冒険をありがとう
ささやかなあの追悼式を最後に、もう再会することも無くなった彼ら。だが、それぞれの胸に克明に刻まれた思い出だけは、いつまでも色褪せることはなかった。
持病により亡くなったセシリアの兄のあとを継いで、ロザナリア王国の君主に即位したエミリオは、セシリアと共に舌を巻くような善政を行い、臣民の誰からも愛される偉大な王としてあり続けた。
そしてセシリアは、エオルア王子を連れて街へ出掛けては、あの宝石の欠片のような旅の中で学んだ、人々の様々な姿を教えて回った。
エミリオは息子に、よく自分の知識や嘘のようなあの冒険譚を語ってやったりはしたが、息子を自分と同じように肉体的に鍛え上げるということはなかった。
ギルの営む牧場は、確かな管理体制を徹底して質のよい馬を次々と育て上げ、その名が方々に知れ渡るようにまでなったものの、たいして事業を拡大することもなく、一家は気楽で安定した生活を送っていた。
ギルはその一方で、かつて自分が父親にそうされたように、息子のラルクに自分が身に付けた武芸の全てを熱心に叩き込んでいた。理由は・・・やはり、〝彼が男だから。〟という、当時は父親にそう言われて呆気にとられたもの。
シャナイアもまた、娘のラターシャに踊りは教えたが、剣術は止めておいた。
そして今でも、ギルと国王ディオマルクとの友情は続いている。
リューイは、メイリンと友獣たちと一緒に、相変わらず密林で暢気に暮らしていたが、メイリンのおかげで無知なリューイは知らずと助けられており、かつて師匠であるロブがしていたように、珍しい植物や薬草を売ることも覚えた。
ところがそんなある日、みなしごの男児をメイリンが連れて帰ってきたことから、二人の生活は一変する。
そしてリューイは、成長したその男の子に、リューイが最初で最後の継承者になるだろうとロブも諦めていたはずの武術を教え込むことになる。
イヴは、レッドが守り抜いた癒しの能力が健在であったため、彼への永遠の愛を誓い、エマカトラ(修道女の長)となって再び神殿に籠った。
カイルは霊能力がさらに強まり、ある時、ついに精霊使いから神精術師へと成長を遂げた。祖父であるテオの死後、占いから医療に関することまでそのあとを立派に引き継いでいたカイルは、今では人々から敬われる落ち着いた紳士になったそう。
そして、もう一人・・・。
「公女様、ドアーノ王国よりモーリス第二王子殿下がお見えになりましたが。」
「今、参ります。」
窓辺に立って海を眺めていたその美しい娘は、ドアを振り返っていい加減に答えた。しみじみと思い出に耽っていたところを、邪魔されたからだ。彼女には、度々そうして昔を懐かしむ癖がついていた。
彼女は再び外に目を向けると、そこから離れる様子もなく窓辺に頬杖をついて、かつて一緒に旅をした仲間たち全員の名前を口にした。度々そうして口ずさんでいるので、ひとときも忘れたことなどなかった。
彼女は穏やかにほほ笑んで、そっと目を閉じた。
だが、しきりに聞こえている波の音や、カモメの鳴き声に耳を傾けているわけではない。彼女が耳を澄ましてこの時聞いていたのは、まだとても幼かった頃の記憶。夢のような日々を過ごしたあの頃、人を思いやることを教えてくれ、たくさんの優しさをくれた仲間たちの声だった。
今でもはっきりと耳に残っている、あの懐かしい声・・・。
〝よくおやすみ。〟
〝どした、元気ないじゃないか。〟
その声はいつも様々に交錯したが、最後に聞こえてくる声だけはいつも同じだ。決まっていつも、彼の慈しみに溢れた言葉だった。
〝今のお前なら、人の痛みや苦しみを分かってやれる・・・。〟
こうしていると必ず、連想されて多くの宝の欠片がよみがえってくる。彼女にとっては別世界のような風景が広がる場所を次々と巡り、なかなかできない体験を重ねたこと。そして、楽しいだけでなく怖い思いもし、様々な人の喜びと悲しみを知り、たくさんの苦しみや辛さを教えられたことが。
その旅はまさに、彼が考えていた以上の、心と体の大冒険と呼べるものになった。
彼女は徐に瞼を上げていき、吸い込まれそうな青空を見上げながらやっと腰を伸ばした。
すると、雲ひとつ無いその澄みきった空に、大好きだった彼らの顔が、あの頃の記憶のままに浮かび上がった。
この思い出は一生、私の一番の宝物。とても幼い頃にできた形の無い宝物だけど、ひとつも失いたくないから・・・。
「私も、いつも思い出してる。旅の仲間たちのこと、そして、一緒に過ごした日々のことを。みんな・・・冒険をありがとう。」
やがて仲間たちの笑顔は、少しずつ空の青に滲んで消えた。
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