贈る言葉
セシリアは驚いて彼を見上げ、ちょうど思わず反応したエミリオとぴったり視線が絡み合った。不意をつかれた二人は、言葉もなくただ目を見合う。
そして、人の恋心などには呆れるほど鈍感なレッドやリューイ、そしてカイルも仰天してあんぐりと口を開けていた。イヴやメイリンは、そんな三人にこそ「嘘でしょ。」という目を向けている。これまで何かと寄り添っていた二人を見ていれば分かるでしょうと。
「セシリア、エミリオと一緒になれるよう陛下を説得すべきよ。大丈夫、できるわ。だって、エミリオはあなたの命の恩人だもの。こんなに勇敢で優しくてあなたのこと大切にできる人、この大陸のどこを探したって他にいないわよ。これこそ、あなたの運命だわ。そして私たちも。だから私は、石の力に引き寄せられただけなんて思わない。」
パッと視線を逸らして下を向いたセシリアに、シャナイアは自分のことのように懸命になってさらに言い募った。
「エミリオ、やはりお前は埋もれるべきじゃない。お前の才能が認められることを祈ってる。」
あとに続けたギルのその口調はシャナイアに比べると静かだったが、その想いは切々たるものだ。
それにただ複雑な微笑を返したエミリオに、ギルは真剣な眼差しと声を変えることなく続ける。
「もし辛い思いをしたら・・・決して諦めず懸命になっている俺のことを考えてくれ。俺はこれから、きっとたくさん失敗して、落胆して、苦悩すると思う。だから俺も、お前のことを思い出して励みにする。俺たちは永遠に親友だからな。」
「ああ。私も、君に負けずに前を向く。この旅の中で、君たちと深め合ってきた絆は永遠だ。」
「そうだ。」
いつも思い出していよう・・・旅の仲間たちのこと。そして、共に過ごした日々のことを。二人の言葉に誰もが強く共感して、そう胸に誓った。
「君と、最初に出会えてよかった・・・。」
ギルを見つめるその目には、並々ならぬ感謝の念が込められていた。
似たような環境で育ってきた彼だからこそ話せることも、理解してもらえることも多々あった。彼が共にいてくれたからこそ、今までに無い生活に戸惑うことも、途方に暮れることもなかった。
そうして・・・彼といつしか親友になれた。
親友・・・初めは馴染みの無い言葉で、実際よく分からなくもあった。だが彼のおかげで、その真の意味と素晴らしさを知った。
そして、もう一つ尊いもの・・・仲間。
絶望、不安、孤独、罪悪感、虚しさ・・・それらに苦しめられずに過ごせる時間も持てたのは、彼らの底抜けに明るい笑顔のおかげだ。
そうして、順ぐりに目を向けたエミリオは、短く単純な言葉ながら、ありったけの想いを込めて伝えた。
「君たちに出会えて本当によかった。ありがとう。」
もう何に苛まれることもない、エミリオのそんな爽やかな顔を見ることができると、仲間たちはホッとして笑顔を返したり、ニヤッと笑って強くうなずき返したりした。
そしてこの時、エミリオと同じように過去を振り返っている者がもう一人。
リューイ・ウェスト。
実名はルーウィン・アーヴァン・ウェストという彼は、本来、伯爵家の御曹司だ。しかし悲運により赤ん坊の姿で密林へと逃れ、そこでロブという武術の達人に育てられた。彼のもとで、リューイは超人的に成長した。ほかに人気のないその秘境の地で。ゆえにロブはリューイにとって唯一の家族だったが、産みの親を大きく上回る歳を重ねた老体は、孫とも息子ともいえる愛する者に、すでに迎えていた死を唐突に知らせることとなった。
リューイはふと、レッドに目を向けた。
あの時・・・気がどうかして壊れることもなかったのは、さりげない素振りで優しく抱き寄せてくれたレッドの肩を借りて、落ち着けるまで涙を流すことができたからだ。そして、仲間たちが待っている、心配する・・・すべきことがある。そう思うと立ち直ることができ、さらに冷静になって考えてみることもできたのである。ロブとの約束を果たさなければならない、自分を越えなければならない・・・と。
「いろんな出会いがあったな。俺はレッドが最初だった。覚えてるか。」
「ああ。お前はミーアを助けてくれたんだっけ。」
レッドはそう答えて口元を緩めたが、どこか寂しそうな表情になった。
「あの時は驚いたが、今思うとあれくらいのことで驚いていた自分がおかしいよ。お前は本当にとんでもないヤツだった。お前のような相棒は、もうできないだろうな。最高だった。」
「俺もだ。口喧嘩も楽しかったぜ。レッド・・・」
リューイは、これからまた傭兵稼業に戻りゆくこの親友の目を、いつになく真剣な眼差しでとらえた。
「殺られるんじゃねえぞ。」
「テリーと、これからはお前にも誓って。」
エドリース全域が悲惨に荒廃した今、恐らく以前のような働き口はなく、とりあえずは東で警備や訓練所の教官をするなど、極めて危険が少ない仕事ばかりになるだろうとレッドは考えていたが、リューイの恐ろしく当たる嫌な予感が、それを言わせずにはいられなかったのである。
「怖い目にばっかり遭ってたけど、楽しかったなあ・・・。」
カイルが不意につぶやいた。
これまでの様々な出来事が、おのおのの目に実際に見えるように浮かび上がる。
まずは出会いから。そして、レッドやリューイは、次に、バルカ・サリ砂漠で初めて呪術による戦いをカイルに見せられたことを思い出した。
そしてそれは、次第に共通の思い出へと展開していく。
多くの土地を渡り歩き、そうして絆を深め合ってきた彼ら。次々と思い出が通り過ぎていく中、みなの胸に最後に残ったのは、思い切り笑い合うことがあった時の、これ以上ない仲間たちの、そんな笑顔・・・。
「ああほんとに・・・楽しかった・・・。」
うつむき加減でそう呟いたリューイは、思いきったように顔を上げると、森の相棒を見下ろした。
「キース・・・帰ろうか。じいさんのところへ。」
「カイル、ついでに面倒みてやるよ。俺もしばらくは、そのままヴェネッサにいることになりそうだ。」
レッドが言った。
「ああよかった。なんか僕だけ浮いてたから、いちおうその言葉待ってたんだよね。」
「リューイかレッド、ディオマルクとの約束があるから仔馬はやれないが、よければ馬車を使ってくれ。」
「いいよ。その馬車引いてるヤツ、その仔馬の親だろう?」と、リューイ。
「俺も気持ちだけもらっておく。シャナイアが扱えるなら、両親もちゃんと連れて行ってやってくれ。」
「そうか・・・悪いな。」
突然、沈黙が落ちた。
さよなら・・・誰が最初にそう言い出すかと、みなが互いの様子をうかがいながら目を見合ったからだ。
そしてしばらくすると、レッドがついに言った。
「どこかで、また。」と。
すると、ギルが応じた。
「ああ、またな。」
「また会おう。」と、エミリオ。
「うん、じゃあまた!」と、カイル。
「またね!」と、シャナイア。
そうして一人一人と笑顔で握手を交し合い、リューイは最後にレッドと高く手を打ち合って、背中を向けた。
「じゃあ、またな!」
そのまま潔く去って行ったリューイのあとに、メイリンも振り返って手を振りながらついて行き、それを長く見届けることなく、ほかの者もそれぞれの方向へと散って行った。
彼らは、別々に歩きだした。