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訃報



 魔の軍勢によって荒廃したエドリースの国々は目覚しい速さで復興し、それぞれの国は、他国の動きに注意を払いながらも、静かに防衛態勢を守り続けていた。


 ところが、次第に大陸はまた乱れ始め、悪党が世にはばかり、再び国と国との争いも起こるようになってしまった。


人の世とは悲しいことにそう上手くはいかず、何がきっかけとなったのか水面下で動いていた国が本性を現すと、やられる前に、奪われる前にと飛び火して紛争が勃発。徐々に広がっていった。


 そして・・・アイアスの宿命が、彼をまた苛酷な戦場へと呼び戻す。


 彼らの間にやがて音沙汰も無くなり、それぞれが安定した生活を送っていた・・・ある日のことだった。


 レッドと再び肩を並べて戦った戦場から、スエヴィだけが戻ったのである。


 スエヴィは苦渋に満ちた表情でイヴのもとを訪れ、喜んで玄関を開けた彼女に、持ち主がいなくなったあるものを無言のまま恐る恐る差し出した。


 それは、二つの剣と赤い布。


 レッドは、彼も認める才能や人格を備え、自分もアイアスになると意気込んでいた有望な傭兵を庇って、戦死したのだという・・・。


 実はこの傭兵、レッドとはゆかり深い人物だった。


 ヴェネッサの孤児院で育ったゼノである。


 子供の頃にレッドに稽古けいこをつけてもらった彼ら少年たちの中で、成長して実際に戦士になったのは、このゼノとヴァルの二人。ゼノは最も運動神経がよく、ヴァルは呑み込みが早いとレッドも認めていた。


 そして、ヴェルロードスの決戦のあとヴェネッサに戻ったレッドは、再びこの少年たちと関わっていたが、彼らが大人になり孤児院を出ると、食べることが好きだったティムは料理人の道を選び、頭の良いアレックは薬剤師を目指し、子供好きのロビンはそのまま孤児院で働き、そして、ゼノとヴァルは戦士養成訓練所に入所した。


 いつもならヴァルと行動を共にするゼノだったが、レッドが試験官を務めるのに合わせてアイアスの試験を受けたいと、その前に戦場へ向かおうとしていたレッドとスエヴィに付いて行ったのである。


 それだけに悔やみきれないゼノは魂を抜かれたようになってしまい、そのため、まるでレッドに頼まれたかのように動いたスエヴィに引っ張られるようにして、ひとまずヴェネッサの町まで連れ戻された・・・が、やはりとても合わせる顔が無いと言い、それで、イヴのもとへはスエヴィ一人で訪れることになったのだ。


 アイアスの死は、それが分かれば必ず組織の方へ連絡がいく。


 アイアンギルス史上最年少合格者、レドリー・カーフェイ・・・戦死。


 だが、彼が力尽きるまでのその死に様は壮絶で、尊敬に値するものだった。レッドは、普通なら動けないような深い傷を負いながらも、戦が終わる最後まで力強く剣を振るい続けたのだという。そして、副隊長を務めていたスエヴィがレッドに言われた通りに行動を起こし、結局は隊を勝利へと導くことができたのだが・・・その直後、突然ドサリと倒れ込んだレッドは、かたわらで泣きわめいているゼノの声に過去の自分を重ね見て、人の心配をしながら、スエヴィの腕の中で静かに息を引き取った。


 この男だけは絶対に死なない・・・。


 そう強く信じていたスエヴィは、ともすればその鋭い瞳をまた見ることができそうなほど安らかなレッドの顔に、何度も何度も呼びかけた。だが、次第に血の気が失せてゆくそれが死に顔なのだと思い知らされると、もはや固く閉ざされたレッドのその目を呆然と見つめ、二度とそれは叶わないのだと理解して黙った。


 その時スエヴィは、深い悲しみからくる凄まじい脱力感に、長い間立ち上がることすらできなかった。


 震える両手でレッドの遺品を胸に抱いた途端、イヴは気を失うようによろめきくずおれた。


 ひどく乱れた嗚咽おえつが聞こえ始める・・・。


 スエヴィは、そんなイヴの前に腰を落として静かに膝をついた。肩を激しく震わせて、まともに息もできないでいる見るに忍びない体を支えてやろうと。だが一一。


 歯を食いしばり両手を大きく動かしていたスエヴィは、気づけばイヴの背中を抱き寄せていた。自身もまた、この悲しみをどうにかしたいという衝動に耐えきれず。


 そうして慰め合う二人の目の前に、景色は違えど様々な姿の彼が現れる。それは、それぞれが彼と過ごした思い出の数々。


 イヴは、あふれ出す恋しさにたまらず彼を求めた。匂い、温もり、それを感じたくて、握りしめている赤い布に夢中で顔を摺り寄せる。


 そうして狂おしいほど息をしゃくり上げながら、イヴはやがて疲れ果て涙が涸れるまで咽び泣いた・・・。













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