大陸を包み込む奇跡
「うっ・・・!? 」
ギルは目も眩む強烈な光の一撃を食らって、たたらを踏んだ。
そしてリューイもシャナイアもまた、眩しさにたまらず腕や手で目を覆った。ジェラールもディオマルクも、誰もがみな同じ理由で固く瞼を閉じていた。
それは、海の方角にいくつもの光の筋を確認して間もなくのことだった。
城塞の上で呆然と、信じがたいその暗がりに輝く七色のカーテンや、他にも起こった不思議な現象に見入っていると、頭上の群雲もまた有り得ないほど色鮮やかな彩雲に変わっていたのである。そしてアッと思った一瞬、目をつぶされそうな閃光が空一面に炸裂したのだ。
誰もがその時、これこそ大陸の滅亡を決定づける予兆のような恐ろしさを覚えた。現にそう思った者も少なくはない。この大戦争に臨んだ者はみな、これは大陸の命運を賭けた戦いだと知らされている。
その中でリューイは、「まただ・・・! 」と声にせず叫んでいた。
いきなり目の前が真っ白になり、視界から全てが消える。そしてそのあと、狂った精霊たちによる恐ろしい現象が起き、無秩序な状態に陥った。そう、ジュノンの森の王宮での出来事である。その時はカイルが起こしたことだったが、今度は何が・・・。
その時のことを思い出して不安で仕方がない中、目を開けられない時間は長く続いた。その間どうすることもできず、そこらじゅうに響いている絶叫にただ身を竦ませる。その凄まじい悲鳴は、全て敵のもの・・・敵の・・・そうであるよう祈りながら。
やがてそれもおさまり、だが、思いきるには少し時間と勇気がいった。
大陸はどうなったのか・・・。
痛みは感じなかったが、果たして自分は生きているのか・・・。
ふと気づけば、柔らかい風が吹いている。
「リューイ・・・目を開けてみろ。」
ギルの声がした。
リューイはやっと、恐る恐る瞼を上げていった。
そして、声もなく口も開けた。
目の前が、いや、目を向ける全てが、現実のものとは思えない世界に変わっているのである。
その優しい風は四方から吹いていた。
穏やかな風が、いつまでも止むことなく吹いていた。
周りにいる人間、そして、妖魔同然と成り果てた者たち、それに眼下の大地にいる多くの歩兵や騎兵、さらには遠くの山の尾根まで全てが、雲の隙間から筋となって零れ落ちた光の中にあるように、白くぼやけて見えていた。
そこに、淡い黄色や赤や青のチラチラキラキラと輝くものが、まるで爛漫の桜が散らす花びら、あるいは綿雪さながらに空から舞い降り続けている。
そうしながらゆっくりと落ちてきたものが、倒れている者たちの上にふわりと降り注いで消えていった。
「きっと・・・今、大陸中がこの光景に包まれている。」
ギルが言った。
「・・・奇跡。」
ジェラールは、夢とも現実ともつかない顔をしている。
「これが、アルタクティス伝説の真相。」
ディオマルクが呟いた。
「いったい、なぜこんなことが。」
ジェラールが言った。
「・・・エミリオだ。あいつが今、起こしているんだ・・・この全てを。」
「まさか・・・神の域だ。」
「ああ・・・。」
ギルは、そう頷いただけだった。
もはや西も東もない。
この奇跡の光景は、エミリオが・・・風の神が呼び覚ました全ての神々の力が、完全な形で現れたものだろう。それが渾然一体となったこの幻想的な白光に、今、大陸全土がすっぽりと呑みこまれている。
悪鬼に取り憑かれた世界を、丸ごと浄化するために・・・。
それを感じながら降りかかるものを快く体に受けて、ギルはそこに佇んだ。
レッドとスエヴィは、肩を並べてそれを見ていた。
それは少しずつゆっくりと消えていき、澄み渡っていった。そして、意識があるまま夢の世界から現実に返ったように、今は雲が晴れた青空の下にいる。
大地の亀裂も元通り無くなっていた。
ふと首をめぐらしてみると、立っているのは味方ばかりで、敵は全滅している・・・いや、そうではなかった。レッドがそばで突っ伏している一人を仰向けにしてみると、その男の顔は蒼白ではあったが確かに人の肌の色に戻っており、脈も息もあった。どうやら戦いで殺されなかった者は、みな命をとられることなく本来の人間の姿に戻ることができたらしい・・・と、レッドは思うと同時にハッと気づいた。
「エミリオ・・・。」
レッドは、まだ隣で呆然としているスエヴィを置いたまま、あわてて城塞へと駆け戻った。
レッドが仲間たちのもとへと駆けつけてみると、景色だけは穏やかになった中で、この世のものとは思えない戦闘と現象を思い出し、多くの者が動きだす気力もなくその場に佇むか、ぐったりと座り込んでいた。
シャナイアたち女戦士の中に、立っていられる者は一人もいなかった。
ディオマルクとジェラールは、まだ信じられないというように海の方角を見つめ、ギルとリューイは、終わったとばかりに言葉もなく顔を見合っている。
「おい!」
「レッド・・・。」
リューイが最初に首を向けた。
「皆、無事か。」
「ああ、俺たちは。」
そこへカイルやイヴ、そしてメイリンが駆けてくるのが見えた。それからやや遅れて、ミーアと手をつないだセシリアもやってきた。テオの姿は無かった。テオはある確信が持てたこともあり、それよりも、また力無くうな垂れた負傷兵のそばにいてやることを優先したようだ。
「ねえ、何がどうなったの!」
カイルは来るなりそう訊いた。
ギルもディオマルクも、そしてジェラールでさえも、互いに顔を見合うものの黙っていた。あったことの全てを、うまくまとめて説明してやれそうにないと思った。
代わりに、ギルはこう答えた。
「・・・やったんだ。あいつは、この大陸を救ったんだ。」と。
「だが・・・エミリオは・・・?」
レッドがそう口にすると、その場にたちまち緊張が走った。
そうだ・・・無事でいるとは限らない。
次の瞬間、ギルが弾かれたように背中を返した。
「迎えに行ってくる!」
ギルは滑るように階段を駆け下りて、素早くリアフォースに飛び乗った。