瀬戸際の攻防戦
そのうち遂に、敵のあの破城槌が、厚い鉄の扉と防衛部隊で守られている城門にたどり着いた。巨大な槌が打ち込まれる度に振動が走る城壁に、さらには敵に運び込まれた長い梯子も一つ、また一つと掛けられ始めた。
ダルアバス王国とモルドドゥーロ大公国の兵士は弓を構え、それらを阻止せんと矢をつがえた。シャナイアたち女戦士やジェラール、そして、ギルに稽古をつけてもらっていたために、剣術の腕だけは知らずと一流に磨かれているディオマルクまでもが、白刃を抜くことになった。
武器の鉄棒をいつでもつかみ取れるようそばに立て掛けたリューイも、攻撃用に準備されている石をいくつも抱えて、それらの敵を待ち構えている。
眼下にどっとばかりに集まってきた黒い兵士が、梯子を次々とよじ登ってきた。それらを撃墜しようと弓兵がビュンビュンと矢を放つものの、敵は一向に怯むことなく上がってくる。むざむざ撃ち落とされることにもなりかねない梯子攻めでも、迷わず決行できるのはそのためだろう。実際、梯子を登ろうとしてくる敵の数は増える一方だ。
城壁の上から顔をのぞかせては、下へ向かって石を投げつけていたリューイの表情が、まてよ・・・というふうに急変した。ふと思いついてしまったのである。
「なあ・・・俺は今思ったんだけど・・・。」
リューイは、誰にというわけでもなく言いだした。
「なによ、この非常時に!」
近くにいたシャナイアが、緊張感でイライラしながら答えた。
「この梯子を外せば、あいつらみんな落ちるんじゃないのか。」
シャナイアは黙り込んだが、それを聞き取ったジェラールは呆気にとられた。
「馬鹿な。どれほどの重量があると思ってるんだ。援護射撃してくる敵や、下で支えている敵だっているんだぞ。だいいち梯子の傾きが一一」
「関係ねえ。」
「は !? 」
「あるとかねえとか、いるとかいねえとか関係ねえ。」
「は !? 」
実際、梯子の架けられ方は、身を乗り出してぎりぎり押し返せるかというくらい。それでも化け物じみた力を必要とするし、敵にも弓兵はいる。ほとんど血に飢えた野獣と化していて、飛び道具を使うという頭が働く者は少ないようだが、それでも撃ってくる者が全くいないわけではない。無防備に身を乗り出せば狙い撃ちにされる。もう敵もぞくぞくと上がってきている。それだけ梯子の重量も動かせるものではなくなっているはずだ。
しかし梯子を倒すことができれば、壊すこともできるかもしれず、侵入口を一つでも減らせるなら、やってみないこともない。
ジェラールは、リューイの恐れ知らずな目をのぞき込んだ。
「・・・自信はあるのか。」
「俺は、やるっつったら、やる男だ。」
片腕のジェラールは剣を置き、近くにいるダルアバスの兵士から盾を借りると、リューイのそばで構えた。
「できる限り援護する。時間はないぞ。」
それを見たディオマルクも気を利かせて、同じように射撃を阻止する盾を持つとジェラールの反対側に立った。
敵の梯子は城壁の上まで充分に届いており、握り締めるには問題はない。
リューイはうなずいて、梯子にガシッとつかみかかった。
その数秒後、なんと梯子が壁面からフッと離れたのだ。
だが、やはり足りない。下で支えている敵もいるので、横へ動かすのも難しい。もっと反り返らせなければ倒れない。
「俺が手を放したら体を支えてくれ。」
合点がいったジェラールは盾を外し、タイミングを誤らないよう腕を出して準備した。それを一緒に聞いていたディオマルクも、下からの攻撃に気をつけながらも、手助けしようと気を引き締める。
肘を曲げて、つかんでいる梯子を一度引き戻したリューイは、ジェラールを信じて覚悟を決めた。そしてはずみをつけると、渾身の力で勢いよく押し出したのである!
「頼む!」
リューイは、抜群のタイミングで胸を支えられた。さすがに腕っぷしの強いそのガザンベルクの大将は、前のめりになったリューイの体を片腕でも危なげなく受け止めてやり、ディオマルクも、後ろからしっかりとリューイの着衣をつかむことができた。
倒れるか・・・いや、梯子は真っ直ぐに立った状態で一瞬止まった。
あわてて城壁のへりに飛び乗ったリューイは、梯子がまた倒れてきたところを、これでどうだ!と力一杯蹴り出した。夢中でそんな行動に出たリューイの体を、とっさのことでもまたジェラールとディオマルクは的確に手助けしている。
そして梯子は・・・。
シャナイアやそばにいる戦士はみな、一様に唖然と口を開けてそれを見守っていた。
見事に反り返った梯子は、下にいる者たちが支えきれなくなり、散り散りに逃げ惑う中、多くの敵を絡ませたままバランスを失い倒れていく。
リューイは、遥かに人間離れした驚異の体と能力の全てをもって、ものの見事にやってのけてしまったのだ。
だが架けられた梯子は一つではない。この城壁の上での接近戦も間もなく始まる。
リューイは自分の武器に手をのばし、ディオマルクとジェラールも、一旦そばに置いた剣を握りしめた。