一件落着。そして・・・
リューイの右手が動いて、そばに転がっている小石をさりげなく掴んでいた。そしてそのことに、ほかの三人も気付いた。
気配はある所まで来ると、そこで息を潜めてじっとした。
そう確信すると、レッドはやや声をあげて言った。
「じゃあ、今後の行き先を決めようか。カイル、地図を出してくれ。」
カイルが機転がきかずにいると、ギルが調子を合わせた。
「俺たちのものを出そう。実は旅慣れていないもんで、少し値は張ったが、なかなかに詳しく書かれているものを購入してきた。」
「へえ、ちょっと見せてくれ。」
「ああ、いいとも。」
気になるそこを目がけて、リューイは素早く振りかぶった。斜め後ろだ。
「ぎゃっ。」という、獣じみた短い悲鳴が上がった。
「命中。」と、レッド。
すると、藪の陰から何かが急いで立ち去る物音が。
「あ、逃げた。」
カイルが言った。
その時にはもう、リューイの姿は無かった。空腹の野獣さながら、リューイは飛ぶように追いかけて行ったのである。そして、ものの数秒で戻ってきたリューイの右手には、中肉中背のやや老いた男が一人、引っかかっていた。ドラ猫のように捕まっているその男は、肩越しにおずおずとリューイを見上げている。
「この人!」と、カイルが今さら驚いたように言った。「マデラスランの王様に仕えてる人だよ!」
同じく、ギルもその男を知っている。
立ち上がったレッドは、いよいよ睨みを利かせて男と向かい合った。ミーアをひどい目に遭わせたその男には、たっぷりと恨みがある。
「お前か、いろいろと妙な奴らを仕向けてくれたのは。危うく死なせるとこだったろうが。」
そんなレッドの様子を見たカイルは、ハッとした。そして頭の中に三つの言葉が一度に浮かんだ。
レッド、大地の神、砂嵐・・・。
「もしかしてっ。」
急にカイルが大声を出した。
どうしたのかと、一同カイルに注目。
「レッド・・・もしかして、あの時、砂嵐が起こる前に、何か強く思ったことない? 神に祈るとか願うとか。」
「祈るとか、願うとか?」
「そう、何か感情がこうカッと昂るような気持ちにならなかった?」
「ああ・・・文句なら言ったな。」
「文句?」
レッドはミーアに目を向ける。
「こいつの命から先に奪うつもりかって。」
「それを神様に向かって言ったの? 心の中で。」
「思いっきりな。」
恐れ多い発言ばかりのレッドに呆れながらも、この時カイルは、恐怖に駆られずにはいられなかった。
「レッドだよ・・・。あの砂嵐は、僕が起こしたものじゃない。その精霊石に潜んでいるのは、神々の使徒。一時的に目覚めたレッドの中の大地の神の力が、きっとそれらを刺激して、僕の呪力に少し乗っかってきちゃったんだ。それで、強力な精霊がいっきに集まってきて、あの砂嵐を起こした・・・。」
その場にいなかったギルとエミリオは知らない出来事だが、二人とも、これまでの話から推測はできた。
「ダメだ・・・僕じゃあ。とても使役しきれない・・・。」
そんな独り言を漏らして、カイルはゆっくりと首を向けた。風の神の血を受け継いだ者、神々の中心であるという、彼に。
そのエミリオの耳に、今の微かな独り言は届いていた。エミリオは、少年の〝畏れ〟る眼差しを、ただ黙って受け止めた。
一方そのあいだ、ひと一人を引っ提げたままのリューイは、話が終わるのを待ちながらイライラしている。
「おいこら、こいつを忘れてやいないか⁉ どうする気もないなら、捨ててくるぞっ。」
「忘れてねえ。」
レッドは男をまた睨みつけ、剣を引き抜くと、刃先を男の顎の下に当ててドスを利かせる。
「さあ、ただじゃあ済まさねえぞ。ちょっと痛い目に遭ってもらおうか。」
ミーアがあわてたようにレッドの上着をつかんだ。
レッドがわきを見下ろすと、ミーアはひどく不安そうに首を横に振っている。
レッドは「本気じゃないよ。」というように頬を緩めてみせ、少女の頭を撫でた。
男の方はもはや声も出せず、歯をガチガチいわせている。
「手強い用心棒がもう二人増えたと報告しに帰れ。分かったな。」
強くうなずいてみせた男は、ひどく情けのないその表情一つで命乞いをしていた。
レッドが剣を引くと、今度はリューイも男の喉に左手を回して、「またやったら、首の骨へし折るぞ。」と脅しかけた。
男は顔中に冷や汗を滲ませ、リューイの恐ろしい目から逸らしている視線を、べつのところへひたすら向けている。こんな状況でも、やはり・・・どうしても気になることがあって。今そこにいる・・・アルバドル帝国の皇太子・・・ギルベルト皇子にあまりにも似ている青年のことが。
「ギ、ギルベルト皇 ―― ?」
「お前が欲しいのは、俺でなくこっちだろ。」
ギルはわざと粗野な口調で、カイルを指差しながら別人のふりをしてみせた。
リューイは、男の尻を思いきり蹴飛ばした。男はまた獣じみた悲鳴を上げて茂みの中に転がり、あとはもう、ひいひい言いながら去って行った。
その悲鳴は、あっと言う間に遠ざかっていく。
レッドは胸の前に両腕を組んで、大きく息を吐き出した。
「一件落着かな・・・とりあえずは。」
そこで、不意にギルが声をかけてきた。
「話を全く関係のないところへ戻して申し訳ないが・・・。」と。
レッドが何かと思い首を向けた時、ギルの視線はミーアの顔に。
「その子は改名でもしたのか? 俺の記憶では確か・・・。」
レッドの顔が、しまった・・・というふうになる。
レッドはリューイと目を見合った。
リューイは苦笑いを浮かべながら頷きかけ、レッドも苦笑して頷き返した。彼らになら・・・。
そうして、レッドは話し始めた。ミーアとの出会いから、その少女を失踪させるに至った訳を。そんな真実を淡々と説明した。
すると、ギルが声をたてて笑いだした。
「あんたも大胆だな、小公女をかっさらってくるとは。」