表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第4章  イオの大祭 〈 Ⅰ -邂逅編〉
80/587

祭り競技2(剣技)


 ジュリアスは、敗北を悟った。周りからはどう見えているか知らないが、自分が今、蛇ににらまれた蛙のようになっていることも分かっていた。だが、かかってくる様子が一向にない・・・。ジュリアスは眉間みけんに皺を寄せて、レッドを見つめた。自分が感じたよりも先に気付いているはずだ。


 緊迫した空気に包まれる会場。


 両者がどう出るか、観衆は固唾かたずを呑んでこの戦いを見守っている。


 その張り詰めた緊張感の中、やがて、ジュリアスのこめかみを汗が玉となって転がり落ちた。


 リーダー・・・俺の方から仕掛けてくるのを待ってるのか。お前はそういうヤツだろうさ。ジュリアスは意を決し、ふっと口元をゆるめた。


 分かったよ・・・やってやろうじゃないか!


 ジュリアスは、ついに地面を蹴った。 上段から、うなりを上げて剣が襲いかかる。それを、レッドは下から受け止めた。


 ガシッ! 


 ジュリアスはすぐに剣を引き、次の攻撃を仕掛ける。電光石火の早業はやわざだ。


 レッドも遅れをとらず、それどころか相手の動きを見極め始めた。ジュリアスが早業はやわざを得意とし、それにおいて天才的な腕を持っていることを、レッドは知っていた。そして、ジュリアスもまた、レッドが本気で戦っている姿を見て知っている。しかし、レッドは読めない男だった。その男は型にはまらず、ズバ抜けた反射神経と身体能力で、いち早く臨機応変に動くことができるからだ。


 両者は激しく打ち合っている。


 次々と繰り出される鮮やかな連続技に、観衆は目をみはった。気迫に呑まれた一瞬の沈黙のあと、会場内に興奮と感動の喝采かっさいが響き渡る。


 両者ともれ惚れするような身のこなしだ。それに、腕と一体化したような絶妙な剣捌けんさばき。観衆には、この時点で、どちらがより優れた剣士であるかは、甲乙つけ難いように見受けられた。


 さらに数合すうごう打ち合った。レッドは受け止めるだけである。そのため、人々にはジュリアスの方が優勢のように見え始めた。しかし、レッドは少しもひるんでなどいない。


 ジュリアスはまた上段から打ち下ろす。レッドの右肩を狙ってだ。


 ところが、そこにはもうレッドの姿はなかった。


 かわされた・・・⁉


 ジュリアスは素早く動いた。だが、いくら完璧な足捌あしさばきで体勢を立て直そうとしても、無駄なこと。ジュリアスの中で、もう一人の自分がそう言った。


 ジュリアスは飛び退くようにして向き直った。


 そこへ下段から力いっぱい斬り上げたレッドの剣が襲いかかる。狙いは、ジュリアスの剣を握っている手元・・・!


「速い!」

 いつもなら胸中で済ますギルも、思わず声にしてそう叫んでいた。


 勝負はあった。


 ジュリアスの手には何も無く、そして胸の前には、今にも刺しつらぬかれるという形で、レッドの剣先が突きつけられている。


 身動きとれず、け反るように地面を踏みしめたままのジュリアスは、ふうと息を吐き出すと、軽く両手をあげた。


「降参・・・。」


 レッドはニヤッとほほ笑み、剣を引いた。


 観衆はみな唖然あぜんとして、ほとんどがポカンと口を開けている。一撃いちげきで決着がつくとは・・・。


 だがしばらくすると、盛大な拍手と喝采かっさいがあがった。二人の素晴らしい戦いぶりと勇姿に、強烈な印象を受けたことへの惜しみない歓声である。


 実際レッドは、少しも手を抜いてなどいなかった。勝負している間は真剣そのものだった。


 両者は初めの位置まで戻ると、姿勢を正して向かい合い、最後に礼儀として握手を交わした。


「気迫で殺そうとするなんて、ズルいぜ。」

 ジュリアスが屈託くったくない声で言った。


「そう見えたか?」

 レッドは苦笑を返した。


 ジュリアスはふっと笑い、レッドに一歩にじり寄って、ささやく。

「さすがだよ・・・アイアス。」


 そんなジュリアスの気遣いが、レッドにはすぐに分かった。そばには審判の男が立っているのである。レッドの精悍せいかんな顔から気弱な笑みがこぼれた。


 二人は肩を並べて、人々の拍手に送られながら退場門へ向かった。


 門の下では、これから出番という男と、その次の試合に出る男が待機している。間もなく出番のその男は、レッドとジュリアスが親しげに話しながら通り過ぎる時、ジュリアスの顔をじっと見つめていた。


「俺、負けた方のあの男知ってるぜ。」

 その男は、もう一人についそう声をかけていた。

「優勝候補のはずだ。」


「ああそうだろう。俺だって、飾りで剣を腰に帯びてるわけじゃない。」と、もう一人も応じた。「だが相手の勝った方・・・恐ろしい男だ。道楽気分で見物してる素人にはいい勝負のように見えたろうが、俺には、いやきっと俺たちにはだ。分かったよ。とっくに戦いを制していた。」


「あの若さで・・・すでに将官クラスの実力がありやがる。」


 男たちは、勝ち進めばいずれ対戦するその時のことを思って、勝てるか・・・? と考え始めた。無様な負け方をするのは御免だ。


 二回戦へ進むことのできる最後の勝負が行われた時には、昼を少し回っていた。弓の競技が午前に、剣の試合が昼をまたいで、そして夕方からももう一つ競技があったが、そのことを一行いっこうはまだ知らなかった。


「決まったな。」


 一回戦の最終戦を眺めながら、ギルがつぶやいた。目はしっかりとその戦いに向けられていたが、そのセリフは別のところにあった。勝ち残ったどの男を見ても、レッドに匹敵する見込みはなさそうだ。


 そしてカイルもまた、もしジュリアスがレッドとさえ最初に当たらなければ、きっと彼が上位に昇り詰めていくだろうに・・・と思いながら、試合を見ていた。


 だがリューイだけは、少し前から違うものを見ていた。リューイは首をそびやかして、周りに集まっている見物人の群れのずっと後ろに目をらしていた。


 そこには別の人垣ができていた。


 それを目でたどってみると、その人垣ひとがき越しに馬がやってくるのが見えた。大柄おおがらな男が、その馬にまたがっている。


 リューイは好奇心から妙に気になり、ふらふらと離れだした。


「どこ行くんだ。」

 ギルが気付いて呼び止めた。


「いや、ちょっと・・・。」 


 振り向きもせずにそうつぶやいて、リューイはそのまま行ってしまった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