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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第4章  イオの大祭 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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祭り競技3(重量挙げ2)


 さらに重い岩が運ばれてきて、やはり二つ用意された。今度は準備するのに少し時間がかかった。数字だけを聞くとピンとこなくても、そんな様子を見れば急に実感が湧いてくる。序盤からもうそうとう重かったのだと。


 実際、出る者、出る者、そのバーベルを持ち上げる時には、顔を真っ赤にしながら頬をぴくぴくと痙攣けいれんさせていた。こめかみに血管が浮き上がっている者もいる。

 

 ここで、ようやくか、とうとうか、三度とも失敗に終わった第一の脱落者が出た。しかしそれは、リューイではなかった。観衆には、これは心外だ。


 前の負担もあってか、続いて、ここで一挙に四人が脱落。


 その中にリューイはいない。


 最後であるリューイの出番は、四人目の脱落者のあとだった。


 リューイは堂々たる態度で進み出ると、腰を下ろし、バーベルを両手でつかんだ。


 誰が残っていて落ちたかなど、リューイにはどうでもよいことだった。ブルグと争っているという意識も初めから無かった。リューイは感慨かんがいふけっているそのまま立ち上がって、握り締めたバーベルを肩の高さまで引き上げ、頭上へ突き出した。それを、ワン、ツー、スリーのテンポでやってのけた。


 会場が静まり返った・・・そして・・・。


 いきなり湧き起こる拍手と大喝采だいかっさいの嵐 ―— !


「やるじゃないか!」

「その調子だ!」


 ヘビー級のバーべルをものの見事に持ち上げてみせたリューイは、面食らったような顔をした。腕を上げたままの姿勢で首をめぐらし、そして気付いた。人々の表情がどうであるかに。


 観衆はみな大きく目を開いて、抑えきれない感動を満面にたたえている。それは圧倒されるほどのまぶしい笑顔だった。


 ギルが出場した弓の競技にしても、レッドの剣の試合にしても、彼らにとってそれを観賞することは娯楽であると共に、一種の冒険でもあった。技に優れた者や強い者を見て、血湧き肉躍る思いや、手に汗握る感じを楽しんだり、時には憧憬どうけいの念を抱いたり、羨望せんぼうの眼差しで見たり、自分の姿を重ね合わせてみたりする。


 そして今、リューイの心に、彼らのその胸の高鳴りが伝わってきたのだった。人に感動を与える喜びを知った瞬間だった。


 リューイは、そのまま子供のようににんまりと笑った。


 それを見たほかの出場者たちは、唖然あぜんと口を開けた。片方だけでもう百キロを超えているはず。それを彼は危なげなく持ち上げてみせただけでなく、笑ったのだ。無邪気な少年の笑顔で。同じものに挑んでいたとは思えず、誰もが、まるで手品でも見ているか、だまされてでもいるのではと疑いたくもなった。


 それを持ち上げるまでには制限時間が定められているが、たった数秒でまたも容易たやすくやってのけ、さっさと戻ってきたリューイに、さすがにブルグも、どうからかってやろうかなど考えられなくなっていた。


 そして、重量がさらに加わった次の挑戦で、ここまで勝ち進んだ者は三人に絞られた。その中にリューイも残った。


 ブルグにとって、もはや気になるのはリューイただ一人。あとの一人も初出場でありながら屈強くっきょうさを見せつけていたが、それよりも今は、リューイを意識せずにはいられず、それ以上を考えられる余裕がなかった。


 そのリューイは、ここへきて真顔に一変していた。それは、いつまでも馬鹿みたいに笑ってないで、真剣に訓練しようと気付いたからだったが、やっと怖気おじけづいてくれたようにも見えるその硬い表情が、すぐ横で冷や汗をかきながら両腕を組んだブルグを、いくらかホッとさせた。


 最初のブルグは、楽々とはいかなかったものの、制限時間を余裕で残し成功。二人目の男は、気合を入れるための掛け声を上げては何度も持ち上げようとしたが、残念ながらビクともせず退場となった。


 出番がきて、リューイは平然と歩きだした。腰の痛みを噛み殺しながら、しぶしぶ去っていくその男とすれ違った。リューイは立ち止まり、男の後ろ姿を気の毒そうに見届けたあとで、位置についた。


 ブルグは胸中でつぶやいた。

「たいした小僧だ・・・だが、それもここまで ―― ⁉」


 いきなりのことで、思わずあんぐりと大口を開けたブルグは、たちまちあごが外れそうになった。リューイは、バーベルを握りしめた直後にさっさと済ませてしまったのだから。最初にやってみせた時のように、あっさりと。 


 リューイが戻ると、顎をつかんで口をはぐはぐと動かし、骨の具合を調節しようと必死になっているブルグがいた。


 互いの目が合う。


 リューイはこの時、また一つやりおおせた爽やかな笑顔でいた。それを見たブルグは、勘違いをして腹を立てると同時に、とうとう恐れ始めた。


 一方、辺りは奇妙にシンとしている。驚愕きょうがくのあまり、誰もが言葉を失った様子。これは予想外どころではない・・・。 


すごいわ、彼・・・。」

「何者なんだ・・・。」


 やがて口々に騒ぎ出す。


「ちょっと凄いじゃない!」

 シャナイアも興奮気味に声を上擦うわずらせていた。


 その隣のエミリオは、ずっと眉一つ動かさずに落ち着き払った表情のままでいるが、ほほ笑むか、穏やかなポーカーフェイスのどちらかがほとんどという彼は、驚いている時はだいたい無表情に近くなる。







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