誘拐の裁き
赤い壁で構築された城トルクメイ・ブランダウア城に、大変な騒ぎが起こった。
小公女様が無事に帰国したということで急遽祝宴を開く予定が立てられ、あわただしく使用たちが駆け回りだしたのである。
そしてミーアは、公爵たち・・・つまり両親に会うために連れて行かれ、ほかの者は豪華な控えの間へと執事に案内された。
ミーアは旅仲間たちから引き離されて行く時、ひどく寂しそうな顔で何度も振り返り、それを仲間たちもみな同じ心境で見送った。中でも、やはりレッドとミーアは、まるで無理やり引き裂かれる恋人同士のように顔を見合っていた。
そのレッドは内心、この待遇に戸惑いを感じてもいた。犯罪行為をすれば、事件が起きた国の法ややり方に則って裁かれる。公爵令嬢をいわば誘拐したことで何らかの刑罰は与えられて当然であり、受ける覚悟も決めていた。
レッドは、手紙を出すことが可能な国では、その都度ミーアの様子をしたため、同時に厳罰を受ける覚悟があることを確かに伝えてきた。
最後に出したのは、傭兵部隊を引き連れて城塞ヴェルロードスへ向かう直前のダルアバス王国からだった。なぜこれほどの長期に及んだのかの事情は一切記さず、ただミーアの元気な姿だけを書き表してきた。
可愛い盛りのひとの子を連れ去り、親の喜びや楽しみを、取り返しのきかない貴重な日々を奪った罪。国にとって宝である小公女様を連れ回し、外の世界の危険にさらした罪は重い。
なのにこの歓迎のされようには、レッドはかえって腑に落ちず恐れ多くてならなかった。
やがて一行は、壁面の装飾タイルが見事な広々とした部屋へ通された。そこには、トルクメイ公ローガンと妻のエルーラ公爵夫人、そして、綺麗なドレスに身を包んだ愛くるしいミーア公女がいた。
旅をして間もない頃には、シャナイアにすっぱりと切ってもらい少年のように短くなっていたミーアの髪も、今ではもうすっかり元の長さに戻っていた。その髪を綺麗に結い合わして華やかな髪飾りで留め、足首まである上質のドレスを着せてもらってはいても、ミーアはひどく項垂れてしょんぼりとしている。
その高貴な姿からは、膝上までの短いワンピース姿で裸足のまま無邪気に草原を駆け回っていた・・・きゃっきゃと楽しそうな笑い声を上げて川の浅瀬ではしゃいでいた・・・そんな快活な少女の面影は悲しくなるほど無くなっていた。まるで別人・・・と、仲間の誰もが顔を曇らせた。
そして同時に、エミリオやギルは、この待遇のよさから一時はホッと胸を撫で下ろしたものの、レッドの性格を考えると、その懸念をすっかり拭いきることはできなかった。
そのギルは、もう何年も顔を会わせていないとはいえ公爵のローガンを知っているだけに、同じほど背丈がある長身のエミリオの後ろに、わざと隠れるようにして立っている。城に入ってからというもの、ギルはすれ違う使用人にもまじまじと顔を見られないよう、ずっと何らかの方法でさりげなく誤魔化していた。
彼らが入室してきた時には、友好的な印象を示すように椅子から立ち上がって迎えた公爵。そして再び腰を下ろすと、やや恰幅がいいガタイから自然と威厳が溢れ出すが、穏やかな表情でレッドに言った。
「カーフェイ殿、そなたには娘が大変世話になった。みなにも礼を言おう。今宵の祝宴では、遠慮なく存分に楽しんでもらいたい。」
一人で前へ出たレッドは、サッとひざまずいた。
「閣下・・・私は厳罰に処されるべき大それた罪を犯しました。それを償う覚悟で公女様を連れて戻ったのです。どうか・・・ただちに私を拘置所へ。」
それを聞いたイヴは誰よりも驚いて愕然としたが、その時素早く動いたミーアの行動にも、仲間たちは目をみはった。
なんとまだ6歳だというのにこの状況を察し、父であるローガンの前へあわてて回り込むと、少しは記憶にあるのだろう不完全だが高貴な口調で、必死になってこう言ったのである。
「違うの、お父様!私が勝手なことをしました!私が無理に付いて行って、帰りたくないって言ったの!だから、悪いのは私なのです!」
娘のその目を見つめ返して、ローガンはほほ笑みながらうなずいた。そして、レッドには大きく首を振って返した。
「カーフェイ殿、その必要はない。スエヴィ・ブレンダンから、すでに連絡は受けていた。一度目は二年前に、娘が元気で、日々自己啓発に励んでいると。そして数週間前にも。娘が、もうすぐ元気で帰ってくるとな。」
これを聞くなり、レッドは驚いて絶句した。
自身は何一つとして真実を伝えることも、それを他の理由で誤魔化すこともしはしなかったが、〝できるか馬鹿やろう!〟以前、そう激怒していたはずのスエヴィの方は、どうやら上手く適当な事情を説明してくれていたらしい。
「そなたの腕と、以前の我が国での働きぶりを、私はよく存じている。私は、そなたに娘を託したのだ。そなたなら、娘の人間性をうまく育むことができると信じて。この国の真の意味での平和を保ち続けるためには、この自己啓発の旅は娘には必要だったと私は思っている・・・思ったより長くて、少々寂しかったがな。妻と共に。」
そう言ってエルーラと苦笑を交し合ったローガンは、その顔をそのままレッドに向けた。
「そなたがくれる手紙を楽しみに、安心して待たせてもらった。ありがとう。」
「閣下・・・。」
「さあ、今宵は祝いと感謝の宴だ。」
レッドは下唇を噛み・・・そして立ち上がった。
「では・・・そのおもてなしをお受けするわけにも参りません。どうかお許しください、私は行きます。今・・・。」
きっぱりと淀みのない声でそう言ったレッドを、ローガンは真っ直ぐに見つめ返して黙った。少し長い時間が過ぎた。そのあいだ彼・・・その伝説の剣士の真剣でかたくなな眼差しには一点の迷いもなく・・・。
やがて、ローガンは頷いてそれを許したのだった。
レッドは、一度だけミーアを見た。それから姿勢を正し、向き直って公爵に深く頭を下げた。
レッドは、すみやかに背中を返した。