三つの選択肢
あのあと今後の行路を話し合った彼らは、明朝、出発することに決めた。
次の目的地は、ここから一番近いイオという村にした。だが、来た道とは逆方向だ。こうして調子よく次々と仲間を見つけることができたカイルの希望で、ほかの仲間にも会えるかもしれないというただの予感から、迂回路をとったのである。
今夜は、明るい月夜だ。月光が射し込む穏やかな川の水音と、木々のざわめき、そしてフクロウの声があいまって聞こえてくる。
しかしリューイは、そのどれも聞いてはいなかった。川のほとりに聳え立つ大木の枝に腰掛けているが。この時、そんなリューイの心を和ませているものは、海の神の使徒が宿ると言われた、青い宝石。ただ、それを眺めている瞳はどこか陰りを帯びている。
金色の前髪をさわさわと揺らしている夜風は、心にまで吹き付けてきた。リューイはもの寂しくなって、目を閉じた。
リューイ、これがかあちゃんだ。
「かあさん・・・。」
リューイは切ない声でつぶやいた。
今のリューイの耳には、周りの自然の音は何も届いてはいない。
リューイは、「お前は母親によく似てきた。」というロブの言葉をもとに、見た事もない―― 記憶に無い ―― 母親像を思い描くことがあった。そして、今もそうだった。
そんな様子を、幹の穴から顔を出した二匹のリスが気にして見ている。野生の動物の中には、リューイの心に敏感に反応するものがいた。それらは、リューイの純真無垢な心をすぐに感じ取るばかりでなく、彼の体の奥底から立ち昇る神々《こうごう》しい光に気付いて、彼を守ろうとしたり、彼に従おうとしたりするのである。まだ野獣と格闘できる力もなかった幼いリューイが危険な密林で生きてこられたのは、ロブの優れた能力とそして、それゆえだった。
リューイは、ぱっと目を開けた。気配がし、足音が近づいてくる・・・真下を通るようだ。リューイは腰を捻って振り向いた。
レッドだった。両手をズボンのポケットに突っ込み、うな垂れて歩いてくる。
その姿が、リューイにはどこか思いつめた感じにも見えた。すると、一つ思い当たった。誘拐した ―― 形になっているだろう ―― ミーアのことだ。
実のところ、それ以上に別のことで悩まされていたレッドは、苦悩するあまり、ため息を止めることができずにいた。最悪だ・・・と。
この時、イヴの治癒力の尊さについて、レッドは改めて考えていた。人の心を穏やかにし、体の抵抗力を高め、苦痛を和らげてやることのできるその力・・・異性と契れば消えて無くなるという、特別な力のことを (※1)。そして、誰かと愛し合えば究極の選択を迫られるはずのそれを、きっぱり捨てても構わないと言った、あの日の彼女のことを思い出していた。その覚悟と思いに、じゅうぶん応えてやれない男なんかのために、だ。
レッドは、ちくしょう・・・と、ぼやいた。
だから裏切ってまで突き放したというのに・・・。なんで俺と彼女なんだ? それも、あんなふうに知り合わせるなんて、神やら運命ってやつは何て意地が悪い・・・と、レッドはまた心の中でさんざん文句をぶつけた。
だが・・・いくら気が乗らなくても、実感が無くても、実際、その通りに事態は動いている。このまま成り行きのままに彼女と再会して、勝手な神の筋書き ―― 宿命 ―― に従うことになるのだろうか。
まだ本当に間に合うならば、選択肢は三つ。
一つ目は、それでもまた彼女から逃げること。二つ目は、大義名分と誇りを捨てて彼女を受け入れること。そして三つ目、彼女と一緒になったとしても、あくまでその能力を大切にし続けること。
だがレッドにとって二つ目は恐ろしく、三つ目にはどうしても自信が持てない。そうすると、いつかまた別れがやってきて、またあの苦い経験を味わうことになる。それどころか、それが分かっているだけに一緒にいればいるだけ辛くなる。考えだすと不安になり始める。胸が締まる・・・。
(※1)『アルタクティスzero』 ― 「外伝2 ミナルシア神殿の修道女」