対戦者は、戦友
剣術の試合は、勝者同士が対戦していくという勝ち抜き戦で行われる。
参加者は掲示板でルールを確認し、抽選で番号札を取り、出番を待って待機する。特にどこでという指示はなかった。ただ、自分の出番が分かる場所にいればよく、順番が近付いてきたら、入場門または退場門に行けばいい。あらかじめ作られていた試合表には番号がふられているので、ルールによると奇数番は入場門、偶数番は退場門で待機とのことだった。
出てくる者はみな、斬れない模造剣を手に奮闘していた。安物なので、一見で偽物と分かる木刀ほど太いもの。もし真剣を使って死人が出ては、祭りどころではなくなってしまうからだ。それでも、面白みと緊張感に欠けるということはなかった。反則とみなされるのは、わざと殺意をもって攻撃すること。それだけだからだ。従って、相手が死なない部位ならば模造剣で殴りつけても構わないし、骨折、打撲ぐらいは当然覚悟のうえで臨まなければならない。
模造剣の型は刃渡り六十センチほどの片手剣だが、やや大振りのタイプだろう。とにかく相手を空手にするか、勝負あったという形にもっていけば勝ちが認められる。制限時間は五分、それで決着が着かなければ判定ということになった。
掲示板でルールを確認したレッドは、今は一人で観衆に混じって試合を見物していた。出番は十一番で、今は四試合目が始まったところ。
レッドは、入場門の方へと足を向けた。
そのレッドがいた場所とは反対側の観衆の群れに、ギル、リューイ、そしてカイルはいた。
「あの男・・・死なないだろうな。今のは反則じゃないのか。」
担架で運ばれていく男を目で追いながら、気の毒そうにギルはつぶやいた。というのは、頭を打たれて脳震盪を起こした様子・・・。
「僕、あとでちょっと見てこよう・・・。」
医師としてカイルは気になって仕方が無い。
実際それまでにも、腕や肩、脇腹を痛めた負傷者が続出している。
「おい、出てきたぜ。」
リューイが入場門の方を指差して言った。
そこに立ったレッドは、退場門にいる相手を見て口を開けた。だが思い当たるふしがあるので、そう驚くこともなかった。相手の男は二十代後半くらいの若者で、その堂々とした勝ち気な雰囲気からは、いかにも戦慣れしている印象がある。そもそも参加者はみな戦士と名のつく者だが、その男は傭兵だった。
これからいざ勝負というのに、その敵を見つめているレッドの面上には、次第に何か懐かしむような笑みが広がっていった。
一方、退場門にいる相手の若者も、レッドに気付くと同じ反応をした。しかし、こちらは、いつまでもあんぐりと口を開けている。
男の名は、ジュリアス。レッドとは、過去に一度同じ仕事を組んだことのある戦友だ。※
両者は入場し、やがて戦いの場で対峙した。
ジュリアスは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、しばらく固まっていた。が、我にかえって、やっと言った。
「リーダー⁉」
「よお、久しぶり。」
レッドは陽気に答えた。
「反則だろ。なんでこんなケチな試合に出てる。」
「金がいるんだ。」
「がっぽり稼いでるくせに。」
「しばらく働けなくなったんだよ。」
「五体満足で何言ってんだ。」
さっぱり理解できないジュリアスは呆れ返った。
「くそ、楽に優勝できると思ってたのに。」
レッドは無言で、ただ不適な笑みを返した。
「だが、一本なら俺にだって勝算はある。」と、ジュリアス。
「そうだな。」
「ちぇっ、もう勝った気でいやがる。」
「負ける気がしないだけだ。」
「自信に実力がちゃんと伴ってるヤツは、みんなそう言うんだよ。」
そばにいる審判の目を気にして、二人は軽口もそこまでに口を閉じた。
審判の合図で礼を交わした二人は、同時に剣を構えた。先ほどまでの、知り合い同士のふざけた態度とは裏腹に、その瞬間から両者の目つきが変わった。相手を敵としか見ていない、鋭く険しい眼差しに一変したのである。その目で負けじと相手を睨みつけ、慎重に敵の出方を窺っている。互いに一寸の隙もない。
両者の間には、凄まじい気迫が張り巡らされている。共に間合いをはかり、円を描くようにしてじりじりと移動した。互いに相手の真正面を正確にとらえている。
数十秒、経過。
やがて、ジュリアスには、一秒が長く感じられるようになってきた・・・。
完全無欠。
ジュリアスは、肌で感じ取ったのである。その男・・・いや、本物の貫禄を。そして脳裏に、《《あの肩書き》》がチラつきだしたのだ。それを意識してしまったが最後、焦りが募り始めた。
※ 『アルタクティスzero』― 「外伝3 レトラビアの傭兵」