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大聖堂の挙式



 ロザナリア王国は、各地で異常な盛り上がりを見せていた。


 間もなく、セシリア王女と、王室騎士団長 エミリオ・フォードの婚儀が執り行われようとしているからである。


 これにより、エミリオはエミリオ・フォード・バレル・ロザナリアという名を得て、セシリアは、セシリア・ロワンナ・バレル・ロザナリアから、セシリア・フォード・バレル・ロザナリアという名に変わることになる。


 すっかり元の活気と美しさを取り戻した王都イシリアーダ。挙式の舞台となる壮麗な大聖堂も、魔物と成り果てた者たちに中を滅茶苦茶に荒らされてはいたものの、それも見事に復元され、主祭壇の後ろの壁に垂れ下がっている水色の布には、大理石で新たに作り直された女神像が掛けられている。


 入口の上部にはひときわ目を引く大きなステンドグラスのバラ窓があり、そこから祭壇の手前まで続いている高いリブヴォールト天井の下の席には、懐かしい顔ぶれも集まっていた。


 ただ、ミーアの姿だけがなかった・・・。


 かつての旅仲間はそれをさほど不思議がることもなく、どうしても都合をつけられなかったのだろうと勝手に推測して、残念に思うばかりだった。


 見事の一言に尽きる壁面や柱の華麗な彫刻模様。その上の奥にあるドーム屋根には採光用の窓が設けられており、そこから降り注ぐ柔らかい光が、新郎新婦が並んで立つ場所を計算されたかのように神秘的な空間にしている。


 そこにはすでに、由緒ある白いマントを金の留め具で肩にかけている美貌の男がいた。


 かつてはエルファラム帝国の皇子であり、その高い地位や名誉を全て失ってただの青年となり、やがてロザナリア王国の王室騎士団長となって、この日また最高階級の高位貴族に戻る運命にある男・・・エミリオである。


 一行は係の者に案内されるままに参列したものの、ひどく落ち着かず気が引けてならなかった。なぜなら、彼らの席は左右に列を成すベンチ椅子の、どういうわけか右の最前列だからだ。


 親族同然の待遇で迎えられたので、一般的に考えればそうなるか・・・と考えているギルも、だがさすがに恐れ多いにも程があるぞと、すぐ目の前で新婦を待って突っ立っているその男に、どういうつもりかとずっと問いたい思いでいる。が、左向かいの席には王家一族がズラリとそろい、後ろには生真面目そうな顔つきの王室騎士団員や軍の上官、元老院議員といった権力者が大勢並んでいるので、この神聖で厳かな空気の中で、無礼な馴れ馴れしい行動を起こすわけにもいかない。


 エミリオは仲間たちを見てほほ笑んだが、その笑顔があまりにも恐れ多いもののように見えて、レッドやシャナイアなどはまともに笑顔を返すことができなかった。


 きらびやかな礼服姿があまりにハマリ過ぎている今のエミリオは、男でも見惚れるほどに美しく、しかも凛々《りり》しい。彼のその、どこからどうみても高貴な皇子そのものの姿が、かつて方々で噂された英雄、大帝国エルファラムの第一皇子を彷彿ほうふつさせるからである。それは、彼と対等に平然と旅をしていたことが、今さらながら怖くもなるほどに完璧だった。彼らが見慣れているのは、共に旅をしていた時のそれなりに着こなしていた庶民の姿で、ほとんど自然のままの髪型だったのだから。ただ、その髪だけは、かつて長髪だったエルファラムの皇子であった頃とは違い、さらに共に旅をしていた時よりもすっきりと整えられていた。


 誰もが心を浄めて待つ完全な静寂の中、やがてゆっくりと扉が開いて式が始まり、純白のドレスをまとった花嫁が参列席の後ろに現れる。


 聖なる儀式であるので、新婦を飾る宝飾品に、見た目に派手なものは一つも無い。しかしその実、ひかえめな大きさのパールの首飾りは、由緒ある伝統の一級品であり、床にまで伸びて清楚に広がっているドレスも王家に代々伝わる衣装だ。一見では分かり辛いが、それには一流の職人が細心の注意を払い、じっくりと時間をかけて仕上げた芸術的な刺繍ししゅうが施されている。


 セシリア王女は、それよりもさらに長いベールを持ち上げてくれる少女と共に、一歩、一歩、ゆっくりと、50メートルにも及ぶ身廊を進む。


 輝くブロンドの髪は優美にまとめられ、やや伏し目に歩く、透き通るベールに覆われたその顔は、まさに絶世の美姫と呼ばれるにふさわしい。改めて信じられない美しさだと、不器用で少し天然な彼女のことも知るかつての旅仲間以上に、この国の宰相など高い地位にある参列客たちは、みな目を奪われて息を呑んだ。そのため、左右からは長い吐息だけでなく、思わず漏らす密やかなざわめきも起こった。 


「セシリア、とても綺麗・・・。」


 うっとりとそう呟いたメイリンだけでなく、同じ思いで、シャナイアやイヴもため息を止めることが出来ずにいる。


「ミーアにも見せてやりたかったな。あいつ、元気にしているだろうか・・・。」


 そう胸の内で呟いたレッドの耳に、自分を呼び戻そうと必死になって叫び続けていた、またあの日の悲痛なミーアの声が聞こえてきた。


 レッドは一人肩を落として項垂うなだれた。


 やがて新婦が一行の目の前にさしかかった —— ちょうどその時。


 誰もが主役に心まで奪われていたのと、その後ろに隠れていたこともあり気にもしなかったのだが、そこで、視線を一人下に向けているレッド以外は、連中の誰もがほぼ同時に気付いた。










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