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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第4章  イオの大祭 〈 Ⅰ -邂逅編〉
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アルバドル帝国の弓職人

「そこのお兄さん、弓には興味ないかい。」


 背後で男の声がした。もう間違いない・・・聞き覚えのある声だ。だが無視することができずに、ギルは仕方なく振り向いた。


 すると男は、その顔を目の当たりにするや否や、一瞬言葉を失い呆然とした。ギルにとっては案の定という反応である。


「驚いたね、あんたアルバドル帝国の皇太子様にそっくりだよ。」

 男はギルの顔だけでなく全身を眺め回して、ため息をつきながら言った。

「歳の頃といい、背丈といい、体格までうり二つだよ。信じられない。」


「よく知っているのか。俺は見たこともないが。」

 ギルはそう言いながらも、あまり目を合わさないようにしている自分に気付いた。


「いやあ、これは自慢ですがね、実は私その国の者でして、お城に何度か弓を献上にあがったことがあるんですよ。今や大陸屈指(くっし)の強国に成長して、改築された城館じょうかんはもう見事のひと言。」


「そいつはすごいな。」

 ギルは肩をすくう思いで、あくまで庶民を気取った。


「まあ結局は、皇帝陛下や、大将たちのお眼鏡めがねにかなえば、褒美ほうびをたっぷりといただけるわけですがね。私はこう見えても、実際にこれらの弓を作っている職人ですから、腕には自信があるんです。それで毎度、特に選りすぐったやつを持参するんですが、皇子はさすがに名手だけあって、いい目をされておられる。中でも最高傑作のものを必ずお選びになるんですよ。あんたさん、その眼の色までそっくりだよ。」


 男がそう言って瞳を覗きこんできたので、ギルはあわてて手元にあったものを指さした。


 この眼 ―― 稀有けう青紫あおむらさきの瞳 ―― はまずい・・・。


「これは・・・。」

 そこで咄嗟とっさに指を向けた武器が、ギルは見たこともない珍しい形であることに気付いた。

「これは・・・どうやって使うんだ?」


 それは弓にしてはずいぶん小型で、縦ではなく横にして構えるという機械仕掛(じか)けの最新兵器。


「ああ、機械弓きかいゆみ(クロスボウ)ですね。それはこう矢をひっかけて、ここの安全装置を外し、それからこのレバーを引くだけで飛ぶようになってるんです。安全装置は子供の悪戯いたずら防止ですが、構える前にうっかりということもありますので、連続して使う以外はできるだけセットしてくださいね。」


 男は専用の矢をその弓に仕掛けてみせ、事細かく説明すると、一度外した安全装置を元に戻した。


「扱いが怖いな・・・けど、上手いことできてるんだな。」


「そいつは優れもんですよ。東はだいぶ落ち着いてきたので導入がやや遅れましたが、エドリース ―― 激戦の地 ―― ではもうかなりの需要があるとか。この辺りでも、ハンターたちの間では人気ですよ。」


「それで、この弓も見せたのかい? その・・・アルバドルの皇帝や将軍たちに。」

 ギルは気になって、ついそんな質問をしていた。


「ええ。試作品ができたと同時に。」


「それで反応は?」


「好評でしたよ。すでに契約も成立して、今、工房は大量生産の真っ最中です。大忙しですよ。」


「そうか・・・。」

 ギルは、母国が常に強くあって欲しい気持ちと、平和への祈りとがからみあい、複雑な面持ちで瞳をかげらせた。

「国を守る準備だけは・・・おこたるわけにはいかないからな。」


「そういえば・・・その時、皇子様いなかったなあ・・・。そういう時には必ず同席するお方だと思ってたけど。」


 じっと見つめてくる男のその視線にギクリとして、ギルは、「あ、ほら今にも買ってくれそうなお客がきてるよ。俺はもう少し考えさせてくれ。」と、別人らしく言った。


「どうぞ、ごゆっくり。」

 男は愛想よく返事をすると、その客の対応に回った。

「いらっしゃい。お客さん、かなり使えそうですねえ。競技に出るんですかい?」


 ギルは、矢が仕掛けられたままになっている、先ほどの弓を手に取った。実際にそうしてみるとたちまち興味が湧いてきて、ギルはいろんな方向にそれを構えては、少年のように微笑ほほえんでいた。


 だがその表情は、構えた先にふと人だかりを見つけるなり、真顔に戻った。一本でたたずむトチノキの下・・・そこに、何やら小さな人だかりができている。


 弓を手にしたまま、ギルは好奇心で近付いて行った。


 すると、そうする間にも見て取れたことが二つ。集まっているのは男ばかりであることと、その理由である。一目瞭然(りょうぜん)だった。男たちが取り囲んでいるのは一人の踊り子で、亜麻色あまいろの長い髪がよく似合う美女なのである。目のめるような美女だ。


 ギルは思わず立ち止まり、目をぱちくりさせた。心の中で、何かがはじけたような気がした。


 ギルには、旅に出るにあたって、その理由のほかに一つ期待していたことがある。それは、理想の女性とめぐり合うこと。そして面食いになれば、彼女の容貌ようぼうは文句なしにタイプだ。だがそれ以上に、気の強そうなところがひときわ魅力的に映った。分かりやすいやきもちを焼いてくれそうな感じがいいと思った。なにしろギルが求めている理想の恋人とは、自分のいいなりにならず、時には喧嘩ができる、素直に愛情を見せてくれる、そんな可愛い女性ひとなのである。


 なぜ気が強そうだ・・・と思ったかは、その彼女が実際に今、目の前でぎゃあぎゃあと怒り散らしているからだ。


 そんな様子のおかしさに気付くと、ギルは小走りに駆けだした。







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