれだけ褒めても言い表せない美しさだった。

 その姿はまさしくこの世界の主役である。


「ふざけた真似を……そんなものでわたくしの呪いを打ち破るなど、認めませんわ!!」


 激昂したオリヴィアの繰り出したオーラは、ミレイユに触れることなく浄化される。

 何度暗黒のオーラが襲い掛かろうとも、咲き誇るミレイユの美しさに手出しはできない。


「参りますわよ、マリアベル様」


「ええ、終わりにしましょうミレイユ様」


「シャイニングリング!」


 輝きを増したリングがオリヴィアを完全に拘束した。

 捕らえた敵を放すまいと、より強固に締め付け輝いていく。


「力が溢れてくる……想いが……愛が……わたくしの力になる!」


 二人でオリヴィアを持ち上げ飛翔する。どんどん高度を上げ、ついに宇宙へ飛び出した。


「なぜ……なぜだ! 二人とも戦う力など残っていなかったはず!!」


 悪の令嬢パワーは浄化され続け、満足に力を引き出せないオリヴィア。

 拘束を解くことができず、抵抗する力もなくなりかけている。


「このドレスには、愛する方々の想いがつまっている! 今のわたくしは一人じゃない!!」


「一つ一つの力が小さくても、繋がれば大きな光になる。その光は、闇に飲み込まれることはない!」


「全ての愛と令嬢魂を込めて……ダブル正義令嬢究極奥義!!」


 宇宙より令嬢の星が落下する。大きな光を伴う美しき銀河の流れ星。


「ギャラクシーごきげんようバスター!!」


 天を裂き地を砕く光が迸る。その光は男達を幽閉していた塔も高い壁も浄化して、世界をあるべき姿に戻していく。


「わたくしの……野望が……消える……うあああああぁぁぁぁ!!」


 オリヴィアが消え、世界は平和な日常へと戻るのであった。



「本当に、本当にありがとう存じますわ」


 全てが終わり、元の姿に戻ったマリアベルとミレイユは、祝勝会の後に次元ゲートを開き、別れの挨拶を済ませようとしていた。


「お礼を言うのはこちらの方ですわ。今回の戦いで強さの意味。令嬢とは何か。その答えが、ほんの少しだけ見えた気がします」


 ミレイユ達の愛に触れ、正義を感じ、マリアベルに新たな希望が見えた。

 それは彼女がどんな道を進むことになろうとも、明るく照らしてくれるだろう。


「これからはミレイユと一緒に、この世界を平和で豊かな世界にしてみせます」


「ありがとうマリアベル様。一段落ついたら是非遊びに来てください。我ら一同、いつでも歓迎します」


 攻略対象のイケメン達も見送りに来ていた。全員が思い思いに感謝と別れを口にする。


「この幸せはマリアベル様あってのもの。このご恩は忘れません。何かあればすぐに駆けつけますわ」


「ありがとう存じます。もう私達はお友達ですわ。ピンチの時はまた、モニターから吸い込んでくださいまし」


「もう……意地悪なお友達ですわ」


 がっちりと握手を交わす二人には、美しく優しい笑顔があった。

 戦いを通じて育まれた友情は、この世界での最大の収穫である。


「それでは皆様、また会う日まで……ごきげんよう!」


 どんなに道のりが険しくても、困難な壁が立ちはだかっても、それでも諦めずに勝ち取った未来は美しい。

 それはミレイユとその周りの人々の笑顔が証明していた。


「ごきげんよう!!」


 繋がる心と思い出を胸に、マリアベルの戦いは続く。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 令嬢ファイト新作キタコレ! 今回も楽しく読ませていただきました ありがとう! [一言] 流石は令嬢 その存在は次元を超越した、グローバルスタンダードだ きっと、我々が認識出来ないだけで、四…
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