ライデル一味の脅威
そうして勝者の目の前までやってきたのは、体に様々な武器をまとった男たちの集団だった。短剣と長剣、それにマサカリ。だが、連中の馬にくくりつけてある荷物はどれも小さくて、たいしたものは何も入っていなさそうだ。リューイには、どの男も着くずしただらしない恰好で、顔はどす黒く汚れて見えた。先頭をきって現れた中年は無精ひげを生やしている。
イオの村は、大陸を縦断するように南へ伸びている広大な森や、砂漠や山々に囲まれていて、いちばん近い町でもそこそこの距離がある。だが東西南北に交易路がある。遠くの市場へ商品を運ぶ業者が利用する大街道を通しているものの、そこに乗るまでの下道は、行政機関の目が届かない無法地帯でもある。
一味は、その治安を維持できない場所を狙う盗賊だ。勝者を讃える大歓声に誘われて来た。人が集まる場所には食べ物と、金になるものがある。そろそろ一度、町でおとなしく贅沢したい気分だった。が、今はまだ金が無い。
そんな盗賊一味を目にしたとたん、レッドは眉間に皺を寄せた。それからすぐ、リューイのそばへと歩いて行った。リューイが、恐らく頭である無精ひげの中年と何やら言葉を交わしているからである。
「なんだ、お前。」と、その男が話しかけると、「なんだ、お前ら。」と、リューイは言い返しているところだった。
リューイのことを、この恐れ知らずは何者だ、と言わんばかりに眺めていた男の目に、レッドが映った。
レッドはリューイと肩を並べて、男の真正面に立った。
そこでレッドは、少し眉を動かした。ずっと以前に、何度か会ったことのある顔だと気づいたからだ。その容貌はただ老けただけで、その頃とあまり変わっていなかったから。変わったといえば、連れている子分に、若者が数名増えていることくらいだった。
すると、相手も急に目を凝らして、顔をしかめだした。かと思うとすぐ、男はその目を大きくしてレッドに指を突きつけ、うろたえたように口をぱくぱくさせたのである。声も出ないほど血相を変えたその面上には、あからさまに動揺と恐怖が表れている。さらには、視線を忙しなくさ迷わせ始めた。何かを・・・いや、誰かを探すようにして。
その意味するところをレッドは知っていたが、あえて黙ったまま、ただ睨みを利かせていた。
そこへ、「親分、あそこにもの凄くイイ女がいますぜ。」と、子分が報告しにやってきた。
男は焦っていて、今それどころではなかったが、〝イイ女〟と聞けば気にせずにはいられない。しかも〝もの凄く〟とくれば、目を向けないわけにもいかなかった。
見ると、そこに亜麻色の髪の美女がいた。目の醒めるようなとびきりの上玉である。
だが男は、その美女シャナイアを見つめたまま怯えた声でつぶやいた。
「殺される・・・。」と。
「は? あの美女に?」
違いない・・・とレッドは思ったが、男が本当に怖がっているものは別にあると分かっていた。
「ヤツがいる・・・。」
男はまた、視線をうろつかせ始めた。
「ヤツ?」
「引き返す・・・。」
「は? 冗談でしょう、親分。」
次の瞬間、男は青ざめた顔でいきなり、「ライデルと、その一味だ!」と怒鳴り散らした。※
戦慄が走り抜け、連中は凍りついた。
「盗賊狩りの・・・ライデル一味。」※
その時には、勝手に馬を歩かせて周りを威嚇していたほかの子分も、次々と寄ってきていた。新米の若い子分たちは、噂でしか知らなかったのである。その一味の恐ろしさを。
「どこに・・・。」
一人が震える声で言った。
男は悔しそうに口を真一文字にすると、レッドに向かって顎をしゃくった。
「そいつは、ライデルの息子分だ。」※
ならず者はみな、驚愕の眼差しでレッドを見つめた。
「行くぞ・・・。」
馬腹を軽く蹴りつけて、男はすごすごと背中を向ける。
子分の全員が黙ってそれに続いた。
ところが、急に、男は馬を止めた。それから肩越しに振り返って、レッドにきいた。
「ライデルはどこにいる。」と。
レッドは舌打ちした。いくらか返事を躊躇したが、やがてため息混じりに答えた。
「別れた。」
「別れた?」
男は馬を回して、レッドに向き直った。
「俺は今、あいつらとは別の人生を送ってる。」
男の顔から恐怖が消えた。さっきまでは蒼白だった顔に冷笑が浮かび、口からは含み笑いが聞こえた。
「別の人生? はっ、あいつら無しでどうやって生きていける。」
レッドには男の言いたいことが分かり、そのあとどんな言葉が続くかは予想がついた。
見てるだけだったお前が・・・。
親と生き別れたレッドを十四歳まで育てたライデルは、レッドに一切盗みをさせず、自分たちに染まらせなかった。レッドに喧嘩の仕方を熱心に教えるも、同じならず者同士の死闘にさえ、手出しさせなかったのである。そもそも、その男とレッドが会ったのは、レッドがまだ刃傷沙汰に慣れられずに目を背けていた、十二歳の時だった。その時、ライデルが男のことを名前で呼んだのも、レッドは今思い出した。確か、ベクターと。
「俺は今、傭兵稼業をしている。数々の戦場を渡り歩いてきた。とっとと引き下がらないと、痛い目を見るぞ。」
「へえ、じゃあ見せてもらおうじゃねえか。」
その男・・・ベクターは急に強気になると、子分に馬から降りるよう指示し、自分も地に足を付けた。
レッドは、アイアスであることをわざと明かさなかった。仕方なく鞘から剣を引き抜いていたが、これも片方だけである。
レッドはそうしながら、「そこの腰抜け、邪魔だすっこんでろ。」と、そちらも見ずに、そばでまだ尻餅をついたままのブルグに言った。
隊長の経験から、ブルグも一流の戦士であったと認識してはいるが、何の配慮もなく無残に殺しかねない性格であることも知っている。子供たちを気使うあまり、レッドには今度もまた殺すつもりがなかった。
ただブルグについては、実際問題、今の状態では何の役にも立たないどころか、そんな所にいられても危ないだけだ。
※ 『 アルタクティスzero 』 ― 「 外伝1 天命の瞳の少年(第1部)」