踊り子
「姉ちゃん綺麗だねえ。今から俺たちに付き合わない?」
踊りを見飽きた一人が下品で不愉快な言葉を発した。
「何にしてもお断り。だって、目つきがいやらしいもの・・・ちょっとあんた! 汚い手で触んないでよ、どさくさに紛れて!」
無精髭の別の男が手をまさぐりだしたので、彼女はそれを手荒く振り払う。
「いいじゃんかよ、減るもんじゃあるまいし。」
「減るのよ、いろいろ! そういうつもりなら、よそへ行ってよ!」
彼女はすっかりいきり立っていたが、その仕草一つ一つが男たちには妙に艶やかでたまらない。
「踊りはもうじゅうぶんだからよ、なあ姉ちゃん。」
一向に怯む様子もなく、男は馴れ馴れしくまた彼女の手をとった。
不躾なその男たちは、みな腰に剣を帯びていた。そのため助けようとする者はおらず、それどころか彼らのせいで踊りが中断されてしまったため、ほかの客は一人、また一人とその場を離れだした。そして連れらしい数人が居座り、まだしつこく彼女に言い寄っている。露店からも距離があるそこには、彼女とその集団以外、誰もいなくなってしまった。
「ちょっと、止めてってば! もうっ、いい加減にしないと ―― 」
彼女はハッと言葉を切った。男の方は怪訝そうな顔をしている。何かが頭上を掠めた気がして・・・。
二人はそろって、すぐ後ろにあるトチノキを見た。
すると男はとたんに目を大きくして、弾かれたように一歩下がった。
それというのも、頭上ギリギリのところに矢が一本突き刺さっているのだから。頭上にというのは、彼女よりも数センチ背丈がある男の方のだ。
おまけに、少年のような軽い声まで飛んできた。
「怪我しなかった? おじさん、ごめんね。」
男は、大きく見開いた目をそちらへ向ける。
そこには、稀な青紫の瞳の青年がいた。彼は降り注ぐ木漏れ日を浴びて、爽やかな笑顔で弓を握りしめて立っていた。《《弓を握りしめて》》。
「て、て、てめえーっ、ざけんな! この若造があっ!」
青ざめていた顔をみるみる真っ赤にしながら、男はそう怒鳴り散らした。今にも剣を引き抜きかねない勢いだ。
それに対して、澄ました顔を崩さない青紫の瞳の青年・・・ギルは、手にしている機械弓をおぼつかない手つきでいじりながら、「安全何とかが外れてたみたい。」と、言った。
こいつをぶち込んでおけよと言わんばかりに、男たちは唖然と口を開けて青年を見つめる。
するとギルは、男たちが見ている前で今度はこう呟いたのである。
「えっと・・・どれだっけ? あれをしておかないと、また勝手に飛んでくじゃないか。」
そのあいだ両手で持っている弓の角度は、真っ直ぐに男たちの方へ構えられている格好になっていた。ギルは半分楽しみながら素人っぽく振舞った。
「弓っ、弓っ!」
「こ、こっち向けるな!」
「止めろ、危ない!」
「あっれえ、どれだったかなあ・・・安全何とか。」
男たちは一斉に逃げ出して行った。
その姿を見届けているギルの口から、ふっと笑い声が漏れた。
「・・・なんてな。」
ギルはそれから、呆れた様子で隣にいる美女に人懐っこく微笑みかけ、弓を見せた。
それには、矢が仕掛けられていなかった。
「なんだ・・・演技。」
「そういうこと。」
「どこの腕白小僧かと思っちゃったわ。」
初対面の二人は声をたてて笑い合った。
ギルはその時、つい彼女の笑顔に見惚れている自分に、すぐには気付かなかった。それに気付いたのは彼女の方が先だ。
「なに?」
「笑顔もいいな・・・。」
そんなセリフが、知らぬ間にギルの口をついた。
「怒った顔しか見てなかったから・・・。」
「は?」
「え、ああいや・・・大丈夫? 綺麗なお嬢さん。」
「ええ。ハンサムなお兄さん。」
「怒らないのか。」
「何を?」
「自分に当たってたらって思わなかった?」
「だって、当たってないもの。済んだことをあれこれ考えないたちなの。」
あっけらかんとして、彼女はそう答えた。
その彼女は、自分は一目惚れするような軽い女ではないと信じていた。だが先ほど彼に見つめられた時、実は知らずと見つめ返していたのである。面食いになれば、彼の顔は一目で惚れずにはいられないくらいタイプ。しかも、今少し触れてみただけでも凄く魅力的だと感じていた。
「お客さーん!」
ギルはマズい・・・と苦い顔をして肩をすくめた。武器屋の主人だ。
「困りますよ、無断で持ち出してぶっ放しちゃあ。」と、その店主は息を切らせながら駆け寄ってきた。
「ああ悪い。俺はやっぱり、こうぐっと引くヤツの方がいいな。」
ギルは、木の幹から矢を引き抜いて言った。それから弓とそろえて返すと、店主は執拗に勧めることもなく、それらの商品を抱えて残念そうに戻って行った。