大道芸への誘い
そう呟いたエミリオの美貌を満足そうに眺めていたシャナイアは、そこでにっこり微笑むと言った。
「提案してあげましょうか?」
周りにいる者たちは彼女に注目。
「何か楽器使えるかしら?」
エミリオは答えた。
「フィルートなら・・・。」
フィルートとは、伸びやかに震える音色が心地よく響き渡る管楽器である。
幼少時代から音楽の英才教育を受けていたエミリオは、ほかにもいくつかの楽器を奏でることができる。中でも得意とするのが、その横笛だ。饗宴の舞台で天才ぶりを披露してみせると、高貴な来賓たちはうっとりと酔いしれ、ご満悦でその楽の音を賛美したものだった。
「フィルートか・・・ちょっと合わせにくそうだけど、まあいいわ。」
「おい、なに企んでる。まさか・・・。」
レッドにはすぐに予想がついた。
「私と組むの。」
「怪我人だぞ。」
「ちょうどいいじゃない。座ってるだけでいいもの。」そしてシャナイアは、エミリオに向かって手まで合わせてみせながら、「椅子くらいすぐに用意するわ。だからより多くのお客を集めるために、ね、お願い。」と、熱心に頼みだしたのである。
レッドがまた口を出した。
「楽なんていらんだろうが。褒め言葉として言うけど、その顔なら色目を使えばイチコロ――」
「お馬鹿、女の客も引きたいのよ。」
レッドは呆気にとられた。
「それで役に立てるのなら、ぜひ。」
エミリオはシャナイアにではなく、足を心配してくれるレッドを見て、大丈夫だというしるしに笑顔を向けた。
その傍らでは、ギルがエミリオにはいい体験だとうなずいている。
「決まりね。」
喜んで手を打ち合わせたシャナイアには、まだ考えがあった。それで次に微笑みかけた相手は、ミーアである。
「ところで、その可愛いらしい女の子は、何てお名前かしら。」
ミーアは、すぐには名乗らずにレッドの顔を窺う。
いくらか諦めたような顔で、レッドはうなずいてみせた。
ミーアは底抜けに明るい笑顔をみせた。やっと堂々と名乗ることができる。
「ミーア。」
「そう、顔に似合う可愛い名前だわ。」
腰を落としてミーアと面と向かい合ったシャナイアの声が、猫撫で声に変わった。
「えっと・・・じゃあミーアちゃん、あのね、お手伝いしてくれないかなあ。」
レッドは顔をしかめた・・・。
「あのね、お小遣いがもらえるのよ。それを集めて欲しいの。できるだけたくさんの大人の人に、あとで教えることを言ってもらえると嬉しいんだけど。」
「何考えてんだ!」
たちまちレッドが怒鳴った。
全く動じることなく、シャナイアは肩越しに目を向ける。
「ちゃんと許可はもらってるわよ? 大道芸だって、ちょっとは出店料払わされたんだから。」
それにミーアの無邪気な声が続いた。
「やりたいっ!」
「ダメだっ! ダメだ、ダメだっ!」
レッドは猛反対。
「どうして?」
シャナイアには、レッドがそこまでムキになる訳が分からない。
「どうして・・・って。」
レッドは急にしどろもどろになった。公爵令嬢だから・・・とまでは、今はさすがに明かせなかった。
「とにかく、ダメだったら、ダメだ。」
そこで背中をつつかれて、レッドは背後を見た。
リューイだった。
「思いっきり、冒険させてやるんじゃなかったのか。」
その一言がきいて、レッドはまた苦い顔になる。そしてそばには、すっかりむくれてしまったミーアが。
「・・・ったく、しょうがないな。」
派手なため息をついてみせてから、レッドはしぶしぶ承知した。
一方、大喜びではしゃいでいるミーアの隣では、カイルが首を伸ばして遠くを見ている。武器を帯びた団体が、足並みをそろえて鬱蒼たる森の方へ行くのを、カイルは目で追っていた。
「あの人たちは。」
「ああ、彼らはこの村の農夫だけど、狩りもするのよ。それで、これから猛獣を退治しに行くんですって。なんでも今朝、あの森で黒ヒョウが出たっていう通報があったらしくて。それも大きな。旅芸人が連れてた大きな犬ならさっき見たけど。」
そう答えたシャナイアは、それから呆れたというように腰に両手をあてた。
「この村も暢気よね。普通なら、お祭りどころじゃないはずなのに。まあ、これほど各地から人が集まると分かっていただけに、そうもいかなかったんでしょうね。でもこんな場所にヒョウなんてほんとにいるのかしら。クマの間違いかもね。」
シャナイアの言葉を、途中からリューイ一人だけは聞いていなかった。ただひたすら、その森を凝視していた。不安でにわかに強張った顔のまま。
大きな・・・黒ヒョウ。