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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
第16章 大陸の終焉 〈 ⅩⅢ 〉
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到着、アイアス率いる傭兵部隊



 急使を一人、先に馬で行かせていた傭兵部隊も、徒歩での長旅をようやく終えようとしていた。間もなく、目的地である古代の城塞都市ヴェルロードスにたどり着くというこの時、頭上の空には、今にも雨が降り出しそうな濃い灰色の雲が広がっている。


 レッドは振り返って、後ろに続くおよそニ万の傭兵を見た。先ほど休憩をじゅうぶんにとったおかげもあってか、屈強の戦士たちはみな疲れも見せずに、颯爽と足を進めている。この陰気な天候にも負けず、どういう戦いに挑もうとしているかも承知のうえでも、気持ちの余裕が感じられるその姿は非常に心強い。さすがだと、レッドは感心した。


 間に合えばいいが・・・そう胸中で呟いたレッドだったが、進行方向に向き直った、その時 —— ハッと耳をすました。


 すでに湧き起っている戦いの騒音を聞きつけたのである。


 レッドは、隣にいるアスベルと目を見合った。


 剣戟けんげきの音や悲鳴、それに雄叫びなどが、目の前にある丘の向こうから一緒くたとなって響いてくる。今はかすかだが、そこでは大音響となって渦巻いているに違いない。


 傭兵たちの表情は一変して引き締まり、七人のアイアスは部隊の士気を鼓舞して足を速めた。

 そして、高くなったその丘を一つ上りきると見えたそこでは、目を疑いたくもなる奇異で壮絶な合戦かっせんが繰り広げられていたのである。


 敵は武器を握り締めながらも素手でつかみかかっていき、勢い任せに押し倒して、相手の首やら肩に噛みついているのだ。そして絶命すれば、遺体は人間扱いされずに滅茶苦茶に引っ掻き回され、餌食も同然となる一種異様な戦いである。


「なんて戦いだ・・・。」

 顔をしかめながらも、アスベルはその光景にしっかりと目を向けてつぶやいた。


 レッドのすぐ後ろから、「こんな敵は金輪際こんりんざいご免だって言ったろ。」と、スエヴィがため息混じりにぼやきかける。


「またよろしく頼むって言ったろ。」と、レッド。


 そこで気づいたスエヴィは、いよいよ目を疑った。そもそも、いくらただの戦争ではないにしろ、チラチラと視界に入ってくる、それこそ普通あり得ない物体。それらが、虎や豹などの猛獣だと確信できるまではすぐだった。 


「おいおいおい・・・何だありゃあ。」

「リューイのお友達の応援だ。」

 もはや割り切った声でレッドは答えた。

「ああ、あの黒豹連れてた坊やか・・・。」

「どうやら救助活動に徹しているらしいな。興奮して見境みさかい無くなられるよりはいいかもな。」


 ここまで従順についてきた傭兵たちは、そのおぞましさと、すでに圧倒的不利と見て取れる戦況を目の当たりにしても意気消沈することはなかった。むしろ劣勢になれば挽回ばんかいさせてやろうと奮い立ち、手強い相手がそろっていれば、なおさら大暴れしてやろうと血が騒ぐ。ひとたびいくさおもむけば、相手を倒すことしか考えられない。レッドのもとに集まったのは、傭兵稼業ようへいかぎょうを天職と信じる、そういった恐れ知らずばかりである。


 一方、現実のものとは思えないこの敵の姿や攻撃を前に、アルバドル、エルファラムの帝国連合軍兵士は、本来の力が発揮できずに苦戦を強いられていた。だが、さすがは厳しい訓練や戦いに耐えて、数々の勝利を収めてきた勇敢な戦士たち。それでもまだ多くの者が命ある限り武器を振るい、この残虐無慈悲で絶望的な戦いにも死にもの狂いで挑んでいる。


 そんな彼らの間から、不意に歓声があがった。


「援軍だ!」と。


 丘の上にぞろりと現れた戦士たち。その姿は、陰鬱いんうつな灰色の空を背にしているとはいえ、素晴らしく堂々として見えた。それらが事前に教えられていた傭兵部隊であることは、一目瞭然。狂気の敵の異常な襲撃に立ち向かう気力すら失い、もはや死の神の抱擁ほうようを望むようにもなりかけていた者でさえ、それに気づいたとたん頭をもたげて叫んだ。


「援軍だ!」

「援軍が来たぞ!」


 その頼もしさは、極限に追い詰められていた帝国連合軍兵士の戦闘意欲を再び燃え上がらせる力となった。


 肩を並べて先頭にいるアイアスは、七人。その誰もが、ダルアバス王国に着いてからは、堂々と額の紋章を露にしている。無論、レッドも。そのため、形見の布はずっと腰のベルトに結び付けてある。


 七人のアイアスは、ここで一斉いっせいに背中を返した。そこには、精悍せいかんな眼差しでひたむきに注目してくる、およそ二万人の傭兵がそろっている。そんな彼らと向かい合ったレッドは、覚悟を再確認するかのように全体を見渡して、隣にいる先輩にうなずきかけた。


 中央にいるその彼は、集まったアイアスの中でも、いかにもという貫禄かんろくを放っている一番のベテランである。


 彼もうなずき返して、背中の大剣を手に取った。


 レッドも、そしてほかのアイアスもみな、それに合わせてさやからスラリと武器を解放する。


 七本の剣が、天に向かって高く突き上げられた。


 中央にいる彼が、迫力ある声で叫ぶ。

「逆転勝利を導いてやれ!」


 猛々《たけだけ》しい雄叫びをワッと上げて応える男たち。今やこの傭兵部隊の士気は最高に高められている。


 あとに続けとばかりに剣を握り締めた彼らは、有り余る闘志を剥き出しにして果敢かかんに走りだした。


 明日を賭けた運命の大戦争、その渦中かちゅうへ。









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