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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第17章  アルタクティス 〈 ⅩⅣ〉
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憑依(風神オルセイディウス)



 神々の力と精神を宿していた精霊石の、その効果が実際に形となって現れたのは、大陸が冥界めいかいの闇におおわれ始めてしばらく経ってからだった。


 まず雷鳴が止み、落雷が止まった。


 怒涛どとうの海は衰え、吹き荒れる風もややおさまった。


 何よりも、これぞ奇跡と呼べる現象も起こった。


 雲の下に、七色に輝くオーロラがぼんやりと現れたかと思うと、それは見る間にあざやかさを増して、じわじわと降りてきた。そして、森をめる炎を一掃したのである。


 それは素晴らしく美しく、まるで夢の中の光景だったが、エミリオはそれを見ることも、その出来事に気付くこともなかった。ただ目を閉じたまま、ひたすら呪文を唱え続けていた。自身がおかれている状況に、ただ身を任せるしか仕方が無かった。意識は保たれていたが、体が別のところにあるようだった。操られている・・・そう頭で分かっている自分がいながら、口や手は他人のもののように勝手に動き続けている。


 このアルタクティス大陸を創造した神々がついに現れ、時は満ちたとばかりに大いなる力を存分に放出している。エミリオにはそう思えた。その相手も果ても見えない戦いに否応なく、だが今は自らの意志で挑み、強い使命感に義務を果たそうと懸命になった。しかし、その重圧に耐えるのは、そら恐ろしい体力と精神力を要した。立っているのがやっとという体はとっくに限界を超えていた。


 できる全てを出し尽くす。


 大親友とのその誓いを果たすべく、エミリオはまさにかつてないほどの忍耐力を発揮し、限界を超えてなお挑み続けた。


 しかし意味も分からず動かし続けているその手はひどく震え、凄まじい気分の悪さに何度も気が遠くなりかけた。


 そんな状態でエミリオは無理に左手を動かし、息苦しさのあまり無意識に上着の留め具を外した。そして、延々と続いているこの孤独な戦いの中、朦朧もうろうとしながら焼けるような右腕を袖から引き抜くと、かすむ目で見た。


 神の刻印こくいんがズラリと施された腕・・・全ての紋章が浮き上がるように輝いている。


 熱いっ・・・。エミリオはとうとうこらえきれなくなり、ガクンと右のひざを付いた。それでも、口だけは動き続けた。まだめられない・・・められない・・・終わっていないからだ。


 その証拠に暗がりはまだ晴れず、二度、三度と弾き返された水柱も、ずっとチャンスを狙って海面をうろついている。


 そして再度、それは勢いよく断崖を目指した・・・!


 ヒュッ・・・


 刹那せつなに、ひと筋の閃光せんこうが、雲を突きやぶって彗星すいせいのごとく海に落ちた。


 ただ落ちたのではない。それは、猛進をはかった巨大な水柱の一つを直撃し、その動きを止めたのである。


 ヒュッ ・・・ヒュヒュッ ・・・


 それは矢継ぎ早に続いた。そして次々と水柱をとらえ、ことごとくそれらの動きを封じている。天から突然現れた光の矢は、海水を巻き上げる竜巻とぶつかった瞬間、白銀のまくで水柱を包み込むばかりでなく、そのまま海面に流れ込んで、不気味に変色していた海を塗り替え始めたのだ。


 そして、水平線にいたる見渡す限りの大海原おおうなばらが、みるみる美しく光り輝くプラチナ色の海に変貌へんぼうしていった。


 数えきれないほど絶え間なく落ちてくるその彗星のようなものは、やがて長く尾を引くものとなり、天とを結び、そのまま全てがつながって、一つの幅広の帯となった。


 そう景色が変わりゆく間も、エミリオはひたむきに呪文を唱えている。しかしその声は今やひどくかすれ、無理に押し出したようなものになっていた。こめかみに噴き出す玉のような汗が、もう灼熱しゃくねつの太陽にさらされているのと同じ有様ありさまあごからしたたり落ちている。いつ終わるとも知れぬ、きりもない苦痛と激しい疲労。気を抜けば最後、今にも体内を燃やし尽くされそうになっていた。


 すると・・・奇妙なことが起こった。


 ただひたすらその非常な苦痛に耐え続けるうち、エミリオは、不意に変化に気付いたのである。


 体が楽になっていく・・・。


 エミリオは立ち上がった。


 立ち上がるつもりもなく、ひざを上げて足を伸ばした。体は依然いぜんとして勝手に動き続けている。揺らぐことなく堂々と構え、しっかりと両足を踏みしめて立つその顔は、この上なく冷静で厳かな・・・そう・・・あたかも〝 神 〟そのものの表情に変わっていた。


 何よりも驚くべきは、目の色まで違っている。エミリオの瞳は瑠璃るり色だ・・・が、今は紫色なのである。それも、オルセイディウスの精霊石のような、淡い紫色に。ふと気付けば、琥珀こはく色の髪も急に色素が抜けたような、輝くシャンパンブロンド。


 それはまるで、神が憑依ひょういすることによって起こる拒絶反応に耐えきった体が、ついに境地にたどり着いて、精神まで神そのものの存在となった、まさにそんな姿だった。完全に風神オルセイディウスと一体となり、まさに神になったのだと、これをテオやカイルが見ていたら思ったに違いない。


 ただ、そのような状態でもまだ意識はあるが、やはりその大部分が自分の感覚ではないというのも、エミリオには分かった。実際、意識は、そう感じられるだけのほんのわずかしか残されてはいなかった。


 堂々たるその姿でエミリオは右手を上げ、まだ毒々しい雲が残る頭上の空をにらみつけて、そこに手のひらを向けた。初め群雲むらくもを染めた血の色が吸い込まれていった辺りである。


 そのままエミリオは多くの呪文を唱えた。ほんのわずかに残る自身は、何ひとつ分からないままに。


「・・・ヴィエス セリエス アルヴィオ」


 〝 ・・・清高なる意志と生命力を奮い立たせよ 〟


「アナシス アルタクティス」


 〝 さあよみがえれ、大陸アルタクティス 〟










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