破城
城塞都市ヴェルロードスは、二重の城壁で守られている。内側の城壁には、本部としていた城館が連結している。中は運よく運び込まれた大勢の負傷兵でごった返し、その手当てに追われている者、その手伝いをしている者は、恐怖を覚える暇すらなく働き続けていた。
王女であるセシリアも血を見てクラクラしている場合ではなく、これまでは考えられないほどしっかりと動いて、血で汚れた桶の水を入れ替える作業に没頭している。
メイリンは手当てを終えた患者に包帯を巻いたり、服の脱ぎ着を手伝う役を任され、ミーアはカイルのそばにいて、傷だらけの兵士たちが苦しそうに呻いている悲惨な光景にも、ただ気丈に耐えていた。そうできるまでに、この小公女の精神はこの旅で鍛えられたのである。
外がいやに騒がしくなった。
兵士たちの荒々しい雄叫びや、武器のぶつかる音が大きくなっている。
そして、恐ろしい轟音が何度も響き渡った。城門にあの破城槌が打ち込まれる音。
すぐ間近で、激しい攻防戦が繰り広げられている。
テオがカイルを呼んだ。
一旦、祖父と話をしに負傷兵とミーアから離れたカイルは、戻ってくると、メイリンとセシリア、そしてイヴを呼び集めた。
「メイリン、ミーアとセシリアを連れて町の奥に隠れて。ここが本当は廃墟の無人都市だと分かったら、奴らはそこまで探しに行かないと思う。」
「でも・・・。」
当然メイリンは戸惑い、セシリアと目を見合った。
「私たちはここを離れるわけにはいかないの。セシリア王女と、ミーアをお願い。」
イヴが言った。
セシリアは、自分は一度死んだも同然であるし、仲間たちが命の限り戦っているのだから、自分だけ特別扱いをされるのはむしろ寂しく、同じように覚悟も決めていた。しかしミーアは・・・。
セシリアは、今度はミーアと見つめ合った。するとその表情は、もしかすると、自分と同じ考えでいるのでは・・・というようなものに見えた。
セシリアのそれは当たっていた。ミーアはすぐに首を振って、こう言ったのである。
「逃げても一緒。ここにいる。」と。
逃げても一緒・・・まだこんなに幼いというのに、モルドドゥーロ大公城でした話を聞いて理解できたというのだろうか。それは、カイルにそう思わせる言葉と声だった。
カイルは、それを祖父に伝えた。
困ったという顔で顎鬚を揉みしだいていたテオは、やがてうなずいて言った。
「カイルよ、この城館に奴らが入ってきたと分かったら、ただちに呪術を行う。相手は妖魔も同然、やってみる価値はあろう。そのつもりでいなさい。」
「はい。」