祝い
プロポーズの成功を本人の口から知らされたディオマルクは、ある日の夜、もうすっかり暗い時間だというのに、その親友を森の散策へと連れ出した。ギルとシャナイアの二人が、このモルドドゥーロ大公国の教会で式を挙げると決めたため、そのまま一緒に滞在していた間のことである。実は、そう勧めたのはディオマルクだった。せっかくなので、仲間たちにも祝ってもらうといいと言って。用意ができるまでの時間稼ぎのためだ。
明るい月夜に、かすかに聞こえてくる波の音。海岸へと続く一本道は、数日前のあの想像を絶する大戦争と現象が嘘のように安らかである。
そんな居心地のよい森の中を、たいして会話もなく並んで馬を歩かせる二人。
すると、不意にランプの灯りが見えた。ギルが目を凝らしてみると、そこには一台の停車している馬車が。
ギルは、隣にいるディオマルクをうかがう。
笑みを浮かべたディオマルクは、無言で一つうなずいた。
ギルは、ある予感を抱きながら近づいて行く。
御者台から降りてきた男性は、やはりダルアバス王室に仕える騎士団の制服を着ていた。
ギルをここへと連れてきたディオマルクは、馬から下りて、その馬車の前に立った。
「祝いだ。」と言いながら、馬車に手を向けるディオマルク。
あまりに早い用意のしように驚いたものの、ギルは笑顔で素直に礼を言い、その馬車を眺めた。
それは王家仕様の豪華絢爛としたものではなく、頑丈で立派ではあるが、よく見かけられる一般的な幌馬車だった。ディオマルクが気を利かせたのである。しかし、さすがに一味違うのは、使用されている生地は雨にも強く、馬に至るまで全てが上質というワンランク上の優れもの。
ただ一つ気になるのは、三頭もいる馬車馬のうち、真ん中に繋がれているのは、どういうわけかまだ幼い仔馬だ。
首をひねって考え始めたギルに、ディオマルクは言った。
「この仔馬の両親は左右にいる。ほかにも適当な数を用意しておく。あとは自分で増やすのだな。今のそなたには、これが一番だろうと思うたのだ。祝いとして贈ることになると、予想はしていた。」
「そなたの直感には、まこと頭が下がる。」
ギルは、シャナイアへの特別な想いに気付かされたことなどを思い出して、苦笑した。
「落ち着ける場所が決まったら、無論、その知らせはくれるのだろうな、ギルベルト。」
ギルは返事を躊躇い、視線を落とした。
正直、尽きない不安のせいで全く自信は無かった。夢を実現させる・・・慣れない環境や暮らしの中で、それを一から始める先に待ち構えているのは、想像を遥かに超える、逃げ出したくなるような苦労と困難の連続かもしれない。覚悟は決めたつもりだ・・・が、実際、意気込みだけが先走って、空回りしている感じなのは否めなかった。
そんないつになく弱気な姿を見せられたディオマルクは、特大のため息をついてみせる。
「それと・・・。」と、控えている護衛騎士に、手のひらを見せただけの合図をしたディオマルクは、うやうやしくその手に乗せられた布包みを、そのままギルに差し出したのである。
それを見た時、ギルはまさかと思った。
「ディオマルク。」
そうだという返事の代わりに、ディオマルクはまた軽くうなずいてみせた。
やはり・・・金塊に違いない。
「叱られるかとも思うたが・・・祝儀だ。何事を起こすにも資金とやらがいるのだろう?気持ちだけはなど、そなたらしくもない。必ず成功させろ。」
しかしギルは躊躇した。馬はありがたく受け取ったが、ここまでお膳立てしてもらっては、さすがに自分のためにならないのではないか・・・という妙な不安のせいだ。
「けっこう重いのだが。」
そういうところは真面目なギルベルトに、呆れたように超高額な祝い金を突きつけるディオマルク。重いのは本当なのだから、早く受け取ってくれないと腕が鍛えられてしょうがない。
そうされてやっと、ギルは観念したように微笑を返した。
「・・・ありがとう。」
「成長したその仔馬と、そなたが育て上げた立派な馬をいただきに会いに行かせてもらうぞ。」
ギルの胸に熱いものがこみ上げ、気付いた時にはディオマルクの肩や背中に腕を回していた。
そしてディオマルクも、もう昔のような付き合いは二度と出来ぬのだな・・・と思い、その寂しさを紛らわせるように抱きしめ返した。