祭り競技1(弓術1)
レッド、リューイ、そしてカイルの三人は、ギルが出場している弓術の競技を見物していた。弓は武器として使われる殺傷能力が高いもので、真っ直ぐな軌道になるよう作られている。威力も鎧を貫通するほど強い。
種目は、遠的射撃が二種と、投石器を使った動体射撃が一種の計三種目。遠的射撃では、的の中心に近いほど高い得点が設定されている。一人十本ずつ行射し、得点の合計で順位が決まる。
三十人いる参加者が十人に絞られるという予選の遠的射撃で、見事全ての矢を最高得点に命中させたギルは一番の成績で残り、すでに観衆の度肝を抜いていた。五十メートルの距離を、的を目がけて飛んでいく彼の放った矢の正確さに加えて、何よりも構えてから筈を手放すまでの時間の短さに、人々は目をみはった。狙いをつけるのがあまりに早いのである。
「あいつ、剣の腕だけじゃあなかったのか。」リューイが驚嘆した。
「俺はてっきり興味本位で出たんだと思ってたぜ。」と、レッド。
カイルは、その二人の間にいた。それには訳があった。カイルは背伸びをしながらの見物だからである。前にいる見物人たちの間からは、長身のレッドとリューイは問題なく競技を見ることができても、だいたい年相応の平均身長であるカイルでは、この二人の肩を借りて背伸びをしなければならなかった。
そこで彼らは、もう少し見える場所へ移動しようと、やがて動き始めた。
レッドの誘導で人々を掻き分けながら進んでいると、これからその前を横切ろうかという男たちの会話が、偶然はっきりと聞こえてきた。
男たちは言う。
「広場で踊ってた亜麻色の髪の彼女、すげえいい女だったな。」
「ああ、あんな美人は滅多に拝めないぜ。」
「拝めないと言えば、後ろでフィルートを吹いてた男、エルファラムの皇子にそっくりだって言ってるヤツが何人もいるらしいぞ。」
「あんな顔してるのかよ。そうなら噂通りの美貌だな。」
「あの音色も美事だったなあ。」
シャナイアとエミリオに違いない。
ここには、戦士と名の付く者が大勢集まっているはず。注目されるようなことをすれば、こうなるのも当然だろうとレッドは思った。そしてギルも。ここでその顔は、じっくりと注目されることになるだろうから。
「すごいね、もう評判になってるみたい。」
カイルが、手を引いてくれているレッドの背中に話しかけた。
「まあ確かに美人・・・なんだけどな。」
レッドは、言葉を濁してシャナイアのことを言った。
三人は、係員たちが次の種目の準備にとりかかっている間に、素早く前列へ移動することができた。すると今度は、レッドとリューイは後ろの人々に気を使って、先ほどまでとは逆にカイルに肩を借りながらのやや中腰という、少し辛い見物となった。
続いて距離は七十メートルに設定され、準備が整うと前半の選手が前へ出た。その中にはギルもいた。ギルは、審査員たちが長机について並んでいる側の、一番端にいる。観衆は選手を挟んで左右に群れを成しているが、レッド、リューイ、そしてカイルは審査員側にいたので、その三人から見て手前にいるギルの姿はよく分かった。
「一本目。」
的を睨み付け、弓をいっぱいに引き絞った選手たちは、おのおの制限時間内の自分のタイミングで筈を手放す。ギルも構える時間が少しは長くなったようだった。
どよめきが起こった。
一度目にして、その遠く小さな最高得点の的を射抜いている矢が、一つだけあったのだ。その一直線上にいる射手は・・・ギルである。
あとも高得点ばかりを当然のように連発して、ギルは後ろへ下がった。七十メートルという距離は、彼には少しも問題ではなかった。
結果、ほかの選手が似たり寄ったりの成績で接戦しているのを横目に、この競技は、全ての矢を的のほぼ中心に入れてみせたギルの独り舞台となった。
従って、ほかの選手はこぞって二位を狙うことに闘志を燃やした。
「かっこいい。」
カイルは熱心に憧憬の眼差しをギルに向けている。
「惚れるのは勝手だけど、恋敵が山ほどいるぞ。」
レッドがからかった。
そしてリューイは、「俺、教えてもらおうかな・・・。」と、本気でつぶやいていた。
レッドがカイルにそう言ったのは、実際に今、ギルが観衆を完全に魅了しているから。周りにいる人々はみな興奮し、四方八方で「彼は何者か。」という声が飛び交っているのだ。
しかし、誰もがそうして賛美の声を上げている中で、ほんの数人だけは、憎悪をこめてギルを睨みつけている。その一人は、「あの若造め・・・わざとやりやがったな。」と、歯をギリギリいわせていた。
選手たちが集められて成績発表を聞いているその間に、手際よく最終種目の用意がされていた。三段の木箱が運び込まれ、会場の横からは投石器が登場している。木箱の中には、緩衝材にくるまれた林檎が並んでいる。次の種目は、投石器で飛ばしたそれを矢で射抜くというものだった。使用する矢も、命中すれば果肉に突き刺さるよう特別に作られたものに変わった。
ただ、実際のところ、これに成功した者はかつて数えるほどしかいない。掠りもせずに外して当たり前という無茶な競技、というより、もはや芸。それゆえ、やってのければ神業なだけに、素晴らしい高得点が用意されている。しかもチャンスはたったの三回。傷をつけるだけでもかなりの獲得点となるために、無茶だろうがなんだろうが、選手はみな意気込んで奮い立っていた。弓を愛して腕を磨いてきた彼らには挑戦心もあり、それに可能性だってある。
しかしギルは、一人だけ違う期待にわくわくしていた。何回目で捉えられるかと。こんなに面白そうなことを、どうして今まで考えつかなかったのかと地団駄を踏みたくもなった。とにかく、早くやってみたくて仕方がなかった。決勝戦では成績のよくない者から進み出て、順次行射するという説明を受けたばかりだ。つまり、ギルは最後なのである。
まずは、試し打ちが三度行われた。林檎がどのように飛び過ぎていくかを選手に知らせるために。ほぼ同じ重量の林檎が計算された角度で装置によって飛ばされているので、三度とも文句なしの似たような弧を描いた。
試し打ちがされているその間、しっかりと見澄ましているギルの頭脳も慎重に計算していた。ギルは、どう弓矢を扱うかの予定を立てた。