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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第4章  イオの大祭 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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殺せない・・・


 ジュリアスはニヤニヤしながら相手の剣を受け流していた。

「まだやる気か? 血を見るぞ。」


「くそっ。」


 その時、また別の男が大上段から剣を振るってきた。


 すきをついたつもりのそれをものともせず、ジュリアスは、そのあとの同時攻撃をも余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》で応戦した。矢継やつぎ早の襲撃に対するジュリアスの剣捌けんさばきは、見事のひと言に尽きた。その素早さは相手を遥かに上回っているどころか、神業かみわざの域に達している。剣術の試合ではレッドのおかげでジュリアスは存分に腕前を披露できなかったため、観衆のほとんどは今になってそのことに気付いた。


「ほら、敵わねえって。とっとと失せろよ。俺たちが本気を出したくなる前に。」


 完全に相手を翻弄ほんろうしながら、ジュリアスはさかんに軽口を叩いている。


「いい腕してるな。あの相方も。」

 ギルが言った。


「ジュリアスは早業はやわざの天才よ。レッドも一目置いてたわ。」と、シャナイア。


「どういうことだい。」


「レトラビアの仕事では、ジュリアスも一緒だったのよ。」シャナイアは語り口調で答えた。「そしてレッドは、私たち傭兵ようへい部隊の隊長。初めは、レッドがあまりにも年若いっていう理由だけで、誰も彼を認めようとしなかった。でもレッドは・・・見事に隊を一つにしたのよ。誰もが、知らないうちに彼にかれ始めたわ。彼のあの強さだけが理由じゃなくてね。もっとも、ブルグだけは最後まで素直じゃなかったけど。」


 肩口に振り下ろされた剣を、レッドは一瞬ではじき返した。すぐさま反撃の構え。だがレッドは、後ろへよろめいた相手の胸に切っ先をかすめ、次いで水平に構えた剣を、脇腹わきばらを外して繰り出した。


 レッドにとって殺すのは造作もないこと。だが、多くの子供の目に、殺害の場面を焼き付けるのはためらわれる。例えそれが、殺されても仕方がない非道な悪人の死にざまであっても。その衝撃のせいで、精神の病にかかる子が出るかもしれない。それを思うと、どうしても殺せなかった。予想したより長引いているこの状況に、嫌な胸騒ぎを覚えながらも。


「わざと外してやっているのが、分かるか?」

 レッドは男の顔面の真横に剣を突き入れて言った。


「ひっ!」

 短い悲鳴を上げた男は、腰を抜かして倒れ込む。


 そこへ横合いから斬りかかってきた別の攻撃。


 目もくれずに跳ね飛ばされたその剣は、落下したあと、観衆の輪へ向かって地面を滑走かっそうしていった。


 そしてそれは、亜麻色の髪の美女の足元で止まった。正確には、止められたのである。その美女シャナイアが、勢いよく滑り込んできたそれを、すっと出した右足で踏みつけていたのだ。


 剣を拾い上げに男が駆けてくる。


 そこで男は、スリットからももまで見えている色っぽい足にまず見惚みとれ、それから徐々に視線を上げていき、最後はシャナイアの美しい顔に目を留めた。


「欲しい?」


 腕組みをしたあきれ顔の美女が、そう言って見下ろしてきた。


 男は呆然としたまま、間抜けにもひとつうなずいた。


「そ、じゃあ・・・。」


 優雅な仕草しぐさでそれを拾い上げたシャナイアは、一歩前へ出て、にこりとほほ笑む。


 いつまでも彼女の美貌びぼうに見惚れているその男は、ほとんど無意識に手を差し伸べた。


 すると。


 シャナイアは、拾い上げたばかりの剣を、いきなり真上へ放り投げたのである。さらにはステップを踏みだし、落下してくるそれを華麗に舞いながらキャッチすると、二、三度、ひらかせて構えた。たくみに使いこなすことができる、というアピールだ。


「腕ずくでどうぞ。」


 男は声もなく、度肝どぎもを抜かれて目をみはった。そして別の武器を引き抜くでもなく、戦いに戻るでもなく、ひどく慌てながら親分のもとへ逃げて行った。


 思わず唖然あぜんと口を開けたまま、エミリオもギルもそんな彼女を見つめている。


「今度・・・手合わせ願えるかな。」と、目を丸くしたままでギルは言った。


 戦いの場では、一向に反撃に出ようとしないレッドとジュリアスよりも、珍しいという理由から、リューイの方が注目されていた。興味を引かれる鮮やかな身ごなしに、中には喝采かっさいを上げる者まで出始めた。


 だがその声に、リューイが応えて調子に乗ることはなかった。リューイは嫌な予感を覚えていた。早くどうにか片をつけないと、何か具合の悪いことが起こりそうな気がしてならない。


 だが、戦いながら周囲を見渡してみれば、目につくのは多くの子供たち。


 殺せない・・・。


 サッと腰を落としたリューイは、背後で振りかぶった男の鳩尾みぞおち肘鉄ひじてつをめり込ませ、さらに側頭部を殴りつけた。


 リューイは、男が脳震盪のうしんとうで前のめりに倒れるのを見届けた。気を失わせたのは、狙ってだ。それを見てやっと恐れをなした残りの三人をにらみつけ、こう言い放つために。


「いい加減にしねえと、まとめてこうだぞっ!」


「そこまでだ!」


 突然駆け抜けた大声に、場内で戦っていた誰もが動きを止めた。


 リューイもレッドも、そしてジュリアスも、一様に強張こわばった顔を声がした方へ向けてみる。


 人質ひとじちをとられた・・・。







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