漸く結ばれた二人
その後、エドリース地方に壊滅的な被害をもたらした魔の軍勢の襲来と、それらを阻止し、大陸を守らんと戦ったモルドドゥーロ大公国での未曾有の大合戦の真実・・・エミリオという一人の若者の活躍や、アルタクティスについては限られた者たちの中だけにとどめられたので、あくまでその戦争についてだけが、公になった。
すると大陸中で、なんと人々はたちまちこれを信じた。
その時に起こった様々な超常現象、つまり、空や海の異常な変色という不気味なものから、そのあとの色鮮やかな彩雲や全てを覆う白光、さらには空から舞い降りて来た色とりどりの光の粒など神秘的なものまで、どれも信じ難い驚愕の出来事だというのに、多くの者が同時にこれらを目撃していたからである。
そして、ようやく生きるか死ぬかの瀬戸際にいたことを理解した東の国々は、この二大大国が中心となった連合軍の正義に感謝し、その影響を受けて、優秀な人材の派遣や救援物資などによりエドリース地方復興のため国境を越えて協力した。
また、戦禍に見舞われたエドリースの各地も、それを素直に受け入れると目をみはる速さで国を立て直し始めた。
そうして、魔の軍勢と勇敢に戦ったアルバドル・エルファラムの連合軍、そして、ダルアバスとモルドドゥーロの防衛部隊、伝説の戦士アイアンギルスがそろって率いた傭兵部隊は、その想像しただけでも身震いする勇姿と共に、方々で讃えられた。
ただ・・・野獣軍団についてだけは、曖昧に報じられた。
護衛につけた腕のたつ騎士が全滅したというのに、たった一人でセシリア王女を無事に国まで送り届けてみせたエミリオは、王女を見事守り抜いた英雄としてたちまち国中で賞賛され、軍の半数を失い荒廃して暗く沈んでいたロザナリア王国に光をもたらした。
そうして功績を讃えられたエミリオは、身元も分からない謎の青年―― なにか不幸があり記憶喪失という設定 ―― であるにもかかわらず、望み通りにすぐ(エミリオ・フォードという偽名で)住民権を得ることができたどころか騎士号を叙勲され、すでに手馴れたようである指導力、またズバ抜けた剣術の腕などに才能を認められると、異例の速さで遂には王室騎士団長の座にのぼりつめた。
エミリオとセシリアの関係は、しばらくは王女と護衛騎士というきっちりとした上下関係を保っていたが、そうしながら互いに意識せずにはいられない日々を送っていた。
するとそのうち、もどかしさが限界になる。
彼の温もりを忘れられないセシリアの方が、その切ない日々に耐え切れなくなり、シャナイアの言葉を思い出して思いきった行動に出たのだ。
セシリアは侍女たちに手伝ってもらい、騎士団長 ―― つまりエミリオと人目につかない場所での逢引きを図ったのである。
見つかればエミリオは死を、そしてセシリアは、彼が厳罰に処されるなら死をもって庇う覚悟で、二人はただ抱き合って接吻を交わすだけのささやかなそれを繰り返した。
ところが、二人のそんな不安はとんだ取り越し苦労に終わる。
とうとうその関係が知られてしまったある日、王はあっさりと二人の仲を認めるどころか、内心手を叩いて喜んだのだ。
なぜなら、王太子であるセシリアの兄は、重い持病のせいで独身のままいつ果てるとも知れぬ儚い命。継承順位に性別は問われないので、現国王の第二子であるセシリアが女王となることも有り得るが、穏やかで気弱なその娘には、人の上に立てる度胸や器量が微塵もない。そうすると、それを支えることのできる頼もしい王配の存在が必要となってくる。
そろそろ考えてもいいお年頃だというのに、これという人物が見つからず、それなりの貴族の中から適当に選ぶ気にもなれずに、王は密かに悩んでいた。そして、フォード卿のような知性と人徳にあふれ、しかも強く逞しく、人柄でも申し分のない完璧な好青年が高位貴族の中にいれば・・・と、もはや都合のよい妄想と変わらないことを何となく思っていた、そんな中でのことだったのである。
フォード卿なら、二人が愛し合っているというそれだけで、臣民の誰もが納得するだろう。なにしろ、国が絶望的な状態だったあの最中に、彼はただ一人で王女と共に現れた英雄なのだから。
そう考えた王は、突然閃いたように思いついたのだった。それにふさわしければ、例え家柄や身の上が謎の青年でも構わない。国は一度滅び、新しく生まれ変わったも同然なのだから、その時は法も改正し、いっそのこと王位を継がせようと。
こうして、大陸は国と国との衝突のない穏やかで平和な時代を迎え、荒ぶる精霊の気配もなく、淡々と時が流れていった。