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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第4章  イオの大祭 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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決勝戦


 岩が取り換えられた。遠目にはサイズの違いは分かり辛いが、ブルグが聞いた話では、過去の決勝戦では300キロ近くを挙げていたという。 


 ここまではブルグにも経験がある。去年の防衛戦はここまでにも至らなかった。ただ本音を言えば不安はあった。現役を引退して年を重ねるにつれ、もう体力も筋力も衰えていく。しかし今回、もし王座を奪われることになろうと、その相手については想像もしなかった事態だ。


 ともあれ、ついに優勝を争う一対一の対決となった。


 まずはブルグから。


 バーベルの前に立つと、ブルグは横目使いにリューイを見た。


 リューイはまた真剣な顔で、腕組みをしてじっと見ている。それは、バーベルの方をであったが。そしてその表情は、ブルグには、もはや自信がなく不安でいるようには見えなくなっている。


 高をくくっていた・・・と、ブルグは認めながらも首を振った。そして、まだ大丈夫だと自身に言い聞かせると、決勝戦に臨んだ。


 ひとまず思い通りに成功した。


 静かな拍手が流れる。


 続いて、リューイの番。


 固唾かたずを呑んで見守る観衆。


 若い挑戦者を見る周囲の目は、すでに180度変わっている。ここでその金髪青年が敗れれば、今年もブルグの優勝となり、あまり面白くない結果だ。会場内には、そんな期待が音もなく広がっていった。


 ところがどうしたのか、リューイはバーベルを握りしめたまま、一向に腰を上げようとしない。目を閉じて、微動だにせず固まっている。今まで余裕で終わらせていただけに、観衆たちも心配しだす。


 沈黙の中で、会場の空気が徐々にえていく・・・。


 対照的に、ブルグ一人だけは密かに安堵あんどの笑みを浮かべていた。


 だが、そうではなかった。リューイは今、いわゆる精神統一というものを行っている最中で、師匠のこんな言葉をしみじみと思い出しているだけのこと。


 何事も力任せにしてはいけない。気力、精神力、集中力、あらゆる能力が絶妙のタイミングで一つとなった時に、最高の力は発揮されるもの。思うままに、その力を使えるようにならねば。何事もおざなりにせず、日頃から心掛けておくように。


 リューイが腰を上げた。


 事を成し遂げるのは数秒である。心配するまでもなく、気付いた時には、リューイはこれまでと同じ調子で、それをすみやかに持ち上げていた。


 人々は快哉かいさいを叫んだ。


「いいぞ!」

「頑張れ!」


 声援が飛び交う。


 観衆たちは、今や一つとなっていた。興奮して大声を上げ、頭上で腕を振り回す者や、指笛を鳴らす者などいろいろ。


 ブルグは内心で毒づき、唇をかんだ。


 ふと気づけば、司会者と関係者たちが集まり、何やら話し合っている。


 やがて一度も使われることがなかった大岩が一つずつ、運搬用の鉄棒に取り付けられて、係員総出で運ばれてきた。


 そして、司会者によって告げられた。次の審査方法は、引き上げた高さを競うものとすること、と。それというのも、大会初となるその重量は、360キロ。


 ブルグは驚いて、緊張しながらその物体を見澄ました。


 あれを少しでも持ち上げられれば、俺の勝利は確実だ。そう信じて、自身を励ましながら、わだかまる不安を無視するように踏み出した。そして、司会者がその都度つど差し出すタオルで両手をき上げ、未体験のものの前に立った。


 バーベルに一度でも触れるとカウントが始まる。


 準備ができたブルグは歯を食いしばり、渾身こんしんの力をこめた。


 突然、ひどい無力感が襲ってきた —— ピクリとも動かない。精一杯やったが、どうにもできそうになかった。


 続けて、もう一度試みた・・・が、結果は同じ。


 ブルグは力無く手を休め、またリューイを見て、それから目だけで観衆を見回した。こちらに向けられている視線が、冷淡に突き刺さってくるように思われた。


 ブルグは、周囲の目を気にして足が震えるのを必死でこらえたが、滲み出す冷や汗までは隠せなかった。チラリと横目にリューイを見た。さらに蒼白な面持ちになる。リューイは先ほどと同じ様子だったが、その無表情な顔も、今のブルグには内心 (あざけ)られているようでならなかった。 


 制限時間が迫ってくる。心の中で、焦りと不安、それに自尊心などが複雑に渦巻いいた。


「くそっ!」


 少し休んだ甲斐かいあって、やっと数センチ浮かせることができた。


 すぐにドシンと降ろされた時には、そばにいるリューイも地響きを感じた。


 それは確かに認められた。








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