ウェディング・ベル
澄み切った快晴の空が広がる爽やかな朝。吹きそよぐ心地良い風に心が和む、永遠の愛を誓い合うには絶好の日和。
というのは、モルドドゥーロ大公国の閑静な田舎にある草原の教会にて、この日、結婚式が執り行なわれようとしているのである。
ギルとシャナイア、二人の挙式だ。
式は教会の前の青空の下で挙げられ、そこにはたくさんの人が集まっていた。この教会では、夫婦となる主役の二人が了承すれば誰でも好きに参列して、一緒に祝うことができる。よって多くの参列客がいるのは、ギルもシャナイアもむしろありがたいと快諾したからである。
ディオマルクも二人の結婚式にぜひとも参列したいということで、数人の従者も一緒に、庶民階級の慶事用スタイルに変装していた。ディオマルクはそれが気に入り、かつてのギルのように悪癖がつきそうだと言って、従者たちを困らせていた。
そして仲間もみな、結婚式の参列客らしい服装に着替えているが、ミーアのために用意されたドレスは、腰に大きなリボンがついた、この少女には懐かしい感じもするお上品な黄色いワンピースである。
何よりも、主役の二人。
皇族のそれと比べれば当然遥かに質は劣るし、華やかさにも欠ける・・・はずが、その礼服姿が見事に様になっている新郎、つまりギルの美貌や気品が、衣装の格を見劣りしないまでに引き上げている。
しかしそれ以上に、新婦のシャナイア。素敵な刺繍で縁取られている腰までのベールと、エンパイアラインの真っ白いドレスを身につけた彼女は、ひときわ輝いていた。裾に広がりのない本来素朴なデザインを、肩が露出するタイプということもあって、彼女の豊満な胸を適度に強調する大人のドレスにしている。
ちなみに、シャナイアが軽く握り締めているピンクと白バラのキャスケードブーケは、芸術的なセンスがある森の少女メイリンが手掛けたもの。
ただ、本来なら皇太子の妻となる妃の衣装には、やはりとうてい及ばない。それでもシャナイアはじゅうぶんに美しいドレスとネックレスを用意してもらい、身に着けていた。綺麗に編み込まれて一つにまとめている亜麻色の長い髪を飾っているのも、宝石のティアラなどではなく生花だが、その姿は、きらびやかに着飾った王女や王妃にも全く引けをとらないどころか、美の女神にも勝ると思わせるほど。おかげで、シャナイアについてはとっくに女を感じなくなっていたレッドでさえ呆けたように見惚れ、誰もが息を呑んだ。
彼女のそんな姿に誰よりも参っているのは、言うまでもなくギルだ。ギルは人一倍、そういうキラキラした女性に見慣れているはず。なのにギルは、そんなシャナイアを見て、「なんて可憐で可愛らしくて素敵で魅力的で美しいんだ・・・!」と、褒め言葉の全てを心の中で叫びながら、今にも彼女を抱きすくめてキスをしたいという衝動を抑えるのに必死になっていた。
そのため神父が、夫婦となる者たちがこの先どうあるべきかというお決まりの文句を、さも己の名言であるかのような口調で述べているのも、失礼ながらろくすっぽ聞いてはいなかった。ギルは、うずうずしていた。
やがて話を終えた神父が、まずギルに向かってこう言った。
「誓いますか。」と。
すると、答える代わりかシャナイアの方を向いたギルは、なんと勝手にベールをまくり上げたかと思うと、いきなり彼女の腰を引き寄せてディープ・キス。シャナイアは驚いてブーケを落としてしまい、だが人目を気にせず、二人は少々刺激的な接吻を早くも交し合ったのである。
「ありえない・・・。」
カイルはひいた。
「返事を・・・忘れているな。」
エミリオが真面目につぶやいた。
「シャナイアも飛ばされましたわ。」と、セシリア。
「誓いますかって新婦にも確認するわよね・・・。」と、メイリンも唖然。
「でも、もういいんじゃないかしら。」
くすくすと笑い声を漏らして、イヴはほほ笑まし気に見つめている。
ディオマルクがやれやれと腰に両手を当て、「ギルベルトめ、皇子の名を捨ててからやりたい放題ではないか・・・。」
「誰か注意しろよ・・・。」と、レッドはあわててミーアに目隠し。
「あれ下手すると鼻と鼻がぶつかるんだぜ。」
レッドはただ無言でリューイに目を向けた。
仲間たちがそう呆れ、戸惑っているそのあいだも見せつけるような接吻を止められない二人の目に、次々と浮かび上がるたくさんの思い出たち。
イオの大祭で出会った彼は、紳士的でありながら人懐っこい笑顔が魅力的な美青年だと思った。だけどその正体は大国の皇太子・・・好きになってはならない人・・・そう自分に言い聞かせた。なのに結局、その想いを止めることはできなくて・・・あの日、とうとう告白してしまった。その時、彼も好きだと言ってくれたけれど、いつまでも彼が分からず不安で仕方がなかった。
でも今は、あの時の彼の言葉を素直に嬉しいと感じ、それを思い出せば、どんな口説き文句よりも素敵に胸に響いてくる。
〝だが・・・愛してるなんて伝えたのは、たった一人だからな。〟
初めて見た彼女は、踊り子だった。そして同時に、女戦士でもあった。目の醒めるような美女で、とにかく魅力的だった。だが、知らずと気にはなっていたものの、どういう感情なのかよく分からなくもあった。それが彼女を失いかけて、はっきりと気付いた。そしてあの日、俺は初めて満足いくまで解放的な夜を過ごすことができた。その行為に対してひどく飢えていた心を、彼女が満たしてくれたからだ。
分かりやすい やきもちを焼き、腹が立てば遠慮なく怒りだす。なんて愛おしく、それでいて強くて優しく、おまけに美しい。夢に描くような理想の女性と今日一緒になれること、それは生涯一番の幸運だろう。
そうして、出会いから愛を告白し合った夜のことまでが、互いの脳裏を忙しなく鮮明に掠め過ぎていった。
一方、神父は、ギルのその突拍子もない行動のおかげで式次第の順序が狂ってしまい、そんな二人を前にしておろおろしている。
「あの・・・誓いの接吻は、もう少しあとの方で・・・」
「誓います!」
ギルとシャナイアは、神父の顔を見て元気よく声をそろえた。
神父は、呆れたため息をつきながらもうなずくしかなくなってしまった。
「・・・よろしい。」
そうして手っ取り早く式が済むと、参列客がみな、ウェディングベルが吊り下げられてある場所までの道を作るために移動した。そのあいだに、イヴやメイリン、そしてセシリアが、準備していた籠の中の花びらを、集まってくれた人々に配り始める。籠を丸ごと一つしっかりと確保して、レッドに肩車をしてもらっているミーアは遊び感覚だったが、そこにいる誰もが心からの祝福を込めて、二人のために色とりどりの花びらを高く振り撒いた。
豪華絢爛として派手な式にばかり出席していたギルは、この自然の中での優しくて温かい雰囲気と、そして遠慮なくありのまま喜べる自由に至福を感じ、感極まる思いでいた。
そのせいか、何の前触れもなくシャナイアをひょいと掬い上げたギル。並みの男性ほど身長がある彼女を軽々と腕に抱いたまま、フラワーシャワーと飛び交う祝辞の中を通り抜けた。
誓いと幸福の鐘の下に立った二人は、共に子供のような満面の笑顔で人々に一礼し、そこから溢れ出す喜びは、門出を祝して拍手を送っている周りの者たちをも幸せにした。
そして、それを象徴する鐘の音が、野花が彩る緑の草原に鳴り響いた。