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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第17章  アルタクティス 〈 ⅩⅣ〉
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届け・・・! 

挿絵(By みてみん)


 フレイザーを急かして森を抜けてきたエミリオは、断崖だんがいきわに立ったまま愕然がくぜんと見入っていた。


 低く垂れこめている赤黒い雲の隙間すきま稲光いなびかりが瞬き、高く波打つ怒涛どとうの海は不気味に変色している。何よりも、無数の稲妻いなづまがその雲と海とをつないでいる凄まじい現象には、いっきに度胸をがれて動きを封じられてしまった。


 そうして思わず立ち尽くしているうちにも、荒れ狂う海水がみるみる天に向かって壁を造り、あっという間に巨大な津波が出来上がったのである・・・!


 それは海の精霊が集まって作り出す幻影ではない。海底下の断層が急激にずれ動くことによって起こるものと同じく、それらが実際に海水を立ち昇らせて起こした本物の津波だ。


 まともに呑まれれば、そのまま海の中へ引きずり込まれて溺れ死ぬことになる!


 エミリオは我に返り、今まさに繰り広げられている荒野での合戦を振り返った。


 これを止めなければ・・・!


「落ち着け・・・!」


 海の精霊たちに向かって胸中でそう叫んだエミリオは、両腕を差し出して目を閉じ、呪術にのっとった腕の動きと共にあわてて呪文を唱え始めた。


 ところが、これまではすぐにこたえてくれたというのに、今回はそうはいかなかった。海の精霊たちは、恐らくこの世界で最強の呪力を使うことのできるエミリオの力をさらに上回る莫大ばくだいな力に支配されており、言うことをきかなかった。


 これではダメだとエミリオは空を見上げ、突風の中を探った。あの神の言葉で呼びかけなければ・・・それだけは分かるが、自分では続けられない。操られなければと。


 しかし何も聞こえない。神精術を続けるしかない。エミリオは再度精神を集中し、海の精霊たちの気を引くために懸命に呼びかけ続けた。


 届け・・・!


 ゴオオオ・・・


 だが巨大な津波は速度を緩めず、この大陸を飲み込まんと凄まじい迫力で押し寄せてくる・・・!


「止めるんだ・・・!」


 その時・・・エミリオがほとんど悲鳴のように祈った、その瞬間。エミリオの呪力が何にも勝る強い斧となって、邪悪な力のくさりを断ち切った。


 精霊たちは、その一瞬を感じ取ることができたのである。刹那せつなに届いた必死の願いは、津波の動きを止め、足元からきり崩して、それを本来の姿にかえすことができたのだ。


 これまで見てきたものとはまるで比較にならず、性質も違う。精霊が起こしているとてつもない規模の現象。このまま被害をもたらせば大災害となる。呪術で、一人の力でしずめきることができるのか。


 背後に不吉を感じて、エミリオは肩越しに振り向いた。


 草木が見る間に枯れてゆき、耳をつんざく雷鳴がとどろいて、すぐ後ろの森に落雷した。そこから煌々《こうこう》と炎が燃え上がり、勢いよく枯葉をむさぼり始めた。


 木々が焼け、森を飲み込む炎の音、もうもうとき上げる煙に、たちまちエミリオは取り巻かれた。


 次々と精霊たちが狂気に陥り、自然の猛威もういともないながら甚大じんだいな被害をもたらそうとしている。これが大陸中で起これば、全てが死に絶えてしまう。邪悪な神々は何が見たいのか。人間世界をつまらないものとし、破壊しているなら、何も無くなったあと、どうしようというのか。


 ここでまた空を見たエミリオの表情は、一変していた。


 その目には、今、一人の少年の姿が浮かんでいる。


 それは、一心不乱に呪文を唱え続けているカイルの姿・・・。精神の底からありったけの力をみ上げ、いつでも、どんな困難にも毅然きぜんいどみ続けたその姿に、エミリオはこのとき教えられた気がした。


 続いて仲間たちの笑顔や思い出が、愛する者や恩人の姿が、これまで出会ってきた人々の顔が見えた。


 エミリオは深呼吸をして、一度、冷静になった。そして、不意に重く邪魔だという気がした肩当てや胸当てを、よろいをその場で無造作に脱ぎ捨てた。


 エミリオは、自分の右手をじっくりと眺めた。


 守りたいものがある。果たさねばならない約束がある。対抗できる力を使えるなら、やり遂げるまで挑み続けよう。大切なものを守るために力尽きるとしても本望ほんもう


 この命、無駄に終わらせはしない。


 腰のベルトから巾着を外したエミリオは、海に向き直ると、中に収めていた十個の精霊石を地面に並べた。


 そして今度は落ち着いて顔を上げ、もはや驚きもせずに、そこで起こっていることを見た。


 おきに五つの竜巻、海水を巻き上げて立ち昇る巨大な水柱が発生しているのを・・・。


 ゆっくりとなめらかに腕を動かしながら、エミリオは再び呪文を唱え始める。その声はしごく穏やかに、朗々《ろうろう》と響き渡った。


 今の自分には、神精術によって、それらの天変地異を一つずつ片付けていくしか方法はない。


 だがそうしながら、エミリオは強く、一心に、祈りながら待った。


 神よ、どうか応えたまえ・・・!


 すると、草木の乾きを止め、炎を弱らせることはできたが、海に発生している竜巻はもう無数となり渦巻いていた。それらは大きくうねりながら海面を動き回り・・・やがて、断崖に狙いを定めた。



〝我ノ血ヲ受ケ継イダ者ヨ・・・〟



 目を閉じて呪文を保ちながらも驚いたエミリオの顔に、次の瞬間、安堵あんどの色が浮かんだ。


 こたえた・・・!


 我の血を受け継いだ者よ・・・ヘルクトロイの戦いで、ニルスの離宮で聞いた声が、またそう呼びかけている。


 神よ、どうか救いたまえ。この大陸を、世界を・・・。


 すると突然、うなる風や炎の音、雷鳴、そして響き渡っていた合戦の騒音はどこへいったのか、不思議なほど辺りが静まり返ったのである。











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