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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第4章  イオの大祭 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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凶悪な男


 一方、その可愛い少女は、恐ろしい風貌ふうぼうの親分の前へと訳も分からず連れていかれて、ただ恐怖のあまり泣きわめいていた。一度は親の元へ駆け戻ろうともしたが、すぐにまた乱暴に連れ戻されたため、もはや泣くことしかできないでいる。その金ぎり声は、冷酷な男をむしょうにイラつかせた。


「うるせえっ、殺すぞ!」


 次の瞬間、小さな体がいきなり飛び上がって地面に転がった。ベクターが、カイルを捕まえていながら、少女の腹を何の躊躇ちゅうちょもなく蹴飛けとばしたのだ。


「なんてことをっ。」


 衝動的にカイルも身をよじったが、頬をなぐりつけられ、駆け寄ることはかなわなかった。


「てめえもまた切られたいのか! おとなしくしてろっ。」


 ベクターは口汚く怒鳴りながら、顔を殴られてよろめいたカイルを、また背後から取り押さえ直した。


 少女はおなかを抱えて、泣きながら痛みにもがいている。


「許せねえ、あとで追いかけて思い切りぶっ飛ばしてやる・・・!」


 我慢の限界にきていながら、賢明けんめいにもリューイは一歩も動かず耐えている。


 凄まじい目つきで睨み続けているレッドの口からも、唸り声のような悪態が漏れた。外道が・・・。


 ベクターはほくそえみ、盗みにかかれという合図を送った。手っ取り早く済ませるために、子分たちは手分けして散っていった。


 思いも寄らないことが起こった・・・!


 急に悲鳴を上げたベクターが、手首をつかんでしゃがみ込んだのだ。捕まえていた少年に思い切り噛みつかれてのことだった。これにはベクターもたまらず、持っていた凶器を簡単に放り出していた。


 しかし、落とした短剣は、痛みが引いて手を伸ばすことさえできれば、すぐに届く場所にある。


 拘束こうそくが弱まった隙にスルリと逃れたカイルは、少女を抱き上げて逃走していた。だが咄嗟とっさのことで、足の向くまま闇雲やみくもに走り出したそこには、レッドもリューイも待ってはいない。カイルは別方向へ逃げたのだ。


 リューイが急いで駆けだし、同時にレッドも地面を蹴った。


 ベクターは落とした短剣をもう拾い上げようとしている。


 くそ・・・!


 どうしようもなくレッドはあせった。


 間に合わない!


 ベクターはあわてて拾い上げた刃物をもう手放していたのである。


 それは逃げたカイルの体を突き刺しはした。が、致命傷とはならなかった。不自然な体勢のまま投げつけられ、位置が低かったことが幸いした。傷つけられたのは右のももである。


 生々しい大きな傷を負ったカイルは、それでも少女をかかえたまま足を引きずるようにして逃げる途中、とうとう膝と片手をついて止まった。


 そこへリューイが駆けつけることになった。


 ベクターに飛び掛っていったレッドの胸に、相手にとも、自分にともつかない怒りが突き上げた。


 応戦しようと、ベクターもあわてて武器を引き抜いていた。が、あっという間にね飛ばされ、その威力というより、迫力に押されて後ろへ倒れた。しかも、すぐに起き上がることができない。手足に力が入らないからだ。レッドの剣が向かってきた時、ベクターは武器をほとんど握っていただけだった。抵抗する間もなく、その気力さえ持てなかったのである。戦意など、武器をね飛ばされるよりも先に吹き飛ばされてしまった。


 子分たちが戻ってくることを予想して、ジュリアスは再び身構えた。


 ギルも今度は剣を引き抜きながら出ようとした。


 だが踏み出したとたん、どちらも不意に足を止めた。親分が倒されたのを見ていながら、その誰も動こうとしないからである。


 地面に背中をつけたまま動けない体に、レッドは正面から足を掛けた。


 踏みつけにされたベクターは、眉間みけんにきつく皺を寄せているその凄まじい形相ぎょうそうを、震えながら見上げた。


 ライデルの陰でおびえていた少年が、仲間たちに守られるだけだった少年が、さっきはまるで、簡単に人肉を喰いちぎる獰猛どうもうな獣そのものに見えた。本気を出した時のとてつもない強さ、恐ろしさを、何たることか・・・今のわずか一瞬で思い知らされた。


 子分もみな立ちすくんだまま固まっている。下手に斬りかかろうものなら、今度こそ殺される・・・。彼らにとって今、レッドの背中を見ているのも、飢えた猛獣の目と向かい合っているのも変わらなかった。


 レッドは足をずらして、そのままベクターの腹をまたいだ。そうしながら両手で剣のつかを握り締め、切っ先を下にして構えた。真下には、すっかり血の気の失せた男の心臓が。


 思わず目を閉じたベクターのこめかみに、冷や汗が伝った。命乞いのちごいをしようにも、かすれた声すら出ない。


 周囲にいる人々までもが、ゾッ・・・とした。


 ベクターはぎゅっと目をつむったまま唇を震わせている。


 レッドは舌打ちし、重いうなり声をあげながら剣を振り下ろした・・・!


「ひいいいっ!」


 恐怖で出なかった声が、断末魔の絶叫となってほとばしった・・・が、痛みを感じなかった。即死というわけではない。ベクターは、恐る恐るまぶたを上げる。依然として険しい顔つきのレッドを見ることができた。五体満足らしかった。


 そして、顔面すれすれのところには、殺されるかと思われたレッドの長剣。地面にめり込んで突き立っている。


 それを確認したベクターは、そのまま徐々に視線を上げていく。てつくような目で見据みすえてくる切れ長の瞳と、目が合った。







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