ヴェルロードスの戦い
武装したエミリオがフレイザーにまたがって進み出てくると、エルファラム帝国軍の兵士たちはざわついた。
「エミリオ様・・・。」
「エミリオ殿下・・・。」
一つにまとめていた美しい長髪を切り落として短くなった髪と、以前は戦う時にだけ見られていた精悍さに、何かまた違う険しさが加わっているその顔は少し別人のようにも見えた。以前のエミリオ皇子の強さの中にはなく、今はかすかに感じられるそれは、野性的なたくましさ。そこに、かつての皇子の姿を重ね合わせて誰もが息を呑み、迷わず敬礼を送った。
馬を回して母国の兵士と向かい合ったエミリオは、声を張り上げてこう言った。
「私は、もはや権力も皇子という名も持たぬただの戦士としてここに立ち、指揮を執る。それでもついてきてくれるか。」
エルファラム帝国軍の兵士たちは、大地を揺るがす雄叫びを一斉に上げ、剣を高く突き上げてそれに応えた。
城壁の上には、治療室での準備を終えたテオとカイルも上ってきていた。
ある時、望遠鏡を目に押し当てていたジェラールが、憎悪を込めた唸り声を上げた。
「奴らめ・・・ついに来おったか。」
見張りの兵士が旗を振りたて、完璧な迎撃態勢で待ち構えている軍勢に、早くもこのことを知らせている。
暗雲が頭上まで伸びてきた頃には、城塞の外にいる兵士よりも遥かに高い位置にいる防衛部隊には、風化が進んだ岩山を横切り、いくつもの丘を越えてやってくるそれらが確認できた。それは、そこから見下ろせる荒野一面、黒や紫の魔の軍勢で埋め尽くされそうな夥しい数で、床に流れたタールが広がりゆくように足並みをそろえて迫り来る。
その中に見える、屋根が付いた頑丈な骨組み。そこから鎖で吊り下げられている大きな槌に、カイルは釘づけになった。
「何あれ・・・。」
「破城槌・・・。」
そこをじっと睨みつけたまま、ジェラールが答えた。
同じものの中でも、それは特大の攻城兵器である。
「我らの要塞は、巨大なあのバルデロスの破城槌を阻止できずに、攻め落とされた。防壁や門を破られれば、敵がなだれ込んでくるぞ。その前に攻めきらなければ。」
作戦は、準備万端待ち構えている最初の投石機と弓による射撃、続いて大砲の攻撃で敵の数をいっきに減らし、死角に配備した部隊を回り込ませて、勢力が衰えたところを包囲するというものだった。
この戦争は、敵の敗走や全面退却を目的としていない。有り得ないからである。とにかく、この世の全てを覆い尽くそうとしている恐怖が消え去るまで持ち堪えられるよう、戦局を有利にもっていく。もしくはほとんど不可能でありながらも、敵の全滅しかなかった。
「邪悪な神々がいよいよ封印を解こうとしておる。もはや、わしらの呪術では手に負えんじゃろう。」
あの偉大な大神精術師であるテオまでもが、そう頼りない表情で、世にも恐ろしい言葉を発した。
シャナイアは嘆きたくもなり、焦燥にかられながら、再度その絶望的なおぞましい光景に目をやった。やはり、数の上でも全く勝ち目はないように見える。
「もうっ!レッドったら、結局間に合わなかったじゃない!」
「いや・・・彼らは間もなく来る。」
ディオマルクは、また別の方角にある遠くの小高い丘を指差してみせている。
するとそこには、馬を駆け下らせて先を急いでいる一人の傭兵がいた。