輪廻の旅
エミリオは、三日三晩意識を絶ったままだった。
いよいよ不安になり始めた仲間たちは、沈鬱な顔をそろえて食堂に集まっていた。
ただ、その中にセシリアだけがいない。
「無理やり食事をとらせる以外は、ずっとよ。」
イヴがため息をついて言った。
「何かと頼りにしてたみたいだからなあ・・・エミリオのこと。」と、レッド。
その言葉に、ギルもシャナイアも何か言ってやりたい気持ちになったが、あえて止めておいた。
やがて彼らは、二人の様子をみにいこうと次々と腰を上げた。
セシリアはその通り、みなが心配していることにも気付かず、この三日間ただひたすら意識が戻らないエミリオの顔だけを見つめ続けていた。
目を覚まして・・・心の中で何度もそう呼びかけながら。
シンとして、動きのない無機質な部屋の中・・・。
もともと廃屋の、この城館に降り注ぐ朝日を浴びた彼の顔は、白く、安らかで・・・とても儚く見えた。
不安と切なさにたまらなくなり、セシリアはそろそろと手を伸ばして、少しやつれたようにも見える彼の頬に触れてみる。
すると・・・眉間に一瞬、ぴくりと皺が寄ったように見えた。
驚いて、思わずセシリアは手を引っ込める。それから少し顔を近づけてじっと様子を見ていると、確かに震えている・・・彼の瞼が。まるで宙をさ迷う魂が戻り切れずに身悶えているようで、セシリアはもう一度、彼の頬に手を添えた。そうしながら、お願い気付いてと、また心の中で懸命に声を掛け続けた・・・。
エミリオは、夢を見ていた。
とても長い夢だった。
それには、二つの世界があった。
一つはずいぶん古い時代のもので、その中で、エミリオは漆黒の髪の術使いや、剣を巧みに操る戦士などに出会った。彼らがディオネスやアルザスなどの、生まれ変わる以前の自分たちの姿なのだということに、ひと目で気付いた。
そしてそこを抜けると、今度は、もう一つの全く知らない不思議な世界にたどり着いた。宝石を散りばめたように眩い高層の建物や、そのほか奇妙で珍しい形の建築物。人々の奇抜な服装。だが、その中の戦士らしき者たちが手にしている武器など、馴染み深い面影が残るものも、その世界に多々見られた。
その中で、エミリオは一つの出会いに直面した。
だがエミリオは、それをただそばで見ているだけだった。
それは旅人ふうの、若くて逞しい二人の男の出会い。
「俺の名はフェイス。」
「俺はルークだ、よろしくな。」
彼らがそうして名乗り合い握手を交すと、エミリオはこれにハッとした。
たちまち胸騒ぎに襲われ、懸念の思いに眉をひそめる。
だが、次に無性に恐ろしくなったその時、急に辺りが真っ暗になり、気付けばそこは荒寥たる夜の砂漠。
今、自身に起きていることも分からないままに佇んでいたエミリオは、我に返ると、とにかく出口を求めてただひたすら彷徨い歩いた。そして、飢えと寒さで倒れそうになりながらも、、一歩一歩と無理やり踏みだしていると、不意にぬくもりを感じたのである。
やっと光を見つけた・・・。
おもむろに瞳を開けたエミリオは、驚きと安堵が一緒になった顔で呆然と見つめてくるセシリアの方へ、のろのろと顔を向けた。最初は視界がぼやけていてよく見えなかったが、彼女のその表情がはっきりしてくると、エミリオは疲れたような笑みを浮かべた。
「またずっと・・・そばにいてくれたのかい。」
セシリアは、なぜか頷くことができなかった。込み上げる涙で瞳を潤ませたまま、まじまじと彼を見つめて固まっている。
それを見つめ返すエミリオの顔は、悲しげにゆがんだ。
「ああ・・・まただ。」
エミリオは酷くだるい体をゆっくりと起こして、そうっと腕を伸ばした。涙が零れそうになっているセシリアの目尻に優しく指先を押し当て、流れ落ちるのを止めようとしたのである。
だが無駄だった・・・突然あふれだしたその涙は、もうポタポタと顎から滴り落ちてどうにもしてやれそうにないほど。
エミリオはため息をついた。
「私は君を泣かせてばかり —— 」
そして声を詰まらせた。
急に動いたセシリアが、自分の胸に勢いよく飛び込んできたからだ。
「よかった・・・。」
思わずエミリオの背中に両手をまわしていたセシリアは今、彼のことが愛しくてたまらないと思い、涙と一緒にあふれ出したその感情に初めて素直になれた。
そして、とっさに受け止めたエミリオもまた、愛情を込めて強く抱きしめ返さずにはいられなかった。
「君のおかげで戻ってくることができた。セシリア・・・ありがとう。」
彼女の頭を自分の胸に押し付けて、エミリオは切々とささやいた。
その時、部屋のドアのところには、そんな二人の姿を偶然目撃した者たちが。
エミリオは気付いていたので、ギルと目が合うとどこか照れくさそうな —— ギルにはそのように見えた —— 表情を浮かべた。
彼らは入室するのを止めてそのままドアを閉じたあと、ただ笑みを交し合っただけで、思い思いに散って行った。