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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第4章  イオの大祭 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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額の痣


 こいつは、本当に卑怯ひきょうだ・・・。レッドはますます腹が立った。弁解の余地が無くても、戦場で仕方なくても、恐怖で抵抗できなくなった者を殺すのは躊躇ためらわれた。だから、そうなる前に息の根を止めてきた。なさけが邪魔をする前に・・・。


「変わってない・・・。」低い声でレッドはつぶやいた。それから、はっきりと聞こえる声で言った。「お前は、何も変わっていない。だから覚えておけ。次に見かけたその時は、必ず殺してやる。もうそんな顔はさせない。次は、周りに人気のないどこか別の場所で、こうなる前に・・・さっさと殺す。」


 レッドは足をどけ、ベクターの上から離れた。


 無言でうなずいてみせるだけがやっとだったベクターは、震える足を無理に動かし、ほうほうのていで馬の方へ向かった。


 子分もあとに続く・・・ところが。


「待て・・・。」と、背中から呼び止められた。


 一味はびくっと肩を飛び上がらせて、一旦停止。


「そこで伸びてるヤツも、忘れるな。」


 体の向きも変えずに、レッドはそう言った。あくまで重々しい口調で、視線を落としたまま。


 おずおずと振り向いた男たちにとって、その姿は、無理に怒りをおさえているように見えた。ここで何か余計なことをすれば、一触即発しそうな・・・そんな感じだ。


 伸びている奴というのは、リューイに頭を殴られて気絶した男のことである。


 親分の命令を聞いて、二人の子分がすぐさま動いた。


 やがて一味は、レッドの恐ろしさから逃げ出すようにして、一目散いちもくさんに去って行った。


「やったぞ!」

「わああっ!」


 歓声が上がった。


 しかし、こうして一件落着しても、そこに佇んでいるレッドの顔は、一向に暗く沈んで厳しいままだ。


 カイルは少女に、「さあ、パパとママのところへお帰り。」と言ってほほ笑み、観衆の中から駆け出してきた両親に目を向けた。


 少女はうなずいて、「ありがとう。」と言い、離れていった。


 そして、レッドの横を少女が通り過ぎた。


 レッドは、責任を感じながらその少女を目で追った。


 涙を流しながら、ひしと抱き合う親子。それを見つめていたレッドに両親が頭を下げたが、レッドはまたし目になり、ただ重いため息をついた。


 レッドは、負傷したカイルの方へ足を向けた。


 そのカイルのもとには、リューイと、かたわらにはジュリアスもいる。カイルは傷口を手で押さえながら、リューイに医療バッグを取ってきて欲しいと頼んでいるようだった。


 レッドがカイルのそばに来たのは、リューイがうなずいて離れようとした、ちょうどその時だった。


 リューイは、一旦その場に立ち止まった。レッドの悄然しょうぜんとした様子が気になったからである。


「すまない・・・こんなことになっちまって。」

 レッドは苦渋の面持ちで、血が流れる足をかばうように座っているカイルに言った。


 カイルは首を振ってみせ、ほがらかにほほ笑んだ。 

「悪いのは、僕だよ。」


 幸い死人こそ出なかったものの、ひどい事態を引き起こしてしまった・・・。アイアスは盗賊の間では脅威きょういの存在。その紋章を見ただけで、尻尾を巻いて逃げ出す一味も少なくはない。それでも、またやり合うことになっていたとしても、リューイとジュリアスの強さをも知れば、すぐにかなわないと悟って出て行ったはずだ。アイアスであることを真っ先に分からせていれば・・・こんなことにはならずに済んだ。そう考え始めてしまったら、そう思われてならなくなり、いよいよ後悔の念が押し寄せた。こんな時でさえ抵抗を感じた俺は、おろかだ・・・。


 レッドは頭の後ろに両手を回して、布の結び目をほどいた。そうしながらカイルのそばに片膝を付いて、黙って傷口にそれを押し当てた。


 その行動に、ジュリアスは驚いたような目を向けた。


「いいよ、包帯を取ってきてもらおうと思ってたところだから。それ、汚れちゃうよ。」


 カイルは、うつむいて無言のまま止血をしてくれるレッドの顔をのぞき込んだ。


 そして気付いた・・・そのひたいあざがあることに。


 カイルは、レッドがその布を外しているのを、何度か見たことはあった。が、顔を洗ったり、その布を洗濯するあいだの、つかの間のことだった。そんな人の日常的な行動を気にすることもなかったカイルは、レッドがさりげなくあれこれと工夫して、隠しているとも知らずにいた。不思議だったといえば、洗濯したあとは、よく乾かしもせずにまた額に結び付けてしまうことと、それは丁寧に洗っている時の、いわくありげな切ない眼差しくらいだった。


 今になってそのことに気付いたカイルは、まさかと思った。額に痣といえば、たいていの人が連想するものがある。


 カイルは、うつむいているのと、ふりかかる前髪のためによく確認できないレッドの額に、そろそろと手を伸ばしていった。


 そうされても、レッドはあえて身じろぎもしなかった。そして前髪をすくい上げられると、少し頭を起こして、傷口からカイルの顔に目を向けた。


 カイルは・・・息を呑んだ。


 間違いない、それは鮮明にきざみ込まれたタトゥー。額に力強いわし紋章もんしょう


「ア、アイアス⁉」


 レッドの思った通りに、カイルは大声でそれを言った。







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