アンコール
「おおっ!」
「わああっ!」
どっと上がった盛大な拍手に、たちまち空気が掻き荒らされた。賛美の声が乱れ飛ぶ。
「俺、今・・・鳥肌立っちまった。」と、リューイがつぶやいた。
その隣にいるカイルなどは、周りにいる人々と一緒になって、飛び跳ねながら手を叩いている。
一方ギルは、また打って変わり爽快な笑顔で佇んでいた。ただそのほほ笑みは、人々の拍手喝采に応えているというわけではなく、単に満足できて喜んでいるだけのこと。気分爽快、と。
そこへ誰かが駆け寄ってきた。それに気付いて振り向いたギルは、いきなり抱きついてきた彼を、訳も分からないままに思わず受け止めていた。
白髪頭のふくよかな男性だった。この種目で七人目に行射した選手だ。その彼は、自分よりも背丈がかなりあるギルを見上げて、「素晴らしい!弓は誰に?」と、嬉しそうに問うた。
感動するあまり飛びついてきたのかと、ギルもやっと理解した。
「父上・・・いや、父親に。」と、ギルは答えた。
「彼は弓師ですか?」
また別の選手が、手を差し伸べながら尋ねてきた。
気付けば、ギルの周りには選手が全員そろっている。誰もが完敗だという潔い表情で、笑顔を向けてくれていた。
「いえ・・・。」
ギルはこの時、玉座にいる厳格な顔の父ではなく、熱心に弓矢の扱い方を教えてくれた父の顔がどうであったかを、しみじみと思い出していた。初めて的に命中させることができた時の、あの父の笑顔を。そこには、それを見つめ返している、嬉しそうな顔をした幼き日の自分もいた。
「・・・戦士です。屈強の。」
かつて一兵士として戦場に立っていた父のこと ―― 若くして弓兵軍の少将となった―― を誇らしげに伝えて、ギルは差し出されたその手をとった。
「いい目をしている。」
そう言って次に進み出てきたのは、九人目の選手だった。優勝を逃した男である。
そうして、選手はみな次々とギルに握手を求めた。ギルはお馴染みの人懐っこい笑顔を振りまき、喜んでそれに応えた。
こうして競技は終了し、三位と準優勝者が呼ばれて表彰台に上がった。どちらも体格のいい中年の男性である。
そして最後に、ほかの追随を許さず優勝したギルが呼ばれた。無論、偽名で。ギルは正式名から咄嗟にとって、ギル・フォードという名前でエントリーしていた。
ギルは表彰台へ向かった。
「頼む、もう一度見せてくれ!」
どこからともなく、誰かが叫んだ。
そして、また。
「もう一度見たいわ!」
再演を望む声である。
それは、たちまち会場全体から湧き起こった。
驚いたギルは首をめぐらし・・・呆然とした。
今までで人を喜ばせたと言えば、戦争で強敵を倒して勝利へ導いたこと・・・つまり、殺人。味方の賛美の声は、悪意を持たない人の死を伴う。誰もが国のため、生活していくための報酬を得るために戦うのだ。手にかけた者の身を案じて待つその家族や、恋人のことを思うと、正直、快いものとは言えなかった。
だが、この声は違う・・・。
これほど清々《すがすが》しい気持ちで素直に嬉しく思えたことなど、かつてなかった。
アンコールは、いつの間にか一つになっていた。
司会者の男が、何やらギルと話をしている。
即座にギルはうなずいた。
ギルは長弓を手に取り、確実に成功させることができる七十メートルの遠的競技を行った位置へと、颯爽と歩きだした。
歓声がとどろいた。
「さてと・・・俺もそろそろ行くか。」
そう言いながら、レッドはゆっくりと腰を伸ばした。中途半端な姿勢のままで長時間いたので、いくら鍛えているとはいえやや応えた。
「ああ、俺たちもあとで観に行くよ。まず、ギルを祝ってやらないとな・・・ってえ。」と呻いて、リューイも痛めた腰に手を当てた。
カイルは、首をぐるぐると前後左右に倒したくっている。
「俺からも伝えといてくれ。ありがとうってな。」
「ありがとう?」
「ああ、感動したって。」
レッドは、リューイの情けないへっぴり腰にバシッと気合いを入れてから、二人のそばを離れて観衆の外へ出た。