額の痣
こいつは、本当に卑怯だ・・・。レッドはますます腹が立った。弁解の余地が無くても、戦場で仕方なくても、恐怖で抵抗できなくなった者を殺すのは躊躇われた。だから、そうなる前に息の根を止めてきた。情けが邪魔をする前に・・・。
「変わってない・・・。」低い声でレッドはつぶやいた。それから、はっきりと聞こえる声で言った。「お前は、何も変わっていない。だから覚えておけ。次に見かけたその時は、必ず殺してやる。もうそんな顔はさせない。次は、周りに人気のないどこか別の場所で、こうなる前に・・・さっさと殺す。」
レッドは足をどけ、ベクターの上から離れた。
無言で頷いてみせるだけがやっとだったベクターは、震える足を無理に動かし、ほうほうの体で馬の方へ向かった。
子分もあとに続く・・・ところが。
「待て・・・。」と、背中から呼び止められた。
一味はびくっと肩を飛び上がらせて、一旦停止。
「そこで伸びてるヤツも、忘れるな。」
体の向きも変えずに、レッドはそう言った。あくまで重々しい口調で、視線を落としたまま。
おずおずと振り向いた男たちにとって、その姿は、無理に怒りを抑えているように見えた。ここで何か余計なことをすれば、一触即発しそうな・・・そんな感じだ。
伸びている奴というのは、リューイに頭を殴られて気絶した男のことである。
親分の命令を聞いて、二人の子分がすぐさま動いた。
やがて一味は、レッドの恐ろしさから逃げ出すようにして、一目散に去って行った。
「やったぞ!」
「わああっ!」
歓声が上がった。
しかし、こうして一件落着しても、そこに佇んでいるレッドの顔は、一向に暗く沈んで厳しいままだ。
カイルは少女に、「さあ、パパとママのところへお帰り。」と言ってほほ笑み、観衆の中から駆け出してきた両親に目を向けた。
少女はうなずいて、「ありがとう。」と言い、離れていった。
そして、レッドの横を少女が通り過ぎた。
レッドは、責任を感じながらその少女を目で追った。
涙を流しながら、ひしと抱き合う親子。それを見つめていたレッドに両親が頭を下げたが、レッドはまた伏し目になり、ただ重いため息をついた。
レッドは、負傷したカイルの方へ足を向けた。
そのカイルのもとには、リューイと、傍らにはジュリアスもいる。カイルは傷口を手で押さえながら、リューイに医療バッグを取ってきて欲しいと頼んでいるようだった。
レッドがカイルのそばに来たのは、リューイがうなずいて離れようとした、ちょうどその時だった。
リューイは、一旦その場に立ち止まった。レッドの悄然とした様子が気になったからである。
「すまない・・・こんなことになっちまって。」
レッドは苦渋の面持ちで、血が流れる足を庇うように座っているカイルに言った。
カイルは首を振ってみせ、朗らかにほほ笑んだ。
「悪いのは、僕だよ。」
幸い死人こそ出なかったものの、ひどい事態を引き起こしてしまった・・・。アイアスは盗賊の間では脅威の存在。その紋章を見ただけで、尻尾を巻いて逃げ出す一味も少なくはない。それでも、またやり合うことになっていたとしても、リューイとジュリアスの強さをも知れば、すぐに敵わないと悟って出て行ったはずだ。アイアスであることを真っ先に分からせていれば・・・こんなことにはならずに済んだ。そう考え始めてしまったら、そう思われてならなくなり、いよいよ後悔の念が押し寄せた。こんな時でさえ抵抗を感じた俺は、愚かだ・・・。
レッドは頭の後ろに両手を回して、布の結び目を解いた。そうしながらカイルのそばに片膝を付いて、黙って傷口にそれを押し当てた。
その行動に、ジュリアスは驚いたような目を向けた。
「いいよ、包帯を取ってきてもらおうと思ってたところだから。それ、汚れちゃうよ。」
カイルは、うつむいて無言のまま止血をしてくれるレッドの顔を覗き込んだ。
そして気付いた・・・その額に痣があることに。
カイルは、レッドがその布を外しているのを、何度か見たことはあった。が、顔を洗ったり、その布を洗濯するあいだの、束の間のことだった。そんな人の日常的な行動を気にすることもなかったカイルは、レッドがさりげなくあれこれと工夫して、隠しているとも知らずにいた。不思議だったといえば、洗濯したあとは、よく乾かしもせずにまた額に結び付けてしまうことと、それは丁寧に洗っている時の、いわくありげな切ない眼差しくらいだった。
今になってそのことに気付いたカイルは、まさかと思った。額に痣といえば、たいていの人が連想するものがある。
カイルは、うつむいているのと、ふりかかる前髪のためによく確認できないレッドの額に、そろそろと手を伸ばしていった。
そうされても、レッドはあえて身じろぎもしなかった。そして前髪をすくい上げられると、少し頭を起こして、傷口からカイルの顔に目を向けた。
カイルは・・・息を呑んだ。
間違いない、それは鮮明に刻み込まれたタトゥー。額に力強い鷲の紋章。
「ア、アイアス⁉」
レッドの思った通りに、カイルは大声でそれを言った。