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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第4章  イオの大祭 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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大道芸への誘い


 そうつぶやいたエミリオの美貌を満足そうに眺めていたシャナイアは、そこでにっこり微笑むと言った。

「提案してあげましょうか?」


 周りにいる者たちは彼女に注目。


「何か楽器使えるかしら?」


 エミリオは答えた。

「フィルートなら・・・。」


 フィルートとは、伸びやかに震える音色が心地よく響き渡る管楽器いわゆるフルートである。


 幼少時代から音楽の英才教育を受けていたエミリオは、ほかにもいくつかの楽器をかなでることができる。中でも得意とするのが、その横笛だ。饗宴きょうえんの舞台で天才ぶりを披露してみせると、高貴な来賓らいひんたちはうっとりと酔いしれ、ご満悦でその楽の音を賛美したものだった。


「フィルートか・・・ちょっと合わせにくそうだけど、まあいいわ。」


「おい、なにたくらんでる。まさか・・・。」

 レッドにはすぐに予想がついた。 


「私と組むの。」


「怪我人だぞ。」


「ちょうどいいじゃない。座ってるだけでいいもの。」そしてシャナイアは、エミリオに向かって手まで合わせてみせながら、「椅子くらいすぐに用意するわ。だからより多くのお客を集めるために、ね、お願い。」と、熱心に頼みだしたのである。


 レッドがまた口を出した。

「楽なんていらんだろうが。め言葉として言うけど、その顔なら色目いろめを使えばイチコロ――」


「お馬鹿、女の客も引きたいのよ。」

 レッドは呆気にとられた。 


「それで役に立てるのなら、ぜひ。」

 エミリオはシャナイアにではなく、足を心配してくれるレッドを見て、大丈夫だというしるしに笑顔を向けた。


 そのかたわらでは、ギルがエミリオにはいい体験だとうなずいている。


「決まりね。」


 喜んで手を打ち合わせたシャナイアには、まだ考えがあった。それで次に微笑みかけた相手は、ミーアである。


「ところで、その可愛いらしい女の子は、何てお名前かしら。」


 ミーアは、すぐには名乗らずにレッドの顔を窺う。


 いくらかあきらめたような顔で、レッドはうなずいてみせた。


 ミーアは底抜けに明るい笑顔をみせた。やっと堂々と名乗ることができる。


「ミーア。」


「そう、顔に似合う可愛い名前だわ。」

腰を落としてミーアと面と向かい合ったシャナイアの声が、猫撫ねこなで声に変わった。

「えっと・・・じゃあミーアちゃん、あのね、お手伝いしてくれないかなあ。」


 レッドは顔をしかめた・・・。


「あのね、お小遣いがもらえるのよ。それを集めて欲しいの。できるだけたくさんの大人の人に、あとで教えることを言ってもらえると嬉しいんだけど。」


「何考えてんだ!」

たちまちレッドが怒鳴った。


 全く動じることなく、シャナイアは肩越しに目を向ける。 

「ちゃんと許可はもらってるわよ? 大道芸だって、ちょっとは出店料払わされたんだから。」


 それにミーアの無邪気な声が続いた。

「やりたいっ!」


「ダメだっ! ダメだ、ダメだっ!」

 レッドは猛反対。


「どうして?」

 シャナイアには、レッドがそこまでムキになる訳が分からない。


「どうして・・・って。」

 レッドは急にしどろもどろになった。公爵令嬢だから・・・とまでは、今はさすがに明かせなかった。

「とにかく、ダメだったら、ダメだ。」


 そこで背中をつつかれて、レッドは背後を見た。


 リューイだった。


「思いっきり、冒険させてやるんじゃなかったのか。」


 その一言がきいて、レッドはまた苦い顔になる。そしてそばには、すっかりむくれてしまったミーアが。


「・・・ったく、しょうがないな。」

 派手なため息をついてみせてから、レッドはしぶしぶ承知した。


 一方、大喜びではしゃいでいるミーアの隣では、カイルが首を伸ばして遠くを見ている。武器を帯びた団体が、足並みをそろえて鬱蒼うっそうたる森の方へ行くのを、カイルは目で追っていた。


「あの人たちは。」


「ああ、彼らはこの村の農夫だけど、狩りもするのよ。それで、これから猛獣を退治しに行くんですって。なんでも今朝、あの森で黒ヒョウが出たっていう通報があったらしくて。それも大きな。旅芸人が連れてた大きな犬ならさっき見たけど。」


 そう答えたシャナイアは、それから呆れたというように腰に両手をあてた。


「この村も暢気のんきよね。普通なら、お祭りどころじゃないはずなのに。まあ、これほど各地から人が集まると分かっていただけに、そうもいかなかったんでしょうね。でもこんな場所にヒョウなんてほんとにいるのかしら。クマの間違いかもね。」


 シャナイアの言葉を、途中からリューイ一人だけは聞いていなかった。ただひたすら、その森を凝視ぎょうししていた。不安でにわかに強張こわばった顔のまま。


 大きな・・・黒ヒョウ。








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