それぞれの道へ
彼らは、オルフェ海を臨むことができる海岸にいた。
一面鮮やかなグラデーションで彩られている夕焼け空のもと、しばらくは誰も何も言わずに、そんな空や海を肩を並べて眺めていた。一様に、本来ならため息が出るほど美しいその夕焼け景色や、打ち寄せてくるさざ波の音が、いくらか心をなだめてくれはしないかと期待したが、それらは残念ながら、誰もが感じている同じ切なさを紛らせてくれるまでには至らない。
やがてカイルは、海を見るのを止めて、視線をエミリオの横顔に向けた。ずっと、エミリオに一つ言っておきたいことがあったのである。
「エミリオ・・・あのさ・・・。」
エミリオも、隣にいるカイルを見下ろした。
「なんだい。」
この瞬間、ほかの者もみな二人に注目した。この場で何を言い出すつもりだろうと。
「その・・・おじいさんがさ・・・、たぶん・・・霊能力が落ちてるって。それも精霊使い並みに。」
カイルは、やや躊躇いがちに告げた。
「そのような気はするな、感覚的に。私のオーラも、あのあと見えなくなったしね。」
エミリオは、それを少しも残念だと思わない様子で言葉を続けた。
「私は、霊能力が落ちたからオーラが見えなくなったのではなく、私からもオルセイディウスが去っていったために、それが消えたのだとは思った。だが同時に、霊能力が落ちたような感覚も確かにあったんだ。何か体に変化が起きたような・・・そんな感じには気付いていた。」
「ということは・・・。」と、レッド。
エミリオはうなずいた。
「私にはもう、術を使うことはできないということだな。私は、神精術の呪文しか知らないからね。」
「去って行った・・・か。なるほど。」
そう呟いたギルは、一つ話したいことがあって用意していた巾着袋から、中に入れていたもの十個全てを取り出した。ギルは、エミリオに両手を借りてそれらを広げてみせた。どれもこれも、何の変哲もないただの石ころのように見える。
「エミリオが倒れていた場所にあったものだ。見覚えがあるだろう。もともと怪しく輝いていた俺たちのそれに間違いないだろうと、とりあえず持ち歩いていたが・・・これをどうする?」
「・・・と、言われても・・・どれがどれだか分からないのがあるよ・・・。」
カイルが言った。
それらは、これまで彼らを導いてきた神秘なる力の抜け殻・・・もはやそうと呼べるものではなくなってしまった精霊石だが、加工してある状態で渡したもの以外は、どれも形が微妙に違うだけとなってしまっている。無論、エミリオの剣に細工してあったオルセイディウスの精霊石もただの石ころと化してしまったため、エミリオはとっくに取り外して個人的に持っていた。
「私はもともとアクセサリーだったから、それに特別な想いとかあったわけじゃないし。だから・・・べつに手放してもいいんだけど・・・。」
そう答えながら、シャナイアはリューイの顔をうかがう。
同じ思いで、ほかの者たちもそっと気遣いながらリューイの表情をのぞき見た。
それを形見としていた者は、エミリオ、レッド、メイリン、そしてリューイだ。エミリオのものは別にしていたし、レッドは形見となるものを他にも持っている。メイリンのものも、帯留めの紐がついたままであるので分かる。
しかしリューイのものは・・・。
思い出どころか母の温もりさえも記憶にないリューイにとっては、息を引き取った時に母が身につけていたというそれには、形見以上のかけがえのない価値があったはず。なのに、ギルやレッド、シャナイア、それにミーアのものと一緒になってしまい、いまいち見分けがつかなかった。
するとリューイは、そんな仲間たちに屈託ない笑顔を見せると、こう言った。
「俺は、もうずっと母さんのそばで暮らしていくことにしたから・・・いいんだ。」
「メイリンは?」
カイルがきいた。
「一緒だよ。」
