イメージチェンジ
その頃。
二階でのそんな出来事など露知らず、レッドとリューイ、そしてカイルは、食堂で仲間がそろうのを待っていた。大人数分の料理が並ぶそのテーブルについているのは、この三人だけである。寝台が二つある老夫婦の寝室を割り当てられたエミリオとギルは、シャナイアが呼びにくるまで、その部屋にいて静かに寛いでいた。
夫婦の部屋が空く理由は、これから会館で催される決まって夜通しの打ち上げがあるためだ。
その夫人の方は、シャナイアと二人で客人・・・つまり一行のための御馳走を用意したあとは、すぐに出掛けてしまった。主人の姿は、一行がよばれた時にはすでになかった。しかし、それはもう打ち上げに行ってしまったという訳ではないらしい。夫人の話では、夫は、迎えに来た仲間と共に森へ向かったのだという。松明と、そして武器を手に取って。
「遅いな。あいつ呼びに行って、そのまま夢中になってやしないだろうな。」
シャナイアは今、エミリオとギルの所に違いない・・・と踏んで、レッドはそう言った。それをカイルは〝話に〟という意味にとったが、レッドの方では〝二人に〟という意味。
やがて、階段を ―― 一段ずつドタドタと ―― 下りてくる子供の足音が。段差の障害をゆっくりと突破してくるこの音は・・・と思っていると、それは軽やかなスキップに変わってやって来た。
「あ、来たみたいだよ。」
カイルが言った。
その気配に誰であるかは分かったので、レッドもリューイも「珍しく目覚めがいいな・・・。」と思いつつ、この食堂の入り口に目を向けていた。
そして、間もなく現れたのは、底抜けに明るい笑顔の小柄な・・・少年。
「ねえ、見て見て、ほらっ!」
楽しそうにクルッと回ってみせた少年は、弾かれたように席を立ったレッドに飛びついた。
レッドは顔面蒼白になった。少年ではない! これはミーアだ。悪夢だ ・・・!?
「なんてことに!」
「うわあ、可愛い。」
心からそう言ったカイルの声が、悲鳴を上げたレッドの声と対照的に響いた。
そこへ、あとから悠長に下りてきたシャナイアの登場となり、取り乱さずにはいられないレッドの矛先は、たちまちシャナイアに向けられた。おおよそ察しはついていた。
「シャーッ! きさま、バカヤロウ!」
「ちょっと、シャーッて何よ⁉」
「おまっ、分かってんのか!」
「いいじゃない髪くらい。」
「くらいだあ ⁉ いいか、国の高位貴族のお嬢様にとって・・・髪型ってのは・・・たぶん・・・きっと、すごく重要なことなんだ(と思う)! それを勝手にこんな・・・こんなに短く・・・。」
「だって、まだ返す気ないんでしょ。」
「だからって・・・!」
肩の下まであった髪はばっさりと無くなり、ミーアはいきなりショートヘアーになっていたのである。だが、横の髪がふわりと耳にかかるよう少し残して、顔に対して大きな両耳がそこから覗いているのが愛くるしい。ミーアは男の子みたいにと頼んだが、シャナイアが女の子らしさを損なわないよう気を使ったのだ。レッドもこれなら可愛さにやられて許すだろうと。
「何てこった・・・何て・・・。」
レッドは力無くつぶやいて、呆然とした。元通りになるまで、いったい何日かかるだろう。こうなっては、選択の余地なく、いよいよ連れて帰れやしなくなっちまった・・・。
「いいじゃないか、レッド。ほら、可愛いし。」
そんなレッドをいい加減に宥めたリューイの手は、その怒鳴り声に、急にしゅんとなったミーアの手を引き寄せている。そもそもリューイには、レッドのその慌てふためきようの訳がさっぱりだ。
「なんだ、ずいぶん仲がいい・・・。」
この騒ぎを茶化しに下りてきたギルは、開けっ放しの入り口を潜るなり、後ろにいるエミリオを面白そうに振り返った。
「あは、驚いた。見てみろよ、可愛い坊やがいるぜ。」
「ミーアなのか、これは本当に愛らしいな。」
エミリオまでもがそう暢気に相好を崩したのを見ると、瞬間、レッドは眩暈を引き起こしそうになった。
レッドは、リューイのそばで悲しそうに見上げてくるミーアの目を見た。
レッドに恋しちゃった・・・わけではないものの、今のレッドは、ミーアにとって兄や父親のような存在。ミーアの方では、髪を切れば正体を誤魔化せるし、「なかなかイイ感じじゃない。」と気に入っていたので、無邪気に何か褒め言葉をかけてくれるものと、楽しみにしていたのである。
それを、レッドも分かっていた。
「いや・・・可愛い・・・けど・・・。」
困る! と、最後にはっきりそう言えず、口籠もったレッドは、やがて観念したように深々と息を吐き出した。
「ああ、よく似合ってる・・・。」