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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第4章  イオの大祭 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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アンコール


「おおっ!」

「わああっ!」


 どっと上がった盛大な拍手に、たちまち空気がらされた。賛美の声が乱れ飛ぶ。


「俺、今・・・鳥肌立っちまった。」と、リューイがつぶやいた。


 その隣にいるカイルなどは、周りにいる人々と一緒になって、飛び跳ねながら手を叩いている。


 一方ギルは、また打って変わり爽快そうかいな笑顔でたたずんでいた。ただそのほほ笑みは、人々の拍手喝采(かっさい)に応えているというわけではなく、単に満足できて喜んでいるだけのこと。気分爽快、と。


 そこへ誰かが駆け寄ってきた。それに気付いて振り向いたギルは、いきなり抱きついてきた彼を、訳も分からないままに思わず受け止めていた。


 白髪しらが頭のふくよかな男性だった。この種目で七人目に行射した選手だ。その彼は、自分よりも背丈がかなりあるギルを見上げて、「素晴らしい!弓は誰に?」と、嬉しそうに問うた。


 感動するあまり飛びついてきたのかと、ギルもやっと理解した。


「父上・・・いや、父親に。」と、ギルは答えた。


「彼は弓師ですか?」


 また別の選手が、手を差し伸べながらたずねてきた。


 気付けば、ギルの周りには選手が全員そろっている。誰もが完敗だといういさぎよい表情で、笑顔を向けてくれていた。


「いえ・・・。」


 ギルはこの時、玉座ぎょくざにいる厳格な顔の父ではなく、熱心に弓矢の扱い方を教えてくれた父の顔がどうであったかを、しみじみと思い出していた。初めて的に命中させることができた時の、あの父の笑顔を。そこには、それを見つめ返している、嬉しそうな顔をした幼き日の自分もいた。


「・・・戦士です。屈強くっきょうの。」


 かつていち兵士として戦場に立っていた父のこと ―― 若くして弓兵軍の少将となった―― をほこらしげに伝えて、ギルは差し出されたその手をとった。


「いい目をしている。」


 そう言って次に進み出てきたのは、九人目の選手だった。優勝を逃した男である。


 そうして、選手はみな次々とギルに握手を求めた。ギルはお馴染なじみの人懐ひとなつっこい笑顔を振りまき、喜んでそれに応えた。


 こうして競技は終了し、三位と準優勝者が呼ばれて表彰台に上がった。どちらも体格のいい中年の男性である。


 そして最後に、ほかの追随ついずいを許さず優勝したギルが呼ばれた。無論、偽名で。ギルは正式名から咄嗟とっさにとって、ギル・フォードという名前でエントリーしていた。


 ギルは表彰台へ向かった。


「頼む、もう一度見せてくれ!」


 どこからともなく、誰かが叫んだ。


 そして、また。


「もう一度見たいわ!」


 再演を望む声である。


 それは、たちまち会場全体から湧き起こった。


 驚いたギルは首をめぐらし・・・呆然とした。


 今までで人を喜ばせたと言えば、戦争で強敵を倒して勝利へ導いたこと・・・つまり、殺人。味方の賛美の声は、悪意を持たない人の死をともなう。誰もが国のため、生活していくための報酬ほうしゅうを得るために戦うのだ。手にかけた者の身を案じて待つその家族や、恋人のことを思うと、正直、快いものとは言えなかった。


 だが、この声は違う・・・。


 これほど清々《すがすが》しい気持ちで素直に嬉しく思えたことなど、かつてなかった。


 アンコールは、いつの間にか一つになっていた。


 司会者の男が、何やらギルと話をしている。


 即座にギルはうなずいた。


 ギルは長弓を手に取り、確実に成功させることができる七十メートルの遠的競技を行った位置へと、颯爽さっそうと歩きだした。


 歓声がとどろいた。


「さてと・・・俺もそろそろ行くか。」


 そう言いながら、レッドはゆっくりと腰を伸ばした。中途半端な姿勢のままで長時間いたので、いくらきたえているとはいえややこたえた。


「ああ、俺たちもあとで観に行くよ。まず、ギルを祝ってやらないとな・・・ってえ。」とうめいて、リューイも痛めた腰に手を当てた。


 カイルは、首をぐるぐると前後左右に倒したくっている。


「俺からも伝えといてくれ。ありがとうってな。」


「ありがとう?」


「ああ、感動したって。」


 レッドは、リューイの情けないへっぴり腰にバシッと気合いを入れてから、二人のそばを離れて観衆の外へ出た。








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