運命の朝
瑠璃色の夜明けに、遥か西の空を飛び回っていたフィクサーが、徐々に毒々しく変色していく荒野の上を越えて、息を吹き返した城塞都市ヴェルロードスに舞い戻ってきた。
窓に降り立ったフィクサーを迎え入れたギルは、北西の大地に不吉を感じて顔を強張らせる。
そして間もなく、角笛の低く響き渡る合図がそこらじゅうから上がり、見張りの塔にいた兵士たちがあわただしく駆け下りてきて、辺りはたちまち騒然となった。
いよいよ、得体の知れぬ敵との戦い・・・いや、明日を賭けた戦い、勝利をつかむというよりも、ただできることをするだけの、先も見えず、その最中にも何が起こるか知れない・・・そんな途方もない戦いの時を迎えねばならない日が、ついにきた。改めて考えると、不安と恐怖で胸が押し潰されそうになる。何もかもという言葉ではとても足りない。まさに、この世そのものを失うことになるかもしれない戦いなのだ。これほど恐ろしい戦争が、かつてあっただろうか・・・ギルはそう思い、そしてふと考えた。
伝説のアルタクティス・・・。
彼らも、その時こんな気持ちを覚えただろうか。今の自分は、かつてのアルタクティスと同じなのだろうかと。
目を閉じてゆっくりと深呼吸をしたギルは、気を引き締め、戦いに臨む凛々しい表情で窓辺を離れた。
体が覚えているままにすぐさま身支度を整えると、エミリオとギルは共に外へ出た。そのあいだにも、ダルアバス王国とモルドドゥーロ大公国の防衛軍は迅速に塔や城壁の守備について、大砲の具合を確認し、武器を用意していた。
そこには、ディオマルクとジェラール、そしてシャナイアを始めとする女戦士たちも上がってきており、無駄口も叩かずじっと遠くを見澄ましている。そして城館の中にいるテオとカイルは、負傷兵のための治療の準備と、可能なら呪術による力を貸すつもりで、一応心構えだけはした。助手をすることになっているイヴやセシリア、そしてメイリンもその二人のそばにいるようにし、そこには、一人にしておくわけにもいかないミーアの姿もあった。
エルファラム帝国とアルバドル帝国の連合軍は、これまで会議を重ねて作戦を練った通りに布陣した。背後に城塞を控えた中央には、歩兵や弓兵を最も多く擁した、ランバーグ中将とオーランド将軍が指揮する大軍を、そして、騎兵を中心に編成された右翼と左翼は、それぞれエミリオとギルが分かれて率いることになっている。さらに、敵の死角になる場所には二つの部隊が配され、その全てがすでに迎撃の準備を整え待機していた。
緩やかに起伏する荒野の中に、迫り来る恐怖はまだ肉眼では確認できない。しかし、遠い空に、不自然な暗雲が垂れ込め始めているのは見えていた。不安な気持ちを、いっそう掻き立てられる空の色だった。
エミリオとギルは、二頭並んで待たせていたフレイザーとリアフォースにまたがった。
「エミリオ・・・」馬上から身を乗り出したギルは、そう呼びかけて右手を伸ばした。「勝利の伝説を。」
そしてエミリオは、馬を寄せてがっちりとその手を取った。
「できる全てを出し尽くす。」
互いの幸運を祈りながら固い握手を交わした二人は、強くうなずき合ったあと、それぞれの陣へ愛馬を向けた。