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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第4章  イオの大祭 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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覇者の失態


 リューイは人垣に混じって、馬がやってくるのを待った。地面に立てば2メートルはあるだろう、りの深い顔立ちの大男を乗せている。その着衣の上等さから見て、男は貴族のようだった。きらびやかな装身具と明るい衣装をまとって登場したその男を、人々は特別な目で見上げていた。腕に掛けているカラビナ付きのロープ ―― 馬を簡単につないでおくことができる ―― も金糸きんしがチラついて装身具同様の派手さ。


 その男はもともと傭兵ようへいで、名をブルグといった。


 そしてブルグは、なぜ人々が自分を拝みに集まってくるかを知っていた。自分は、ある競技の覇者はしゃであるから。しかしそれは、弓でも剣でもなかった。


 男が近付いてくると、リューイの周囲では人々がざわつき始めた。


 リューイは自分の周りから聞こえてくる、「ほら、あの人だよ。」とか、「無敵の男だ。」とか、「今年も優勝するかな。」などという声をなぜか少し不愉快に感じながら、その男ではなく馬の方を気にして目を向けていた。何も知らないリューイにとっては、傲慢ごうまんにも見える大男を背負っているその馬が、ひどく気の毒に思われたのである。


 というのは、そのブルグは鼻をつんと上げた気取った態度で、優雅に恰好かっこうよく、前方よりは周囲の視線を気にしながら進んでいた。集まっている人々はみな彼を英雄扱いしているので、ブルグは王子様にでもなったそんな気分で、やはり前など気にせず、はばかりなく馬を歩かせていた。寄ってくる人々で自然とできる道を、我がもの顔で通っていた。だから思いもよらなかった。


 誰かに横切られようなどとは。


 ブルグは慌てて手綱をグイッと引っぱった。その拍子に馬がいなないて前脚を上げたせいで、危うく無様に落馬する寸前、ブルグは死に物狂いで馬の背中にしがみついた。とっさにつかんだくらから手を放さなかったおかげで、どうにか難を逃れた。しかし、わらをも掴む必死な姿をさらしただけでも、じゅうぶんマヌケに映ったはずだ。ブルグはそう思い、無性にカッとなった。


 それは、リューイの目の前を通り過ぎて間もなく起こったことだった。


 リューイは腰を落として、馬の脚元をのぞき込んでみた。急停止した理由、道に何かあったんだと。すると、その向こうの路上には倒れた大きなたると、そして・・・少年の姿が見えた。樽は赤い液体の水たまり ―― おそらく葡萄酒ぶどうしゅ ―― に浸かっている。少年はカイルよりもずっと若い子供で、おろおろとおびえているように見えた。リューイは瞬時に推測した。樽は少年が抱えていたもので、視界をほとんど遮られただろう。そう込み入ったものではないこの人垣に気づかず、普通に通ろうとしたんだ。


 リューイはハッとした。


 男が癇癪かんしゃくを起こし、カラビナ付きのロープをいきなり振り回したからだ。


「よせ!」


 リューイは瞬く間に飛び出して、馬の前に立ちはだかった。さらには、頭に血が上ったはずみで振り下ろされたそれを、見事な反射神経で取り上げたのである。その拍子ひょうしに、ブルグはまた馬の背から滑り落ちそうになってこらえたが、体勢を崩して頭を突き出したその時、リューイが投げ返したものが、こともあろうにブルグの頭からすっぽりと首にはまってしまった。投げつけやすいように、リューイがくるくると巻いて輪っかにしていたから。それについては半分無意識だった。


 ブルグはますます逆上した。

「誰だ、きさまっ。」


「誰でもいいだろ、この高慢こうまんちきヤロウ。」


 リューイはどこぞでたまたま覚えた悪態をついたが、偶然にもそれはよく言い当てていた。


「俺とやる気か。」

 ブルグはうなるような声で言った。


 リューイは、険しくなった青い瞳でその男をにらみつけたまま、「そんなつもりはない。」と答えた。


 この空気の悪さに、人々は固まってしまった。ショックでもあった。つい先ほどまで、その覇者はしゃを尊敬や憧憬どうけいの眼差しで見ていたところなのである。


 だが、そんな周囲の重苦しい空気をよそに、一人だけニヤけた笑顔で進み出てきた者がいた。


 レッドだった。


 レッドは、さきほどの二人のやりとりが気に入って、笑いをこらえながら出てきた。「ああ、かかって来いよ。」とくるかと思いきや、賢明けんめいにも大人の返事をしたリューイのその意外性、それに、売り言葉が肩透かしを食らわされたブルグがおかしくて、顔に出さずにはいられなかった。


 そして、ギルやカイルだけでなく、いつの間にかエミリオやシャナイアも、仲間全員がこの場にそろっている。実際には、ギルとカイルはリューイのすぐあとから、そしてエミリオたちはレッドとほとんど同時にこの騒動そうどうに気づいたのだが、それもついさっきのことだ。そのため、レッドやエミリオたちには事情はよく分からなかった。


 レッドはブルグを決して嫌ってなどいなかったが、ただ、過去の経験から手を焼かされたという多少のうらみがあり、好印象を持ってはいなかった。※


 その男ブルグは、レッドがこれまで受け持った多くの隊員の中でも、最悪のトラブルメーカーだったのである。任務中であるにもかかわらず仲間内で喧嘩をおっぱじめるは、呆れ果てたことには、茂みにシャナイアを連れ込んで、彼女に乱暴しようとしたのだ。ただ、それに関しては、レッドが制裁を下すまでもなかった。ブルグは彼女に手を出す前にもう、たっぷりとその報復を食らっていたのだから。※


 レッドはリューイと肩を並べて、ブルグの目の前に立った。

「久しぶりだな、ブルグ。」


 恥をかかされた男 (リューイ)と、ずいぶん年下のくせしてえらそうに上に立たれた男 (レッド)を一度に見たブルグは、ますます不機嫌になった。






※ 『アルタクティスzero』―「外伝3 レトラビアの傭兵」







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