神の国
エミリオはゆっくりと瞼を上げていった。
音は何も無くなり、足元には湖・・・だが浮いている。見渡せば周りは夜明け色の空と雲に囲まれ、星々が頭上だけでなく目と同じ高さにもある。三日月を光らせている巨大な月も。なんと美しい神秘的な光景であることか。
そうして戸惑いながらもうっとりと眺めていると、すぐ背後で声がした。
エミリオは驚いたように目を瞬いた。
その声は、感じるように聞こえていたこれまでとは違い、同じ場所にあって鮮明だった。
「我の血を受け継いだ者よ。」
振り向くとそこに、水色がかった長い白髪と、薄い紫色の瞳の男性が立っている。驚くほど静かなる圧倒的な威厳が、ひしひしと伝わってくる。エミリオには、誰かと問うまでもなかった。
「ここは・・・。」
「神の国。」
「私は死んだのですか。」
その男性・・・オルセイディウスはゆっくりと首を振った。
「そなたの体は今も戦っている。我の意識も半分はそこにある。辛うじて保たれている状態だ。だが、長くはもたぬ。」
それで反動が起こらず生きていられるのかと、エミリオは納得した。
「ほかの神々は・・・。」
「体はここにある。ほかはそなたが精霊石に移したであろう。」
「精神と力・・・ですか。」
オルセイディウスはうなずいた。
「精神が目覚め、この戦いをやり遂げれば戻ってくるだろう。」
「精霊石に移った時に、もう目覚めたのでは。」
「完全ではない。そなたに呼びかけられて、一時的に気付いたに過ぎぬ。」
エミリオがこの状況を受け入れ、なぜ連れて来られたのかを考えていると、オルセイディウスは言った。
「目を閉じよ。」
エミリオは従った。とたんに震え上がった。恐ろしい光景が見えるからだ。
赤々と燃える世界。黒と紫色の空。割れた地面には火がのぞいている。
そして、呻き声を上げてうろつく亡者の群れ・・・。
とても長く見てはいられずに、エミリオは慌てて目を開けた。
「これは・・・。」
「邪悪な神々が封印を解き、冥界が開かれようとしている。阻止できねば死の国とつながる。」
「止めてくださいっ。」
途方もない不安と恐怖に襲われ、エミリオは焦って懇願した。
「今の時代に、我らが姿を現し降りていくことはできぬ。すでに下界には悪鬼がとりつき、そなたらの大陸は間もなく冥界とつながり始めるだろう。下界で我らの力を存分に使うには、下界の者の体を借りねばならぬ。しかし下界の者は弱い。何度もできるわけではない。それゆえ、耐えられる体と精神に成長する生まれ変わりを見つけ出し、引き継がせてゆくしかなかった。一人の体に全ての神の力を蓄えておくことはできぬが、我らの力は一人にしか託せぬ。我は風の神。全ての力を運ぶことができる。そなたが止めよ、我の血を受け継いだ者よ。」
あまりの恐ろしさと荷の重さに、気弱になりかけたエミリオだったが、必死に気を持ち直し、再び戦いに挑む凛々しい顔をみせた。
「・・・戻らなければ。」
風の神オルセイディウスはうなずき、エミリオに近づいて手を差し伸べた。
「そなたを導く。」
肩に手を置かれて幻覚が消え失せた次の瞬間、エミリオはまた体内を駆け巡る血がサッと沸き立ち、熱く燃え上がるのを感じた。神々の刻印が光り出し、途端に何か凄まじい圧力に全身を支配され、訳も分からないまま、その力で身体のあらゆる部位をきつく締めあげられたのである。戸惑う間もなく、続いて神精術ではない何か文字らしきものの羅列が鮮明に頭中に浮かび上がり、そして最初はあの言葉が、それから知らない呪文が信じられないほど滑らかに喉から迸り出た。
「イメ テオス オルセイディウス アヴァン ディ セウ・・・」
すると突然、目の前の地面が色とりどりに発光した。そうかと思うと、それぞれの精霊石から飛び出した様々な色の閃光が、天空を駆け上がる昇り龍のごとく雲を突き抜けていった。