「彼と・・・ずっと森で暮らして行くことにしたの。」
メイリンも、あえて密林とは言わずにそう答えた。
「よく決心ついたわね。」と、シャナイアは驚くよりも感心したような声。
「あの動物たち、皆とても利口でおとなしかったから・・・大丈夫かなって。」
「なるほどね・・・。」
リューイの子分とも言えるあれら猛獣の働きぶりのよさを思えば、シャナイアも納得である。
これをきっかけに言わずにはいられなくなったギルは、視線をレッドへ向けた。
「お前は、いや、お前たちは・・・これでもう、完全に終わっちまうのか。」
ギルの予想に反して、レッドは少しもうろたえはしなかった。 レッドは、イヴと目を見合って、堂々と答えた。
「イヴが、本来もう退院を迎えてて・・・俺たち、一緒になることにしたよ。」
「帰ったら、一人の退院式が待ってるの。」
そう続けたイヴの声も落ち着いている。
「けど、俺はアイアスであり続けるし、彼女の力を奪うつもりもない。」
確かな声できっぱりとそう宣言したレッドの度胸に感心しつつも、ギルは内心憐れに思えてならなかった。それを貫き通すことがどれほど苛酷で、男としては想像を絶する忍耐力がいることは、ギルにも理解できるところだ。だがそれでも、互いに互いが必要だと強く信じて、レッドがさんざん悩み抜いた末に覚悟を決めたのなら、もう何も言うことなどなかった。
「そっちこそ、このあとシャナイアとどこに落ち着くつもりだ。」
逆に今度は、レッドがそう問い返した。
「彼女の親戚が経営している農場の近くに、土地を買おうと思っている。何しろ経営のことも一から勉強だからな。それに慣れている知り合いが近くにいてくれる方が学びやすいだろうと思って。彼女の提案なんだ。」
旅の最初の方で通ってきたその土地のことを、旅の最初の方から関わっていた者たちはしみじみと思い出した。だだっ広い緑豊かな土地で、確かに、そこには管理の行き届いた綺麗な農場や果樹園があった。
さらに彼らは自然と想像していた。ぐるりと木の柵が張り巡らされているそこで、ギルの育てた多くの馬がのたりのたりと草を食んでいる・・・そんなのどかな光景を。
「ああ、あのニルスの近くの。確かにいい環境だったな。」
目に浮かぶそんなイメージを見つめながら、ほほ笑みを浮かべてレッドは言った。
「ギル、ついに君の夢が叶うんだな。何かと困難もつきものだろうが、君ならできると信じている。彼女と幸せに。」
心からのエールをくれるエミリオに、ギルの方は後ろめたさの残る笑みになる…。
「エミリオ・・・エドリースがあのようになった以上、このまますぐにロザナリアへ向かうつもりだろうが・・・本当に一人でいいのか。」
エミリオは微笑して、うなずいた。
「エミリオは・・・それからどうするの。」
カイルがきいた。
その質問の答えは、もうそれを聞いて知っているギル以外の誰もが気になるところである。
注目する仲間たち。
即答するエミリオ。その表情には不安も迷いもない。
「私はそのまま、彼女の国で静かに暮らそうと思っている。私にできることは戦うことと楽を奏でることだから、それが認められる何らかの仕事を探そうと思う。」
なるほど・・・と思い、仲間たちはいくらかほっと胸を撫で下ろした。
同時に、これを聞いたシャナイアはセシリアの想いをどうしても後押しせずにはいられなくなってしまった。こうなるといつものことで、躊躇する前にもう口に出している。
「ねえセシリア、もう一度言うわ。好きなら何もしないで諦めたりなんてしないで。エミリオのこと・・・愛しているんでしょう?」
するとたちまち、セシリアの顔が火を噴いた。セシリアは驚くよりも、焦って真っ赤になってしまったのである。
そしてこの暴露発言には、隣にいたエミリオも唖然とした顔。
そこへ、ここぞとばかりにギルが一一。
「お前も言ったよな。」