追悼式
暮れなずむ薄暗い光に包まれて、かつてレッドが肌身離さず身につけていた赤い布を胸の前で握り締めたイヴと、その隣にカイルが佇んでいた。
二人の目の前には、遺品である二本の剣が、まだ埋められていない状態で墓穴に収められている。
墓石に刻まれてある名前は・・・レドリー・カーフェイ。
ここは、エヴァロンの森。
そして、レッドの墓の隣には、もう一つ同じように遺品が埋められている墓がある。その墓石の裏には文字が刻まれていた。
〝テリー 俺はあんたの分まで戦うと誓う レッド〟と。
生前はレッドも度々ここへ来て、自分が置いたその墓に・・・先輩であるその男、テリーにいろいろと語りかけて報告をしたり、誓ったりしていたものだった。
レッドの遺品である剣のうち一本は、もともとこのテリーのものである。そして、レッドが剣同様にいつも身つけていた武器がもう一つ、ナイフが仕込まれた腕に装備するベルトがあったが、それをイヴは受け取っていなかった。レッドに救われ、スエヴィと共にその最期を見届けたゼノが、レッドがそうだったように、やはり精神的に耐えられなくなる寸前でいたため、スエヴィが形見にと手渡したからである。
それからというもの、懺悔のために礼拝堂へ通い詰めているというゼノの様子を知ったイヴは、このままではいけないとゼノに会いに行き、励ますために、レッドとテリーのことを語って聞かせていた。
ひたすらレッドの剣を見つめていたイヴは、不意に背後から肩に手を置かれて、瞳を翳らせたまま振り向いた。
リューイだった。
若い頃から端整なその顔に、少し年を取って渋さが加わっていた。隣にはメイリンもいて、二人は黒豹を連れていたが当然キースではない。当時、キースは力強く逞しかったが、すでに高齢であったはず。妙に落ち着いていたのも、そのせいかもしれない。
「こいつはキーオ。キースの孫だ。キースも・・・とっくに逝っちまった。」
そう報告するリューイの声は、未だやりきれないというような湿りを帯びていた。
それからは互いにかける言葉を見つけられずにいると、彼らの右手から馬の蹄の音が聞こえてきた。
その場にいる者たちは、反射的にそろって目を向ける。
すると、木立の光と影の中を二頭の馬がやって来るのが見えた。それらが近付いて来るにつれて、一頭にはギルとシャナイア、そしてもう一頭の背の低い馬には、その二人にどこか似ている少年と少女が乗っているのが分かった。
家族はそばに馬を止めて、すでに集まっている者たちのもとへと静かに歩み寄って行った。
何年も汗と土にまみれて牧場を営んできたギルからは、もうすっかり皇族の雰囲気は抜け落ちていた。四十を過ぎたその顔は依然として二枚目ではあったが、色気よりも精悍さがより面に表れた父親らしい顔つきになっている。
ギルは、少年と少女を手招いて自分の前に立たせた。
「俺たちの子供だ。」と、ギルもまた悲しみ冷めやらぬ声で息子たちを紹介した。
少年はラルクと、そして少女はラターシャと名乗って、礼儀正しく彼らに挨拶をした。瞳の色は逆だったが、凛とした目元のラルクは母親似、人懐っこさと大人顔負けの色っぽさもある容貌のラターシャは、父親似に見える。
「イヴ・・・。」
無理に作り笑って子供たちに応えてくれたイヴに、シャナイアはそっと声をかけた。だがそのあとはどう言葉を続ければいいのか分からず、ただ口籠もったままイヴの様子をうかがった。
そんなシャナイアにイヴはまた儚げな微笑を返して、レッドの墓に目を向ける。
「アイアスを目指している教え子を庇って・・・。」と、イヴは小さな声で告げた。
仲間たちの胸に、どっと痛切感が押し寄せた。
それと共に、ギルやリューイ、そしてカイルには、二本の剣を縦横無尽に振るいながら戦う無敵の戦士・・・記憶の中のレッドが見えた。彼らは歯を食いしばったり、目を伏せたりしてそれに耐えた。
「そう・・・彼の先輩と同じね。」と、やがてシャナイアは言った。
今、その目には当時のレッドの姿が浮かび上がり、声が聞こえていた。それは、後輩に命を助けられたシャナイアが、そのことでひどく悔やんで落ち込んだ夜の出来事。
シャナイアはやっと言葉を続けた。
「レッドが言っていたわ。救われた命が、その人よりも劣るようなら許されないことだって。悩まされたこともあったみたいだけど、その想いは確かに、彼がいつでもより強く正しくいられる原動力になっていたと思う。だから、彼に救われたその人の中でも、彼はきっといい意味で生き続けるわ。レッドの中に、彼の先輩がいつもいたように。」
しばらく沈黙が覆った。
そうして誰もが言葉もなく佇んでいると、不意に今度は、白い立派な馬車と数人の騎士がやってくるのが見えた。その馬車は、ここからはやや離れた場所に見える舗装されている道から来て、停まった。
御者の男がうやうやしく開けたドアから、まず、背の高い男性が降りてきた。そのあと優雅な物腰で女性が降りてきたが、その手は続いて姿を現した一人の少年と繋がっている。