その夜
一行はその夜、村の片隅にあるシャナイアの親戚の家に招かれた。石材と木材で造られた二階建てで、裏手のすぐそこには、南へと広がる広大な森への小道がのびている。
息子が巣立ち、娘が嫁いだために、この家には老夫婦が二人きりで住んでいた。そしてこの滞在期間中は、空いた長女の部屋をシャナイアが使っている。
重量挙げの競技の時も、そのあとの騒動の時も眠っていたミーアは、ここへ来てからは、その部屋のベッドに寝かされていた。
歓声にも悲鳴にも起こされなかったミーアに、昼下がりまでお手伝いをしてくれていたので、そのせいかしら・・・とシャナイアは考えたが、思い出されるのは、少しも疲れた様子など見せず、楽しそうに愛嬌を振り撒いている姿ばかりだった。
一方、とっくに目覚めているミーアの方は、起きて早速見つけてしまったドレッサーの前に座っていた。そして、あることを思いついて、鏡に映っている自分と真剣ににらめっこ。そうしながら、両手で掻き上げたり束ねたりと髪をいじっているところに、ドアが開く音がして、鏡の中にシャナイアが現れた。
「どうしたの?色気づいちゃって。」シャナイアは目を細めてからかった。「レッドに恋でもしちゃった?」
するとミーアは、鏡の中のシャナイアに言った。
「髪を切りたいの。」と。
「え? 切るって・・・どれくらい?」
「ばっさり。男の子みたいに。」
ミーアは振り返って、シャナイアをじっと見つめる。
「ねえシャーナ、切ってくれない?」
まだ幼いミーアはシャナイアと上手く発音できず、いきなりシャーナと呼んでいた。それがとても可愛らしいので、自分の名前を気に入っているシャナイアでも、ミーアにそう呼ばれる時は思わず口元が緩んでしまう。
「怒られるわよお。」
「誰に?」
「レッドによ。」
「なんで?」
「なぜって・・・。」
シャナイアは、つい先ほど真実を聞いてきたばかりだった。ミーアの素性と、今に至った訳云々の。カイルからシャナイアが仲間だと知らされたレッドが、あとでややこしいことになる前にと、もう半分どうでもよくなって打ち明けたのだ。それにレッドは、シャナイアのことをいい加減な女だと思っているわけではない。むしろ本心では、彼女の内面を高く評価している。
しかし、それとこれとは別問題。シャナイアは小声で唸りながら少し考えたものの、結局は、ちょっとした悪戯心の方が勝ってしまった。
シャナイアは、レッドの顔を思い浮かべてクスリと笑った。
「いいわ、切ってあげる。」
ドレッサーに近づいたシャナイアは、ミーアの両肩に手を置いた。そして、嬉しそうに鏡に向き直ったミーアに、鏡を通してにっこりとほほ笑みかけた。